第1話
がばっと布団から飛び起きる、はぁ!? ゆ、夢……だったのか? なんだ、良かった……。
どうやら変な夢を見ていたようだ。そりゃそうだろう、いぬ耳やしっぽのアクセサリーが流行っているとして、いくらなんでもおかしすぎる。
やれやれと枕元にあった時計を手に取ると……7時45分……え?
「はぁぁぁ!? 遅刻じゃん!」
大慌てでパジャマを脱ぎ、制服に着替える……ご飯を食べている余裕は無いが、幸いお腹は空いていない、これなら昼まで大丈夫だろう。
どたどたと階段を駆け下り、玄関へと直行する。まだ走ればぎりぎり間に合う……はずだ。
「慎哉……? どこ行くの?」
靴を履いていると後ろから母さんの声が聞こえた、どこって決まってるだろ!?
「学校だよ、もう遅刻しそうなんだ!」
「え? 今日は日曜よ? お休みじゃなくて何か用事でもあったの?」
は? 日曜? いきなりのその言葉に、玄関から駆け出そうとしたところでピタリと動きを止めた。
「え? 今日って日曜だっけ?」
「そうよ? だからさっき起きてきてご飯を食べるから驚いちゃったわ」
なんだぁぁぁぁ日曜かよぉぉぉ!? 焦らせやがって……。
腕時計を見ると確かに『SUN』の文字が……何で気が付かなかったのか。
「あー、焦ったぁ。てっきり学校で寝坊したと思っ……」
ほっとし振り返った俺の目には……戸惑った顔をし耳をぺたんとしている母さんが映った……。
え……耳が付いてるって、嘘だろ? 夢じゃ、ない……だと?
「ご飯食べて部屋に戻ってから二度寝しちゃったの? とりあえず着替えてきなさい、目が覚めるようにコーヒーを淹れておいてあげるから」
そう言い残しリビングへと戻っていく母さん……しっぽをふりふりとしながら……。
――――
ジーッ
部屋に戻り着替えた俺は母さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、洗い物をしているその後姿を眺めていた。
何度も、何度も見て間違いようがないそのしっぽ……いや、本物なのかどうかはまだ確かめていないんだが……。
「おはよぉ……って、なんでお兄ちゃんがもう起きているのよ!? いつもならまだ寝てるじゃないの!」
リビングに入ってくるなり叫んでいるのは……妹の悠璃だ。
背中まで伸ばしているストレートの黒髪は普段ならポニーテールにしているんだがまだ寝起きの為そのままだ。萌花と同じ垂れた大きな目に、ぷるんとした唇。
髪型を同じにしたらまず見分けはつかないだろう……顔だけなら。
2人には元々、決定的な違いがあった。悠璃は無いわけではないが人並だ……それに比べて萌花は『たゆんたゆん』なんだ。そう『たゆんたゆん』だ。
そして、いま目の前にいる悠璃は『右の耳の先端が白い』という特徴がある。
「もー、朝からお兄ちゃんの顔を見ちゃうだなんて……」
そう言い頬を膨らませている悠璃だが……そのしっぽは『ぱたぱたぱたっ』と千切れそうなくらい振られている。
「おはよう悠璃、そんなに嬉しそうにしなくても良いだろ」
口ではそんなこと言っていてもしっぽを見ればまるわかりだ。
「ばっ、ばっかじゃないの!? なななんであたしが嬉しくならなきゃいけないのよー!」
「ははっ、照れるなよ。今日も可愛いな」
ぷしゅーっと湯気でも出るんじゃないかと思うくらい顔を真っ赤にする悠璃。
「かかかか可愛いだなんて……っ! そんな事思っていないくせに!」
頬を膨らませたままキッチンへと向かっていく悠璃だが、そのしっぽは依然としてぶんぶんと振られたままだった。
「もう……慎哉ったら、あんまり悠璃を
「ん?
いれ違いでリビングへ戻ってきた母さんは、悠璃の態度を見て怒っていると感じたんだろうか。
それにしても、あれだけ動くって言うことは……やはり本物のしっぽなんだろうか? ほぼ間違いは無いだろうけど……やはりしっかりと確かめてみないと信じられない。
「お、おはよう……」
なんとか確かめられないか、そう考えていると萌花がリビングへとやってきた、パジャマからは着替えたらしく、ダボっとしたパーカーと膝丈のスカート姿だ。
「おはよう萌花」
俺が声をかけると、びくっと身体を震わせ……しっぽがピンとなっている。
ふぅと息を吐き、耳をピコピコとこちらに向けながらこちらを見る萌花の顔は、先ほどの悠璃と同じくらいに真っ赤だ。
「お、おおおはよう、お兄ちゃん……」
もじもじと掌を身体の前で合わせている萌花だが……そこから動こうとはしない、もうご飯は食べたのだろうか?
「隣、座るか?」
俺がかけているソファは3人は一緒に座れる広さがある。真ん中よりに座っているが、隣に萌花くらいなら座れるだろう。
「い、良いの?」
元々引っ込み思案な子だったが……ここまでだったかな? いつも一緒に座っていたはずなんだが。
「何言ってるんだ、良いに決まってるだろ?」
ぽんぽんとソファを叩いてここに座れよと促す。おずおずと近寄ってきた萌花は……ぽすっと俺の隣に腰掛けた、それも身体が触れ合ってしまう距離で。
「ん? そこでいいのか? もっと広くも座れるだろ」
「こ、ここが……いいでしゅ」
萌花は俯きながらそう答える、まぁ本人が良いというならわざわざ離れることもない。
そのままリモコンを手に取りテレビの電源を入れる……映し出された画面はちょうど天気予報を伝えているようだ。
『今日は1日穏やかな天気になりそうです、ですがところにより雲が広がることもあり、外出の際には雲の様子と洗濯物にはお気を付けてくださいねっ』
そう伝えている馴染みのキャスターのお姉さんの頭に……けも耳が付いていた、それも白いうさぎの耳が。
え? けも耳がついてるのはうちだけじゃないのか!?
他のチャンネルを変えてみても、キャスターやタレントはもちろん、街中で映る通りすがりの人にもけも耳が付いている……。
種類は様々だが、耳としっぽはどの『女性』にも付いているのだ。
そっと自分の頭に触れてみるが……もちろん、そこにけも耳らしきものは無い。不思議なことにテレビに映る男にも付いていなかったのだ。
(なんだっていうんだ!? 女性にだけなのか? 付いていない人はいないのか?)
不意に横からの視線を感じ、そちらを見てみると……不安そうな顔をした萌花と目が合った。
「お兄ちゃん、大丈夫……? なんだか様子が変だよ?」
どうやら自分が思っているよりもはるかに動揺していたらしい……。
「あ、あぁ大丈夫だ……なぁ萌花、その耳だが……」
心臓がバクバクと鳴る、聞いて良いのかダメなのか……。
「え? ど、どこか、変かな? ちゃんと綺麗にしてきたはずだけど……」
自分の頭の上の耳を触り、確認する萌花。
「いや、変じゃ……ない。その……触ってみて、いいか?」
俺の問いに目を見開く萌花……かなり驚いているみたいだ。
「え、えぇ? ど、どうしたのお兄ちゃん……いつもは触るのなんて嫌がるのに……」
「あ、あぁそう……だよな、悪かった。触ってみたいだなんて、萌花が嫌だよな」
やっぱだめかー、触ってみたかったな……。
「わ、わたしは……嫌じゃない、よ? お兄ちゃんが触りたいなら……」
こてんと首を傾げ頭を俺に向けてくる萌花……え? 触って良いの?
ゆっくり手を伸ばして、俺の指先が萌花のけも耳に触れると、ピクンッと反射的にだろうか逃げるように動く耳……。
そのまま、頭を撫でるようにして掌でけも耳を優しく包む……触った感触はまさに犬の耳そのものだ。
「んぅ……あっ、はぁん……」
ふむふむ、こうしているとほんとに犬をモフモフとしているみたいだな……。
「あぁっ……おにぃ……んぁっ……」
耳に夢中になっていると、何かがふわふわと揺れているのが目に入った……揺れているそれを見ると……萌花の黒いしっぽだ。
おもむろにそちらへ手を伸ばし……ぎゅっと握ってみる。
「んっ!あぁぁぁっ!」
途端に声を上げ俺に抱きついてきた萌花……強く握りすぎたか!?
「痛かったか? すまん……」
今度は優しく撫でるようにしっぽの感触を確かめる……うん、さらさらとした毛並みのふわっふわな犬のしっぽだ……。
「あぁっ、だ、ダメ、だよ……おにぃ……んあぁっ」
おぉ……これは最高だ……。
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