聞き捨てならない

 図書室に着くと司書の先生が座っていたので、ぼたんが声をかける。


「すみません、読書愛好会なんですけど」


「はい、通っていいわよ」


 優しいおばあちゃんと表現したくなる笑顔で許可をくれたので、ぼたんの後に続いた。


 おやっという顔をされたのでぺこっと一礼しておく。


「新しい子が増えたの。よかったわね」


 ニコニコと菩薩のような笑みでぼたんに話しかける。


「ええ。こっちが私のセンパイです。こちらが木更津先生です」


「初めまして、宮益です」


 ぼたんが足を止めて紹介しはじめたので、とりあえず名乗ることにした。


「はい。よろしくね」


 と言われてもそんなに接点はなさそうだけど。

 まあぼたん抜きで会うことだってあるかもしれないから、念のためだな。


 事務倉庫に入ると二人はすでに来ていた。

 カバンを壁際に置いて何か読んでいる。


「何を読んでるんだ?」


「芥川龍之介」


「司馬遼太郎」


 うん、よく分からん名前が出てきたな。

 俺はラノベでも探してこようか。


「あっ、私もついていきます、センパイ」


 ぼたんもすぐに後を追いかけてくる。


「何だ、持ってこなかったのか?」


 意外に思って聞くと、


「センパイ、一人で本の探し方ってわかります?」


 言葉に詰まる切り返しがきた。


「お世話になります」


「素直でよろしい」


 ぼたんはにこっと笑う。

 こういう時に勝ち誇ってマウントを取ろうとしないのがこいつのいいところだ。


「ぼたん先輩のおススメってどれですか?」


「えー、センパイにそんな呼ばれ方するのは何だかとてもくすぐったいですね」


 ぼたんはまるで猫が毛づくろいでもしているような顔で返してくる。

 そういうもんかね。


「でも呼び方を変えるってけっこう新鮮でいいかも。センパイは私にしてほしい呼び方って何かあります?」


 ぼたんが上目遣いで聞いてくる。

 何かけっこう乗り気になってるみたいだな。


 意外だと意外だが、せっかくの機会だから考えてみよう。


「今まで考えたことないからちょっと待ってくれ」


 そんな急には出てこないだろうな。


「へー、そうなんですね」


 ぼたんはちょっと意外そうな顔になっている。


「そうか?」


「ご主人様でもお兄ちゃんでもいいんですよ?」


 なんてぼたんはニヤニヤ笑いながら言う。


「どっちもうれしいけど、ご主人様はメイド服を着てくれないとあんまり破壊力はないかなあ」


 正直に答えるとぼたんはえーっと声をあげる。


「センパイ、そんな趣味があったんですかぁ? ちっとも知らなかったです」


「言われてみれば教えたことなかったかもな」


 メイドはいいものだぞ。


「センパイの部屋、さりげなく探したはずなんですけどねえ」


「さらりと恐ろしいことを言うな」


 さすがに聞き捨てできずツッコミを入れる。


「しっかり探すのは時間的に無理だったので、敗因はそれですかね?」


 ぼたんはじーっとこっちを見上げてきた。


「俺に堂々と聞いてくる勇気は認めるが、その前に悪びれろよ」


「てへっ♡」


 さらにツッコミを入れると舌を出して自分の頭を軽く叩くまねをする。


「可愛く舌を出しても俺はごまかされないぞ」


「なーんて全部冗談ですけどね」


「知ってた」


 じゃなかったらいくらぼたん相手でも怒ってるところだ。

 

「あ、やっぱり?」


 ぼたんはぼたんで気づいていたらしい。


「いくらお前でもそこまで勝手は許してない。親しきにも礼儀ありって言うだろ?」


「センパイ、何か飛びましたよ」


 ぼたんが指摘してきたので首をかしげる。

 うん、そうだったっけ?


 まあこいつが言うならそうなんだろう。


「お前ら入り口でいつまでイチャイチャしているつもりだ?」


 常磐が背後から呆れた声を出す。

 イチャイチャしているつもりはないんだが。


 ぼたんと二人で首をかしげていると、


「あと、そこで話してると先生の迷惑になるわよ」


 つばきからも指摘が飛んでくる。


「迷惑になるのはまずいな。移動しよう」


「はい」


 俺たちは反省して外に出て、司書の木更津先生に詫びた。


「騒いでしまいすみません」


「反省しています」


「若いっていいわねえ」


 木更津先生は怒らずニコニコしている。

 とりあえず許してもらえたと思ってよさそうだが、今後は気をつけよう。


 少し気まずそうに口を閉ざしたぼたんに誘導されて書架へと歩いていく。

 何人かの男女が席に座って本を読んでいる。


 ちょっと意外なことに教科書とノートを広げて勉強している生徒は一人もいなかった。


 ここって勉強禁止なのかな。

 普段利用しないから全然わからん。


「あっちが漫画、こっちが小説側です」


 ぼたんはまず左側の一区画を指さし、次いで中央と右側を示す。

 小説の棚のほうが断然多く七、八割くらいは占めていそうだ。


「センパイは何を探したいんですか?」


 さっきから小声になってるので、声量を合わせて答える。


「そうだな。アニメ化されたやつで面白いやつがあるんだよ」


 タイトルは度忘れしてしまったが、たしか異世界転生ものだったはず。


「それじゃわかんないですね。一緒に探しましょうか?」


「場所を教えてもらえたら一人で探すよ」


 ぼたんにそう答えると、彼女はむーっと頬をふくらます。


「どうしてそんなこと言うんですかぁ?」


「保護者同伴みたいな展開はさすがにちょっと」


 俺も思うところがあるのだ。

 それも相手は年下の後輩女子なんだから。


「えっ? センパイがダメ人間なのは今さらなんですけど?」


「え、まじで?」


 ぼたんが驚いて指摘したことに俺も驚く。


「俺のどこにダメ人間要素があるんだ?」


 ただこいつと一緒に飯を食ったり駄弁ったりしてるだけなんだが。


「……ごめんなさい。忘れてください」


 ぼたんはあっさりと撤回する。

 見てはいけないものを見てしまったように顔ごとそらされたのが少し気になるな。

 

「この反応は予想してなかった」


 ぼたんのことなら大概はわかってるつもりだったが、ここにきて外れてしまったか。


 しょせんは人間同士、完璧に分かり合えるわけがないんで思いあがっていたと反省しよう。


「……センパイ、何人間同士は完璧に分かり合えない生き物だって顔をしてるんですか?」


 ぼたんがジト目になって聞いてくる。


「俺の心を読むのはやめてくれ」


「私にできるのはセンパイの表情を読むことだけなんですけど?」

 

 いつぞやもやったやりとりが再びだ。

 俺の表情の変化ってそんなに読みやすいのか?


「不思議がってますけど、センパイだって私の表情けっこう読んでますよ?」


「そりゃお前が分かりやすいからだろ」


 と指摘する。


「センパイも大差はないって気づいてくださいね」


「まじかよ」


 信じられない、というよりは信じたくないんだが読まれてるのは事実だしな。


「これからは目を合わせないようにするか」


 とっさに思いついたのは我ながら苦肉の策だった。


「声色でだいたいわかるから無駄です」


 ぼたんは追い打ちをかけてくる。


「そこまでいくとさすがに超能力者の範疇じゃないか?」


「人間頑張ればそれくらいできますよ?」


 首をかしげる俺にぼたんはさらに言った。


「それできる奴ができない奴に向かって言うやつだよな」


 ジト目を向けると彼女はにこりと微笑む。

 ごまかすつもりじゃなくて、疚しいことは何もないって真正面から受け止めるつもりらしい。

 

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