都築、お前もか

「そろそろ五時半だし下校するか」


 という常磐の声で俺は顔をあげた。


「いつの間にかそんなに時間が経ってたんだな」


 やっぱり好きなラノベを読んでると時間のことを忘れてしまうな。

 

「本を返却カウンターに置いて解散してくれ」


 常磐がそう指示を出す。

 気にしたことがなかったけど、同好会の会長は常磐だったのかなと思い至る。


 入部届も出し終わったし木更津先生と顔合わせたし、今日の目的は全部達成したと思っていいな。


「センパイ行きましょ?」


 先に立ち上がったぼたんは俺を誘う。


「うん」


 返却カウンターがどこにあるかなんて知らないからな。

 ぼたんに教えてもらうのが一番だ。


「こっちですよ」

 

 ぼたんに誘導されてカウンターの脇にある白いキャスター付きの本棚に本を並べておく。


「こんなに遅く下校するのは久しぶりだな」


 図書室の外に出て廊下の窓ごしに風景を見やった。


「センパイ、いつもすぐ帰ってますもんね」


 シシシと笑いながらぼたんは合いの手を入れる。


「やることがないからな」


 即答する。


 バイトでもしたほうがいいのかと思うが、あんまり気乗りがしない。

 学校は禁止してないし親だってたぶん反対はしないんだろう。


「バイトでもしてみたらどうですか?」


 こっちの顔をのぞきながらぼたんが言った。


「俺の表情を読みとるのは止めろ」


「あっ、今のは自信なかったんですけど、当たってたみたいですね」


 ぼたんがうれしそうに笑う。

 返す言葉がとっさに出て来なくて俺はさっさと歩きはじめる。


「もういきなり歩き出さないでくださいよぉ」


 ぼたんはタタタと早歩きで横に並んできた。

 追いつかれた時点であきらめ、歩く速度を彼女に合わせる。


「ぼたんはバイトしてるんだっけ?」


「ええ。週に二回。ちょっとだけですけどねえ」


 すぐに答えが返ってきた。

 

「少し考えてみるか」


 何となくそうつぶやく。


「何なら一緒のお店にしませんか? きっと楽しいですよ」


 彼女が誘ってくるが、


「それはやだ」


 ときっぱりと言う。

 この調子で一緒にいられたらバイトって感覚じゃなくなりそうだ。


 お金をもらうのにそれは何だか申し訳ない。


「即答しないでくださいよぉ。センパイのことだから友達と遊ぶノリみたいになってお金をもらうのはいやだとか、そういう理由なんでしょうけど」


 何でわかるんだろうな、ぼたんの奴め。

 黙っていると彼女はニコニコする。


「あ、図星でしたか?」


「ほんとよく当てるよな、お前」


 すっかり慣れてしまったが考えてみれば少し怖くないか?


「センパイ以外だとそんなに命中しないんですけどね。対センパイ限定、センパイ特攻効果ですね」


「そんな効果はいらない」


 何で俺特攻なんだよ。


「センパイだって私のことはよく当てるじゃないですか。一方通行だと不公平ですよ?」


「そんなものか?」


 釈然としないものを感じて首をかしげる。


「そんなものですよ」


 ぼたんは笑顔で言い切った。 

 まあいいかと思うのは笑顔に負けたからじゃない。


 誰にというわけじゃなく言いわけをしていると、校門を過ぎたところで都築とばったり遭遇する。


「おっ、宮益、ちょうどよかった」


 都築は右手を挙げてすごくナチュラルに話しかけてきた。


「都築か」


「そっちにいるのは例の後輩だよな」


 都築の目はぼたんを捉えている。


「そうだけど」


「お前が来てくれるとしても、女子が一人足りないんだ。よかったら一緒に来てほしいんだが」


 都築は両手を合わせながら申し訳なさそうに頼み込んできた。


 ぶっちゃけこいつの頼みを引き受ける義理なんだけど、仲良くなりたいからって誘ってくれたのを断るのもなぁ……。


「いいですよ。センパイが一緒なら」


 ぼたんは条件をつける。


「そりゃ当然だよな。知り合いがいない状況で来るのもつらいだろうし、無理は言えないよ」


 都築はもっともだという反応だが、ぼたんは普通に誰とでも仲よくなれる陽キャラタイプだぞ?


 まあ今言うことじゃないんだけど。


「行きたくないわけじゃないんだが、やらかしても責任は取れないぞ?」


 そう確認するように告げる。


「そんなの気にするなよ」


 都築はハハハと明るく笑う。

 そして笑顔をひっこめて、


「警察沙汰だけは勘弁してほしいけどな」


 なんて言う。

 

「センパイにそんな度胸ないですよ。私の手を握ることさえできないヘタレなんですから」


 ぼたんは横から会話に入りつつ俺をいじってくる。


「お前の手を握るくらい別に何ともないんだけどな、ほれ」


 と切り返して彼女の左手をそっと握った。


「……えっ?」


 ぼたんは目を丸くしたままフリーズする。


「うん?」

 

 完全な不意打ちを食らわしてしまったらしいな。

 何でこいつ、俺が手を握りたくても握れないなんて誤解してたんだろう?


「せ、センパイ不意打ちはズルイですよ?」


 ぼたんは固まったまま抗議をしてくるが、嫌悪感ゼロで羞恥心百パーセントって感じだから普通に返そう。


「お前だってよく不意打ちしてくるだろう?」


「それは、その、そのう……」


 何も反論が思いつかないらしく、ぼたんはごにょごにょと口を動かす。

 

「あー……」


 都築は何とも表現が難しい表情になった。


「すまん、どうしても無理って言うなら来てくれなくてもいいんだ」


「いや、行くつもりになってたのに何でまたいきなりそんなことを言いだすんだ?」


 お互い乗り気になってて、めでたしめでたしって感じだったのに。


「だって今回の集まり、恋人がいない奴ら限定なんだよ」


 都築はそう言ったので理由にピンときた。


「ああ、そういうことか。何か勘違いしてるみたいだけど、俺たちつき合ってないぞ?」


「えっ?」


 ポカーンとして俺たちの顔を交互に見る都築にやはりかとため息をつきたくなる。


「何か誤解されることって多いですよね」


 冷静になったぼたんがそう言った。

 つまらないのでそっと手を離す。


「え、そうなの?」


 なぜかオロオロしはじめた都築に俺たちは同時にうなずいて見せる。


「勘違いだぞ、お前の」


「勘違い?」


 都築の顔には納得できないって書いてあるけど気づかないフリをしよう。


「いや、それなら誘ってもいいけど、うーん」


 そして都築は悩み出す。


「恋人を探す合コン的な集まりなら、参加は辞退させてもらうぞ?」


「あ、私もパスですね」


 俺の言葉にすかさずぼたんが便乗する。

 

「そういうわけじゃないんだ。俺が言い出したんだし、二人にも来てもらうよ」


 都築は少し悩んだ末に結論を出した。

 

「じゃあ参加させてもらおうかな」


「私もです」


 俺たちは結局参加することに決める。


「とりあえず連絡先を交換しておこうか」

 

 実のところクラス単位でのグループなんて俺は入っていない。


「そうだな」


 都築の言葉に俺たちはスマホを取り出す。

 何気にぼたん以外と連絡先を交換したのは久々かもしれないな。

 

「センパイ、私以外と連絡先を交換したのは何人目ですか?」


「都築が初めてかと思ったが、小早川がいるな」


 確認してみると見事なぼっちぶりが明らかになってしまった。

 ただ、小早川がいたおかげで孤立無援状態じゃないと言い張ることができる。


「そ、そうか」


 都築は何かを言いかけたのに、やっぱりもう何も言わないって顔になって口をつぐんだ。


「意外ですね。私以外に友達いるんですね」


 小早川は友達と言っていいのか微妙なラインなので、あいまいな笑顔で受け流すことにする。

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