けも耳な彼女の愛し方。

八剱 櫛名

プロローグ

 俺は制服をドロドロに汚し、水を滴らせながら帰り道を小走りに急いでいた。



 学校帰り、通りかかった川沿いでかすかに聞こえた気がした猫の泣き声が切っ掛けだ。

 もしかして……そんな嫌な予感が的中し、少し捜したところで段ボール箱に入ったまま辛うじて何かに引っかかっているだけの、今にも流されてしまいそうな子猫を見つけた。


 持っていたカバンを置いてざぶざぶと川の中へ入り、流されてしまわないように少し下流から子猫に近付く。

 すぐそこだし浅いだろうと思った水深は意外と深く、足を取られたりはしたが何とか子猫を救いあげることに成功したのだった。



 その子猫は今、たまたま体育があって持ってきていたタオルに包まれ俺の腕の中で大人しくしている。

 救いあげるまでは鳴いていたけれど、やっぱり衰弱してしまっているんだろうか……そんな思いが自然と足を速めていた。



――――



 家に着き、そのままお風呂場まで直行する。

 今は10月、気温はそこまで低くは無いがさすがに濡れたままでは風邪をひきかねない。


 湯船に湯を張りながら手早く制服を脱ぎ去り、足元で震えていた子猫を抱えてお風呂場へ入った。


 シャワーで自分の身体を流しつつ、子猫を一緒に洗ってやると流れるお湯が真っ黒になる……どんだけ汚れていたんだよと嘆きつつも何度も石鹸を付け直し……洗うこと3回目、ようやく流れるお湯が綺麗になった。


 薄汚れた子猫の毛色は白くなり、その円らな瞳で俺の顔を見ている。随分と大人しい子だ……人に慣れているしもしかして飼い猫だろうか? そう思ったが首輪はつけていないしわからない。

 ふと気になり、猫をひょいと掲げて腹を見る……。


「に゛ゃっに゛ゃにゃー!?」


 女の子だった。


 そんな事をしているとお湯張りが終ったので、身体についた泡を流して湯船に浸かった……子猫が俺をジッと見ているが……入りたいのか? 猫は水が苦手って聞いた気がするんだが……。


「お前も入るのか?」


「にゃーぉ」


 どうやら入るらしい……返事をするだなんて賢い子だな……。

 手を伸ばして子猫を抱え、落とさないように気を付けて湯船に浸けてやった……上がったらお湯は張りなおした方が良いかもしれないな。



――――



 風呂上り……ドライヤーで子猫を乾かしてやると白い毛がふわっふわになった、これなら誰もさっきまで薄汚れていた子猫だとは思わないだろう。


「よーし、可愛くなったぞー。ミルク温めてやるから待ってろよ」


「みゃー」


 クッションを引っ張ってそこに子猫を乗せ、台所に行って冷蔵庫から牛乳を取り出す……冷たいままだと流石にまずいか。


 レンジで少しだけ加熱した後、ふぅふぅと息を吹きかけながら人肌の温度くらいになるまで冷まし、リビングにいる子猫の所へ戻った。


「良い子にしてたなー。ほれ、ゆっくり飲むんだぞー」


「みゃーぉ」


 戻ってみると、乗せていったクッションの上で大人しく座っていた子猫……ほんと、聞き訳が良いな……言っていることがわかっているみたいだ。

 ぺちょぺちょと音を立てながらミルクを舐める姿を見つつ俺はこの子猫をどうするか、考え始めた。

 うちで飼うか? 妹達も動物は好きだし……。


「ふぁあぁ~」


 考え事をしていたら……なんだか眠くなってきたな……一度部屋に戻って仮眠をとるか。


「俺は少し寝るけど、お前も来るか?」


「みゃー」


 ミルクを飲み終えた子猫は返事をして足にすり寄ってきたので、片手で抱え上げて空いた皿を流しへ持って行ったあと自分の部屋へ行こうと階段を上る。


 部屋へ入るなり、子猫をベッドへ下ろしてその横へゴロンと転がる……瞼が重い……すぐ、眠りそう……だ……。




――――




『……少年』


―― ん?


『心優しき少年よ』


―― 俺の事か? 俺の名前は久瀬 慎哉(くぜ しんや)だ、少年なんて名前じゃない。


『それは失礼した、慎哉殿。どうかわらわの願いを聞いていただけぬか?』


―― 願い?


『どうかわらわ同胞はらからを助けてはいただけぬだろうか』


―― 助ける……どういう事だ?


『とても……しいたげられておるのだ。慎哉殿の優しさを少しでいい、与えてやってくれぬか』


―― 俺は別に優しくないぞ?


わらわを助けてくれたではないか、温めてくれたではないか。あの温もりをどうか……どうか』


 助けた……? 助けたって言われるとあの子猫くらいだが……あぁこれは夢か。


―― それくらいなら構わないさ、全てと言うことは出来ないが手の届く範囲くらいなら出来ることをしてやるよ。


『有り難い。それで良い、全てを助けるなど到底無理な話よ……お頼み致します、慎哉殿』


 まぁどうせ夢だ、多少安請け合いしたところで問題は無いだろう……さてもう少し、寝るかな……。


『それでは、慎哉殿をわらわ同胞はらからの下へとお送り致そう……目が覚める頃には着いておろう、それまでゆるりと休まれよ』


 送る……? そう言われて薄目を開けると……俺の胸の上に乗った白い子猫と目が合った……その目は赤く輝いていて……。



――――



 ピピピピピピピピッ


 頭上で鳴り響くアラームの音で目が覚めた俺は、ガバッと布団を剥ぎ取って飛び起きる……しまった、寝坊したか!? ちょっと寝るつもりがまさか朝まで寝てしまうだなんて……!


 慌ててアラームを止め、時間を見ると……6時45分。なんだ、まだ余裕じゃないか……。


 ふぅと息と吐き、もう一度寝ようと思ったが、さすがに半日も寝ていたので全く眠くない。

 仕方がない、起きて学校へ行く準備をするかと部屋のドアを開けてまずはトイレへ行こうと廊下を歩きだす。


 トイレの近くまで行くとガチャリとドアが開き内側から誰かが出てきた……。


「ひぅ!? あ、おおおお兄ちゃん……お、おはよう……」


 俺を見て驚いた顔を見せるのは1つ下の妹、萌花(ほのか)だ。まだ着替える前だったのかピンクのパジャマを着て、肩までのゆるいウェーブがかった黒髪に、少し垂れ目がちな大きな目、ぷるんとした唇……やはり萌花は可愛いな。

 

「おう、おはよう。驚かせたか、悪かったな」


「え? ううんううん! い、いいの、わたしこそごめんね……」


 俺から視線を外し、俯いたまま横をすり抜けていく萌花……髪と同じ色をしたは左だけ先端が白くなっているがしきりにピコピコと動いているように見える、そしてこれまた髪と同じ艶やかなをふりふりとしながら自分の部屋へと駆けて行った……。

 

「そんな慌てなくていいのに……」


 さて、トイレに入って……ん? 何かがおかしい……。


 見た目はいつも通り可愛い萌花だったはず……ん? しっぽ? 耳? 


「ははっ、まだ寝ぼけてんのかな」


 まぁ見間違いだろ、寝癖でもついていたかパジャマがそう見えたかに違いない。



 

 気を取り直してリビングへと向かった。食器を洗っているのか、カチャカチャと音がしているから母さんがいるんだろう。


「おはよう」

 

 声をかけながらリビングへ入るドアを開けると、テーブルには既に3人分の朝食が用意されていた。


「え? あら、慎哉。おはよう、今朝は早いのね?」


「おはよう母さん、目が覚めちゃったからね」


「もう食べる? 用意は出来てるわよ。あとお茶だけ出してあげるわ」


 椅子に腰掛けて、手を合わせる……いただきます、っと。


「ありがとう、萌花たちはもう来るのか?」


「すぐ来るけど……いいの?」


「ん? あぁ、どうせいつもの事だろ」


 俺には妹が……双子の妹が居る。さっき会った萌花と悠璃(ゆうり)。

 萌花はどちらかというと大人しく引っ込み思案だが、悠璃は逆に活発だ。いつも兄である俺に絡んでくるが……まぁそこも可愛かったりする。


「慎哉がそう言うならいいけれど……なんか今日は雰囲気が違うわね? どうかしたの?」


 横からお茶が差し出される、お礼を言おうと顔を上げて母さんの顔を見ると……肩の下程までの長い黒髪を後ろで結わえてあげているが、見た目30前と言っても通じるくらい若く見えるいつもの母さん……の頭に髪と同じ色の犬のような耳……。


「あ……ありがとう」


 はぁ? なんで母さんの頭にけも耳ついてんの!? え、流行? カチューシャ的な?

 

 そんなのが流行っているなんて聞いたことは無いが……俺の様子が気になったのか首を傾げながらもまたキッチンへと戻っていく母さんの後ろ姿を見ると……黒いしっぽが揺れていた……。



 え? しっぽも流行なの!?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る