息がぴったりと言うか

 俺とぼたんは無言で向き合っている。

 俺はどっちが先に「あーんをするか?」をうかがっているつもりだし、おそらく向こうもそうだろう。


 これまでのパターン的にそうだと断言できる自信がある。


「今日はあーん勝負なしにするか」


 完全な膠着状態に陥ったと判断したので休戦を提案した。


「やむをえませんね」


 ぼたんはそっと息を吐き出して申し出を受け入れる。

 そしてほぼ同時にクッキーに手を伸ばして袋を開け、口に放り込む。


 こういうタイミングはだいたい被るんだよな。

 別に狙ってるわけじゃないしぼたんだってそうだと思うんだが。


「センパイ」


 ぼたんが珍しく神妙な顔になって言った。


「部活、やってみませんか?」


「活動内容次第だな」


 と答える。

 他の奴に頼まれたなら即断ったけど、ぼたんの頼みだからな。

 

「ふふ、私の頼みだからですか?」


 からかってるんじゃなくて喜んでる顔だったのでうなずく。


「当然だろ。ネタだったら怒るが、お前だったらこんなやり方で俺をおちょくったりしないからな」


「さすがセンパイ。よくご存じですよね、私の性格」


 ぼたんがコロコロと笑い声を立てる。

 

「何せ中学の時からのつき合いだからな」

 

 時間はそこまで長くないかもしれないが、濃さはかなりのものだと思う。


「そうですねー」


 とぼたんは言ってお茶を飲む。


「それで? 内容は?」


 急かしたつもりはないが、こいつは途中で話がいろいろと飛んでいくことがあるからな。


 重要っぽいことは巻き進行にして先に片づけておいたほうがスムーズだったりする。


「読書愛好会っていうんです。部活じゃなくて同好会なんですけど、存続のためには三人必要なんですよ」


 よく聞くパターンだな。


「俺が入ったら三人になるのか?」


 だったら俺じゃなくてもいい気がするのでちょっと不思議に思う。


「いえ、人数は足りてるんですよ」


 ぼたんはここでニヤッと人の悪い笑みを浮かべる。

 謎かけをしてきたつもりなんだろうが、俺を誘ってきた時点で答えは読めるぞ。


「ははあん。残り二人はカップルだから微妙に気まずいんだろ?」


「どうしてわかったんですか!?」


 ぼたんはぎょっとして目を見開いて叫ぶ。

 読まれるとは思っていなかったらしい。


「出題者がお前じゃなかったらわからなかっただろうな。少なくともかなり悩んだに違いない」


 ニヤリとして答えてやると彼女はがっくりと肩を落とす。


「私自身が一番のヒントだったってことですね」


「そういうことだな」


 ぼたんがぼたんであるかぎり、俺に勝つのは簡単じゃないぞ。

 とどや顔をしておこう。


「それでセンパイ? 話なんですけど、読書愛好会に入ってもらえませんか?」


「ラノベや漫画を読んでもいいのか?」


 文芸のたぐいは読んだことないんだよなぁ。

 だから文芸を読むのが必須と言われると入るのはやめようかと思う。


「大丈夫ですよ。ゆるーい愛好会ですから」


「よしわかった。なら入ろう」


 即決するとぼたんはほへーと言った。


「相変わらず早い時は早いですね、決めるの」


「お前への信頼だよ」


「ありがとうございます」


 今回の言葉は予想していたのか、ぼたんは照れずに受け止める。

 こいつと学校で一緒にすごす時間が増えるのも悪くない。


「あ、今私と学校で一緒にいられる時間が多くなるのは悪くないかなーって考えました?」


「……心を読むのはよせ」


 完全な不意打ちを食らってしまったのでごまかしきれなかった。


「心なんて読めませんよ。センパイの顔を読んだんです」


 ぼたんはにやりと笑う。

 勝ち誇られても仕方ない。


 久しぶりにきれいに負けた気がするが悔しくはなかった。

 ずっと俺だけが勝ってるのはバランスが悪いもんな。


「はは、参ったな。お前だって俺のことをよく理解してるじゃん」


「だってセンパイなんですもん」


 とぼたんは言う。

 他の奴らだったら答えになってないってなるんだろう。


 俺たちだからこそ通用する問答だ。

 会話はそこで中断して再びクッキーを食べるがこの時のタイミングも同時になる。


 息がぴったりと言うか、行動パターンがそっくりなんだろうか。

 五枚ずつ食べたところで俺は満足する。


 ぼたんのほうは三枚で男女の差を感じた。


「じゃあ約束通りゲームをしましょうよ」


「おう」


 俺たちは立ち上がる。

 ここはぼたんの部屋だが、ゲーム機とソフトがどこに置いてあるのかくらいは把握しているので手伝えるのだ。


「センパイはソフトを出してもらえます?」


「そりゃいいが何からやる?」


「んー」


 俺の問いにぼたんは少しの間悩む。


「レースゲームとゾンビ物とセンパイはどっちがいいですか?」


「ゾンビ物かな。そっちのほうがお前強いじゃん」


 俺は即答する。

 というのもぼたんはレースもアクションもそんなに強くない。


 実力差が同じくらいで楽しめるゲームと言えば、音ゲーかゾンビ物だ。

 アクションは得意じゃないけどシューティングは上手いんだよな、ぼたんって。


「センパイが強いだけじゃないですかね。ぼっちなだけに」


「お前がいるんだからぼっちじゃないだろ?」


 からかわれたが真面目に答える。


「あう」


 ぼたんの心に特大クリーンヒットが刺さったようだ。


「いきなり真顔でそんなことを言うのはズルイですよぉ。ドキッとしちゃうじゃないですか」


 ぼたんは立派な部分に右手を当てながら抗議してくる。


「すまん、今のは本心なんだ」


 悪いことをしたなと思ったので謝った。


「そ、そこ! それですよぉ!」


 ぼたんは許してくれずにさらに抗議してくる。

 あれっ? おかしいな。


 からかうつもりは全然なかったんだが。

 まあとりあえず気がすむまでされるがままになっておこう。


 落ち着いたところでぽんぽんと頭をなでる。


「センパーイ、頭なでたら事態が好転すると思ってませんか?」


「思ってないからぼたんは可愛いからついやりたくなるんだよな」


「ええっ」


 本音を言うと彼女は赤くなった。


「いやなら止めるけど、どうする?」


 大丈夫だと思うが一応確認しておこう。

 これは駆け引きのつもりなんてない。


 それはぼたんもわかったらしく、ぷいっと横を向きながらも返事をくれる。


「いやじゃないですけど、意地悪です」


「お前だってけっこう意地悪してくるからなー。対等だよ」


 そう主張すると彼女はべーっと舌を出して反撃してきた。


「私のはコミュニケーションです。意地悪なんかじゃありませーん」


「それを言ったら俺のもだぞ?」


「あう」


 カウンターがきれいに決まったらしく、ぼたんは頭を抱える。

 

「センパイ、やっぱり意地悪ですよね」

 

 彼女はじーっと上目遣いでにらんできた。


「はは、ゲームをしようか」


 まともに答えず彼女の意識をそらそうとする。


「ずるーい」


 と言いつつぼたんはゲーム機の電源を入れた。

 このあと二人でシューティングゲームで競い合う。


 対戦成績は俺の十勝八敗だ。

 女子でも強い子は強いんだよなとぼたんで思う。


「センパイはゲーム好きな女子は好きですか?」


「まあな」


「やっぱり」


 ぼたんは一人納得している。

 何だ今のは? これだけは彼女の意図をつかみかねた。


「俺のためにゲームを頑張ってるのか、もしかして?」


 ふと気づいたのでつい聞いてしまう。


「まっさかー。いくら何でもそれだけのためにゲームやるわけないでしょ、センパイ。自意識過剰ですよ」


 ぼたんには笑われてしまった。

 さすがにそりゃそうか。

 


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