廊下でイチャつかない

 翌日の昼、ぼたんはいつものように弁当を二人分持ってきてこっちの教室までやってくる。


「センパーイ」


 わざと甘ったるい声を出しやがった。


「いいなぁ」


「あの子メチャクチャ可愛いよなぁ」


「何であんなやつが」


 クラスの男子どものやっかみ声が聞こえてくる。

 気持ちは正直とてもよく理解できる。


 俺だって同じ立場だったら「何でぼたんみたいな可愛い女子と、さえない男子が?」と首をかしげるだろう。


 我が人生ながら摩訶不思議って感じだな。

 

「今日はどこに行く?」


「部室でもいいですか? 早めに紹介しておいたほうがいい気がするんで」


 今回の上目遣いは身長差による自然なものだった。


「いいぞ。ダメだと思ったら断るし、その場合も早いほうがいいだろ」


「それはそうですね」


 ぼたんは微笑む。

 俺が逃げるかもしれないと言うのにこの余裕。


「俺が入らないならお前も抜けるつもりか?」


 彼女はにこっとする。


「やっぱりわかっちゃいます?」


「居心地の悪い状態が改善されないのにやめない理由はないなら、そこまで思い入れがあるわけじゃないんだな」


 と予想した。


「さすがセンパイ、お見通しですね」


 ズバリ的中だったらしい。


「まあいい。案内してくれ。同好会なら専用の部室も持ってないんだろう」


 たしか専用の部室を持てるのは正式に部と認められた場合のみ。

 予算だって同好会じゃ雀の涙だろう。


 名前から推測する活動内容的には図書室から本を借りてくるか、家から持ってくれば事足りるから問題はないのかもしれないが。


「ええ、場所は図書室ですよ」


 とぼたんがあっさり行き先を告げる。


「図書室って飲食禁止じゃなかったっけ?」


 飲み物が飲みたくなったら一度退出するのがルールだったはずだし食べ物も同じだ。


「図書室ではそうですね」


 含みのある言い方と笑いに俺は何かカラクリがあると推測する。


「何だ? どっか別の部屋でも貸してもらえるのか?」


「センパイって突然勘が鋭くなったりしますよね」


 けっこういい線ついてたらしく、ぼたんが不服そうに口をとがらす。


「ぼたんが絡んでるからな」


「理不尽すぎてこわいです。うれしくないです」


「あっれー」


 以心伝心だと喜ぶところじゃないのか。

 ちょっと期待外れだったな。


「センパイだって私に心を読むなとか言うじゃないですか?」


「こわいと思ったことはないなあ」


 両手を広げて傷ついたと意思表示してみる。


「センパイは男子だからでは? 私はか弱い女子なんですよ」


 男女の違いをアピールしてくるので、とりあえずうなずいておく。


「そう言えばそうだったな」


「そう言えば!? どこから見ても私は女子ですけど!?」


 心外だとぼたんは語気を強めて抗議してくる。


「女子?」


 不思議そうな顔をして立ち止まると、ぼたんは目を吊り上げた。


「あ、それどういう意味ですか!?」


「俺にとってぼたんは世界一素敵な女子なんだよなぁ」


 ここぞとばかりに真顔で言ってのける。


「あう……」


 効果はてき面だった。

 笑いながら髪をなでてやる。


「うううー、もてあそばれてる」


 ぼたんは目をうるませて不満そうに言った。


「外聞のよくない表現はよせ」


「やです。からかわれてばかりでつらいですー」


 ぼたんは頬をふくらませる。


「仕かけてくるのはぼたんのほうが多いはずだが」


 こっちは反撃しているだけだぞ、心外な。 


「知りませーん」


 ぼたんはいやいやと首を横に振る。

 

「はははこいつめ」


 ほっぺをつついてやった。

 駄々っ子モードに入りかけた時はこうやってつんつんしてやるのが効果的である。


「お前ら何廊下でイチャイチャしてんの?」


 不意に声をかけられたから視線を移動させると、小早川があきれた顔で立っていた。


「何だ、小早川か。俺たちイチャイチャしてないぞ?」


「えっ?」


 心外だなと言うとなぜか小早川はぎょっとする。


「初めまして、センパイのお友達ですか? 私たちは別にいちゃいちゃしてるわけじゃないですよ?」


「えええ?」


 ぼたんにあいさつされ、俺と同じことを言われた小早川は信じられないという顔をした。


「ただ、廊下で立ち止まって話すのは迷惑だったかもな。移動しようぜ」


「はーい」


 ぼたんと俺は気を取り直して今度こそ図書室へ向かう。

 図書室は第一校舎の一階にあり、入り口で上履きを館内用スリッパに履き替えないといけない。


 向かって左側が書架と読書用のテーブルがあり、右側にカウンターがある。

 ぼたんは慣れた様子でカウンターを跳ね橋のように開けて通行スペースを確保した。


 そこってそうすると通れるようになるんだな……どういう仕組みになってるのかは謎だったんだよな。


「どうぞー」


 ぼたんに促されて後に続くと、彼女が元通りにしてカウンターの奥の部屋に入っていく。


 中の部屋は事務室兼倉庫って肝心になっていて、二年の制服を着た男女がすでに来ていた。


「入会希望者を連れてきましたー」


 ぼたんが声をかけると見つめ合ってた二人の視線がこちらを向く。


「へー、ぼたんちゃんがいつも話してた『先輩』がその人なんだ?」


 女子が興味津々って感じで見上げてくる。


「宮益スグリだ。同じ二年みたいだし、敬語はいいよな?」


「もちろん。堅苦しいの苦手だからね」


 眼鏡をかけた黒髪男子がおだやかに微笑む。

 いかにも知的で勉強ができそうな空気を持ってるが少し意外だ。


 ぼたんが音をあげるくらいだから、空気を読まないバカップルって勝手に思ってたからな。


「桑原常磐だ、よろしく」


「清水つばきよ、よろしくねー」


 と茶髪ボブヘアの女子が手を振る。


「使ってない椅子を自由に使ってくれ」


 桑原に言われたので壁に立てかけてあるパイプ椅子を二つ手に取って、並べてからぼたんにすすめた。


「ありがとうございまーす」


 ぼたんはニコッとして右側の椅子を選んだので、俺は左側に腰を下ろす。

 そして壁際に寄せられてた机を移動させ、俺たちが使うテーブルにする。


「うんうん、力仕事を自発的にやる男子って素敵だよね」


 つばきがニコニコしながら言う。


「ま、ぼたんのため以外には基本はやらないけどな」


 と答える。

 何で俺がぼたん以外の女子のために働かなきゃいけないんだか。


「おおー、いきなりそんなこと言っちゃう?」


 つばきは面を食らったのか目を丸くしている。


「センパイは悪ぶるのが好きなんです。でも本当は優しいんですよ」


 ぼたんがフォローした。


「そりゃキツイタイプの男子なんて、ぼたんちゃん大嫌いだろうからね」


 つばきは納得している。

 俺が知らなかったってことは高校に入ってからのつき合いだろうに、ずいぶんとぼたんのことを理解しているんだな。


 明るく単純そうに見えてかなりわかりにくい奴だと思うんだが、女子相手だと別なんだろうか?


「センパーイ、何だか私に失礼なことを考えてませんか?」


「お前のことを入学して短時間で理解できる奴がいるなんて、正直かなり意外で今驚いてるところだ」


 ジト目を向けてくるぼたんにさわやかな笑みを返してやる。


「ああ、つばきはそういうの得意なんだよ。誤解されやすいタイプの本質を見抜いたりとか」


 桑原の言葉にへーっと感心した。

 単に明るくてフレンドリーな女子じゃないのか。


「宮益くんはぶっきらぼうで意地悪そうだけど、気を許した相手には優しくて誠実って感じがするかなー」


 とつばきは言い出す。


「ズバリ的中です。つばき先輩、こわいですね」


 ぼたんが目を丸くしてる。

 俺のどこが優しくて誠実なんだかさっぱりわからんが、つっこんでも無駄だろうなと思って弁当のフタを開けた。

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