ウソだろ?

「それで、ここに来てくれたってことは読書愛好会に入ってくれるってことでいいのかな?」


 桑原の問いにうなずいた。


「まずはお試しからってことにさせてほしいけどな」


 合わないようなら抜けさせてもらいたいと遠回しに伝える。


「別にいいさ。しょせんは同好会だ」


「無理にいてもらっても空気悪くなるものね」


 必要人数は足りてるせいか、常磐もつばきも大らかな態度だった。

 そこで会話は途切れ弁当タイムに入る。


 ぼたんが俺の分のお茶を用意してくれている姿を二人に見られるが、まあいいか。


「なんて言うかぼたんちゃん、新妻みたいね」


「そう見えるんですかねー?」


 つばきのからかい口調に動じずぼたんは答える。


「いつもそんな感じなのかい?」


「まあな」


 常磐の問いには俺が返事した。


「センパイは家事ダメダメですからね。私がいないとダメなんですよ」


 ぼたんがやけにうれしそうに言いやがったが、事実なので反論できない。


「ぼたんの手料理は美味いからな。毎度楽しみにしてる」


「ふふ。センパイ、そういうところは素直ですよね」


 ぼたんはうれしそうにこっちを見上げた。


「そりゃ俺のために時間をかけて労力を割いてくれてるわけだから、感謝しないと罰が当たるだろ。いつもサンキュー」


 いい機会だし改めて礼を言っておこうか。


「いえいえ。そうやって言ってもらえたら、私も頑張る甲斐があるってもんです」


 ぼたんは首を振ってじっと見てくるので自然と見つめ合う形になる。

 いつもこういう態度ならものすごく可愛いんだけどなあ。 


「うーん、予想してはいたけど相当ね」


 つばきが微苦笑している。

 ぼたんの様子から推測すると、こいつらは相当イチャイチャしてるはずだが、俺って異分子のせいか普通な感じだ。


 何もないならそれでかまわないのでぼたんの弁当を堪能しよう。

 ちらりと見るとつばきは弁当で、常磐のほうはパンだった。


 何だ、彼女の手作り弁当じゃないのか。


「ねえねえ、宮益くんが食べてるぼたんちゃんの手作りって毎日なの?」


「そうだよ」


 つばきの問いに答える。

 ぼたんから聞いてないのか、それとも確認したいのか。


「すごいね、ぼたんちゃん。私不精だから毎日は無理かなぁ」


「無理しなくていいよ」


 呆気に取られたつばきを、常磐がフォローするように言った。


「まあぼたんには感謝だな」


「センパイはきちんと感謝してくれて美味しそうに食べてくれるので、とても作り甲斐がありますね」


 ぼたんがニコニコしながらお茶を飲む。


「じゃなかったらさすがに毎日は考えちゃいますよ」


「もしかして俺の褒め方、足りない?」


 常磐が気にしたように言った。


「そんなことないわよ?」


 とつばきがフォローに回る。

 ぼたんが俺を必要とするくらいのアツアツカップルならたぶん大丈夫だろうな。


 けど何も言わないでおこう。

 ぼたんも黙ってる。


 ここで二人を煽りにいったりしないのがこいつのいいところだ。

 基本的に俺以外にはそんなまねをしないから無害系女子なんだよな。


「センパイ、明日は魚でもいいですか?」


「美味く食べられるなら平気だよ。基本的に俺、苦手な食べ物もアレルギーもないんでね」


 ぼたんの問いに答えた。

 知ってるはずだけど、わざわざ聞いてきたくらいだから念のために言っておく。


「了解です。しっかり餌付けしてあげますね♡」


 語尾にハートマークがついてそうな甘ったるい声を出す。


「とっくに餌付けされちゃってるよ」


 もう手遅れだろうなと思いながら肩をすくめる。


「まだまだ私の真の力はこれからですよぉ?」


 なんてぼたんはニコニコしながら言った。

 そんな顔で言われると本当にまだ先がありそうだからおそろしい。


「これ以上は勘弁してくれ。ダメ人間にされてしまう」


 ぼたんの手料理じゃなきゃ満足できないとなると、料理は全部こいつ任せになるじゃないか。


 それだけじゃダメ人間ってことにはならないんだけど、こいつのことだから他にも何かいろいろと企んでそうなんだよな。


「ふふー、私なしじゃ何一つできないダメ人間にしてあげます。徹底的にね」


 ぼたんは捕食者の目をしながら宣言してくる。


「やめろ。お前は悪女かよ」


 これは冗談を言っている顔だったので笑いながら返す。

 

「ひっどーい。私みたいに一途で健気な女の子をつかまえて悪女だなんて」


 とぼたんは泣き真似をする。

 百万パーセントウソ泣きなのはわかっていたが、つばさと常磐がいる手前一応なぐさめておくか。


「そうだな。お前みたいないい女はそうそういないよ」


 と肩を優しく叩きながら言うと、ぼたんは顔をあげてじっとこっちを見上げる。


「あれー? いつもの髪の毛ナデナデはどうしたんですか? 今が攻め時ですよ?」


 こんな催促をするやつなんてこいつくらいのものなんだろうな。

 笑ってしまったが俺は視線を彼女の弁当箱に向ける。


「まだおにぎり残ってるだろ。髪の毛が落ちるリスクがあるじゃないか」


 食べてる時はできるだけ髪は触らないほうがいいよな。

 俺が言ったとたんにぼたんは高速で弁当の残りをたいらげてしまう。


「おいおい、そんな慌てると喉を詰まらせるぞ」


 たしなめると同時にぼたんはお茶をごくごく飲んで笑顔を向けた。


「大丈夫です。食べ終えたのでどんとこいですよー」


 と言って頭を差し出してくる。 

 それには応えることなく、


「お前って普段は猫なのにわりと子犬になるよな」

 

 としみじみと感想を言った。

 

「ええー?」


 ぼたんは不満そうに口をとがらせる。


「褒めてますか、それ?」


「褒めてるぞ。忠犬って褒め言葉だろ?」


 真顔で言い返すと納得したらしく、小さくうなずいた。


「ならいいです」


 そう言いつつ頭を差し出してくる。

 なでるまで諦める気はないって意思表示だな、これ。

 

「仕方ないな」


 別に勿体つける気はないので優しくなでてやる。


「わーい」


 ぼたんは無邪気に喜んでいて、相当ほしかったんだなと思った。

 しかし、こいつがここまでナデナデにこだわるなんてかなり珍しいはずだが。


 特に人目がある時はここまで甘えてこないんだよな。

 もしかして目の前の二人に対してかなり積もり積もったものがあったんだろうか。


 と思ってみると、彼らは悶絶するのを耐えているような顔だった。

 

「すごいね、この二人」


「砂糖を吐きそうってこういう気持ちを言うのか」


 二人は胃のあたりを手でなでている。

 食べすぎたのか?


「ぼたんちゃん、こんなイチャイチャする彼氏がいるなら教えてくれたらよかったのに」


 とつばきが苦笑して言った。


「別に俺たちってイチャイチャしてないよな?」


「そうですよね?」


 俺もだが、ぼたんも彼女が言っている意味がよくわからない。


「えっ」


「ええ?」


 つばきと常磐は何やら困惑したような声を出す。

 どうしたんだろう、いきなり?


「お前ら何を言ってるんだ?」


 常磐が聞いてくるが、それはこっちのセリフなんだよなぁ。


「お前らこそ何を言ってるんだ? だってイチャつくのは恋人同士がやるもんだろ」


「私たち別につきあってないですもんね」


 ぼたんの言う通りである。

 こいつと仲良しなのは認めるが、恋人同士じゃないんだよな。


「マジかよ。ウソだろ?」


「信じられない」


 目の前のカップルたちは何やら驚愕してる。

 凍り付いたという表現がぴったりだ。


 俺たちがカップルじゃないってそんなに意外だったのか?

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