シェアしましょ?

 それぞれひと口食べたところでぼたんは俺に言った。


「センパイ、ひと口くれませんか? シェアしましょ?」


「いいぞ」


 同じものを頼まないのは基本交換するためだからな。

 シェアをすれば二種類の商品を楽しむことができる。


 彼女が差し出したイチゴのクレープをひと口かじり、かわりに自分のクレープを差し出す。


 彼女がかじったところで元通りだ。


「どっちも美味し~」


 ぼたんの顔は幸せそうにとろけてる。

 まったくもって同意見だ。


 クレープは美味いしこいつは幸せそうだし、この店に来てよかったな。

 並んだ甲斐があったというものだ。


「来てよかったな」


「はい!」


 俺の言葉にぼたんは全力で同意する。


「あ、でも、センパイと一緒だったから三割増しくらいかも」


 と彼女は付け足す。


「じゃあ俺はお前のおかげで四割増しかな」


「えー、じゃあ私は五割増しで!」


 ぼたんは何やら俺に対抗をはじめた。


「そこ、張り合うところか?」


「先に対抗してきたのはセンパイじゃないですかー」


 ぼたんは負けじと言い返してくる。

 二秒ほど見つめ合い、どちらともなくプッと吹き出す。


「食べてしまおう」


「そうですね!」


 俺たちは急いでクレープを食べ終えて次は飲みものの番になった。

 俺はコーヒー、ぼたんは紅茶を頼んだがフリークというわけじゃない。


 三分の一くらい飲んだところでこっちから提案する。


「どうだ、ひと口飲んでみるか?」


「じゃあセンパイも私の分、ひと口飲んでいいですよ」


 こうして飲みものをシェアするのが狙いだ。


 ひと口飲んだぼたんが言う。


「センパイってこういうのが好みなんですね」


「まあな」


 コーヒーはそこまで好きじゃないが、飲むならこういうのがいいかな程度のものだが。


 おそらくそれはぼたんにも伝わっただろう。

 いちいちたしかめる必要を感じない。


 ぐいっと残りを飲み干すと俺たちは立ち上がって店を出る。

 ぼたんの家はここから徒歩十五分程度だが、一緒に遊ぶ時間は長いほうがいい。


「そんな私と一緒に遊びたいんですか、センパイ?」


 見透かしたようにぼたんはからかってくる。


「何も言わないってことはお前もそうだろ?」


 切り返すと彼女は頬を赤く染めて小さくうなずく。

 そしてむーっと口をとがらせる。


「私ばっかり言わせないでくださいよぉ」


 そしてぽかぽかとグーで俺の胸を叩く。

 これはもっともだ。


「すまん。俺もお前と一緒にいたいんだ」

 

 両肩の上に優しく手を置いて耳元でささやく。

 

「ず、ずるいです。いきなりささやき攻撃は反則です」


 ぴたっと攻撃を止めてぽふっと胸に顔をあずけてくる。


「はは、ごめんよ」


 背中に手を回してぽんぽんと叩く。


「ダメです。いっぱい遊んでくれないと許せませーん」


 ぼたんは俺の背中に両手を回してぎゅーっとハグしてきたので、俺もハグを返す。


「いいよ」


 しばらく時間がたつと少しずつ通行人の目が痛くなってくる。


「くっつくのはお前の部屋でもできるし、そろそろ行こうぜ」


「む~ロマンから現実に引き戻されました~」


 彼女は不満そうな声を出しながらも従う。

 ぼたんの家は何度か言ったことがあるので今さら案内される必要もないが、俺が先を歩くのもちょっと気恥ずかしい。


「おばさんはこの時間いるんだっけ?」


「いませんよ? だから私と二人っきりですよ、センパイ♡」


 ハートマークがついてそうな甘ったるい声を出し、意味ありげな笑みを向けてくる。


「そっかぁ」

 

 と受け入れた。

 ぼたんのお母さんも忙しい人だもんな。


「あれ~? もうちょっとドキドキしてくれてもいいんじゃないですかぁ?」


「ドキドキはしてるよ? 俺はあんまり顔に出ないタイプなんだ」


 と言ってかわす。

 

「そんなに絡んでこられたら着くまで時間がかかるんだが」


「だって家に帰るまでがデートでしょ?」


 何でだらだらしてんだと思ったら、ぼたんはそんなことを言う。

 なるほど、そんな考え方もあるのか。


 感心していると彼女は不意ににやっと笑う。


「それとも早いところ私と密室で二人きりになりたいってことですかぁ?」


「それは否定しない」


「!?!?」


 わざと真顔になって認めてやると、効果はてきめんだった。

 ぼたんは明らかに動揺し、真っ赤になって目をグルグルしてくる。


 からかってくるわりに初心なところのある後輩だった。


「何だ? ぼたんは俺と二人っきりになりたかったわけじゃないんだ?」


 と言ってからかう。


「ううー……」


 ぼたんは真っ赤になって顔を自分の手で隠してしまった。


「勝った」


 勝ち誇ると無言で俺の腕をぽかぽか叩いてくる。

 少しも痛くない上にこいつやっぱり可愛いなぁと思ってにやにやしてしまう。


「ううー、仕返しするもん」


 とぼたんは小声で言った。

 どんな仕返しをされるのか楽しみだな。


 なんて思ってるうちに彼女の家に到着する。

 赤い屋根とクリーム色の壁が印象的な二階建てで、向かって右側には赤いセダンが止まっていた。


 ぼたんはいつものようにカギを開けてただいまーと言う。


「お邪魔しまーす」


 そして俺は続いて中に入る。

 

「じゃあセンパイ、先に私の部屋に行っててください。お茶を持っていきますから」


「おう」


 ぼたんは廊下をぱたぱたと早歩きで進み、奥のキッチンに姿を消す。

 俺は玄関の脇にある階段をのぼり、「ぼたんの部屋♡」というプレートがかかった部屋のドアを開ける。


 女子の部屋だからか、それとも本人の性格によるものか、相変わらずきれいに整理整頓されている。


 カーテン、ベッドカバー、枕カバーの色はどれもがピンクなのが女の子らしい。

 ベッドと机の中間に小さなテーブルがあり、青と赤の座布団が置かれている。


 いつものように青の座布団に腰を下ろしてぼたんがやってくるのを待つ。

 何と言うかいつきてもこの部屋は甘い香りがするんだよな。


 これはお菓子の香りと言うよりは花の香りだろうか?

 名前がぼたんだからって牡丹の花ってことはさすがにないだろうが。


 あんまり部屋の中をじろじろ見るのも失礼だと思い、スマホを取り出す。

 適当にネットサーフィンしてると足音が聞こえたので立ち上がってドアを開ける。


「さすがセンパイ、気が利きますね♡」


 白いトレーを持ったぼたんは上機嫌な甘ったるい声を出す。

 いつものからかう声じゃなくて礼を言ってる時のトーンだった。


「いろいろ持ってきてくれたんだから、これくらい当然だろう」

 

 そう言って体をずらしてぼたんを通す。

 ガラスのコップには氷入りの麦茶、それとクッキーが入った丸皿といったメニューだ。


「センパイはクッキー好きですよね?」


「ああ」


 俺の好みは当然把握しているはずだが、念のため聞いてくるところがいじらしい。


「それも私と食べるクッキーが好きなんですよねー?」


 とからかってくる。

 いや、うれしそうに言ってるからちょっと違うか。


「ぼたんにあーんしてもらうクッキーが一番好きかな」


 ここはこう切り返す。


「もー、センパイの甘えんぼさん」


 お互い座りながらぼたんは言い、俺の鼻の頭を右手親指でつんとつつく。


「甘えん坊です。ばぶー」


「ぷっ」


 赤ちゃんの物まねで答えると彼女は吹き出した。

 俺もつられて吹き出し、少しの間笑いあう。

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