鈍感な二人

 昼飯を食べ終えてさてどうしようかと悩む。

 いつもなら時間が来るまでぼたんと適当にしゃべってヒマを潰すんだけど、今日は目の前に人がいるもんな。


 入会希望者という手前、二人に何か話しかけたほうがいいか?

 と思ったが、それより先に一つ疑問を片づけておきたくなった。


「ところでぼたんが読書愛好会に入ったきっかけは何なんだ?」


 知り合いに誘われたからという線は今のところなさそうなんだよな。


「図書室にラノベと漫画がけっこう充実してるのと、ここに入ってみたかったからです」


 ぼたんはそう言って室内を見回す。


「なるほどな。たしかにカウンターの奥はどうなってんのか、俺もちょっと興味はあったよ」


 ゆるい同行会なら入る動機として十分なんじゃないか。


「そういうところ似た者同士なのね」


 つばきが苦笑している。

 まあ真面目な人間からすりゃふざけた動機だろうな。


「まあな。だから意気投合したようなもんだ」


 当たり前だけど最初っから今みたいに仲がよかったわけじゃない。


「なるほど」


 常磐はそう言ったが礼儀的だった。


「二人が初めて会った時ってどんな感じだったの?」


 つばきのほうは好奇心を抑えられないらしく、ワクワクした顔で聞いてくる。


「ヒミツでーす」


 ぼたんはにやっと笑いながら明るく答えた。


「えー!?」


 勿体ぶられるとは思ってなかったのか、つばきは声をあげる。

 彼女はちらりとこっちを見たので言ってやった。


「秘密だな」


「ええー!?」


 つばきの声が一段と大きくなる。


「しー」


 あわてて常磐が彼女を制止した。

 ここからだと図書室のほうに声が聞こえるもんな。


 ドアは開きっぱなしだし。


「何で秘密なんだい?」


 と常磐が聞いてくるので俺たちは何となく顔を見合わせる。


「特に理由はないな」


「ないですよね」


 ここでも俺たちの息はぴったりだった。


「何それ?」


 二人は無数のハテナマークを顔に浮かべている。

 特に理由はないけど、わざわざ人に話したくなるかって言うと別にそんなことはない。


「言いたくないなら無理に聞かないが」


 常磐は引き下がった。

 つばきは納得しかねるという顔だが、彼が下がった手前食いつくのはためらわれるらしい。


 そこで話を変えることにする。


「放課後の活動場所はここでいいのか?」


「そうだよ。活動日は特に決まってないけど、週に一回は顔を出してほしい」


 常磐がそう言ったので思わず目を丸くした。


「予想以上にゆるい活動なんだな。道理でほたるがよく俺にくっついてくるわけだ」


 意外だったが考えてみればそれくらいゆるくないと、放課後ぼたんと過ごす時間がもっと少なかったはずだ。


 最初同好会に入ってるって言われて驚いたもんな。


「センパーイ、そこのとこ頭回ってなかったんですね? そんなに私と一緒にいるのが当たり前だったんですかぁ?」


 ぼたんがシシシと白い歯を見せながらからかってくる。


「俺たちがよく一緒にいるのは当たり前だろ?」


 今さら取り繕おうにも無理がありすぎだ。


「あう」


 ぼたんは強烈なカウンターが決まったようにひるむ。


「ちょっとは照れてくださいよぉ」


 顔を真っ赤にしながら少し不満そうに口をとがらす。


「悪いな。正直言葉にされるだけじゃ大して照れない」


 中学時代だったら照れただろうけど、一緒にいる時間が長くなってきたからなぁ。

 

「何か悔しいです」


 ぼたんはむーっと頬を膨らませる。


「照れないだけでお前のことはちゃんと大切に思ってるんだぜ?」


 髪を優しくなでて耳元でささやく。


「は、はい」


 ぼたんは頬を赤くしたままこくこくとうなずいた。


「この二人、つき合ってないってマジかよ」


「見てるだけで砂糖吐きそうなんだけど」


「俺もだ」


 常磐とつばきの二人は何やらこっちを見てドン引きしている。

 初めて俺たちのことを見た人って、たいていがこいつらみたいな反応をするんだけどなぜなんだろうか?


「何か俺たち、けっこう誤解されやすいよな」


「そうですね。これが私たちの普通なんですけど?」


 俺とぼたんは二人そろって首をかしげる。

 

「え、この人たち本気なの?」


「たぶん本気だ」

 

 信じられないという顔のつばき、あきらめたような顔の常磐が印象的だった。


 この二人、ぼたんが堪らなくなるほどイチャイチャしてると思ったんだが、別にそんなことはないな。


 あくまでも今のところはだが。

 もしかしたら初めて会う俺に遠慮してるのかな?


 不思議に思ってると常磐と目が合った。

 そっとそらされたのが何だか不思議である。


「ぼたん、今日の放課後はどうするつもりなんだ?」


 週に一回顔を出せばいいならわりと今まで通りで問題なさそうなので聞いた。


「今日だけは来たほうがいいんじゃないですか? 入部届を出さなきゃですから」


「了解。同好会なのに『入部届』なんだな」


 俺が冗談めかして言うと、


「それは生徒会に言ってください」


 ぼたんも笑いながら返してくる。

 コストだってかかるだろうし、たぶん無理なんだろうなと思う。


 正式な部にとって問題な内容ならともかく、予算がほとんど回されない同好会のためとなるとなおさらだ。


「そう言えば二人はどんな本を読んでいるんだ?」


 せっかくこうして一緒にいるんだから聞いておこうと思い、常磐とつばきの二人に問いかける。


「俺は司馬遼太郎と藤沢周平、吉川栄治だな」


 司馬遼太郎しかわからないな。


「センパイ、わかります?」


「司馬遼太郎だけ」


 ぼたんの問いに答えると、常磐がうなずいた。


「まあ仕方ない。司馬遼太郎を知ってるだけでもうれしいよ」


 なんて言っている。

 たぶんだけど時代小説とか歴史小説とか、そういうカテゴリーに入るやつだよな?


「私はアガサ・クリスティーとかコナン・ドイルかしら」


 とつばきは言う。


「あ、ミステリならちょっとわかるよ。江戸川乱歩なら読んだことがある」


「へえ、そうなんだ」


 つばきはちょっとうれしそう目を細める。


「センパイ、漫画だとミステリも読みますよね」


 俺の読書歴を把握しているぼたんが参加してきた。


「お前だって読むだろ。と言うかお前に漫画を貸してもらったのがきっかけだろ」


 と言っておく。

 ミステリ漫画を読むようになったきっかけはぼたんの影響だった。


「でしたね~」


 ぼたんはなつかしむ顔をして笑う。


「宮益くんはどんな小説を読むんだい?」


「基本ラノベかな」


 と常磐に言った。


「あとは漫画くらいしか読まないな~」


 ここにいていいのかという気持ちがちょっと出てくる。

 ぼたんはいてくれと言うだろうから、言葉にはしないが。


「おススメしたものは義理堅く読んでくれる人なので、いろいろとおススメするといいですよ」


 とぼたんが俺を二人に売り込みはじめる。


「へえ、そうなんだ。じゃあ『燃えよ剣』とかすすめようかな」


「私は『そして誰もいなくなった』にしようかしら」


 二人はニヤニヤしながらそんなことを言う。


「『そして誰もいなくなった』のほうは名前くらいは聞いたことあるぞ」


 『燃えよ剣』のほうは知らないけどな。


「へえじゃあ読んでみてよ。図書室にもあるはずだからさ」


「わかった、探してみる」


 せっかくだからな。

 この後でも探してみよう。


「手伝いますよ、センパイ。図書室で本を探す方法なんてよく知らないでしょう?」


 とぼたんに言われる。

 その通りだったので甘えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る