クレープを食べにいきましょう

 ぼたんに連れて来られたのは星水という名前で、キラキラした看板を出している店だった。


 列ができているけど全員が女子高校生、もしくは女子中学生だろう。

 制服姿がほとんどだった。


「あっちゃー、列ができてますねー」


 ぼたんは予期していたとしか思えない態度だ。

 

「言っても五、六人くらいだから待てるな」


 と俺は早くも受け入れる。


「そうですね。センパイと一緒に待つのも楽しいですよ」


 ぼたんは上機嫌のままで言った。

 

「そんなものかな」


 待ち時間を楽しめるなんて得な性格をしてるなと思う。


「あら、センパイは私と一緒じゃ楽しくないんですかぁ?」


 甘い声を出しているが、これは試してるのか甘えてるのかよくわからない。

 顔を見るとああ不安な気持ちがにじみ出てきたのかと理解する。


「楽しいんだが、待ち時間を作ってしまってお前に悪いって気分になるんだよ」


 そのせいであんまり楽しめない。

 俺の思いは伝わったらしく、ぼたんの心から不安は無事に払しょくされたようだ。


「それならうれしいですし、別に今回はセンパイのせいじゃないですよ?」


「そうなんだろうけど、お前のために何かしてやりたいってついつい思っちゃうんだよなぁ。限界はあるってわかってるつもりなんだが」


 なかなか自分の気持ちは上手にコントロールできない。

 そう言って笑う。


「な、なるほどー、私のためだったんですか」


 ぼたんはすっかりデレデレになっている。

 自覚はあるのか両頬を抑えてるが上手くいっていない。


 取り繕おうとして失敗してしまう小動物的可愛らしさがある。


「あのカップルいちゃつきすぎ……」


「あそこまでいくと目の毒だよね」


 少し離れたところを女子たちの声が届く。

 どっかでイチャイチャしているカップルでもいるんだろう。


 そっちは見ないように気をつけよう。

 ちょうど一気に列がはけて俺たちも店内に入れることになった。


 内装は明るくファンシーで女子向けって印象がとても強い。

 ぼたんが一緒だから平気だが、女子と一緒じゃなかったら絶対に近づきたくない店だな。


 時折店内の女性客がこっちをちらりと見てるのは気のせいだと思う。

 俺とぼたんはカップルじゃないけど、周囲からは誤解される時がある。


 今回だって上手く誤解してもらえるはずだ。

 窓側の二人がけの席に案内されたので、ぼたんと視線をかわす。


 どうやら窓側のほうがいいらしいので俺は通路側に腰をかける。

 窓側は長いソファータイプで引いてやる椅子がないんだからいいだろう。


「さすがセンパイ、私が窓側に座りたい気分だってわかってくれたんですね」


「そりゃ見れば何となくわかるよ」


 俺が察することができるのはぼたんだけなんだが。


「へへへー、私センパイに愛されてて幸せです」


 ぼたんがデレデレしている。

 愛とはちょっと違う気もするんだが、いちいち否定するのも無粋だな。


「ぼたんも俺のことを愛してくれよ?」


 と言ってからかってみる。


「え~、こんなに愛してるのに伝わってないですかぁ?」


 ぼたんは頬杖をつきながら前かがみ&上目遣いというコンボを出してきた。

 あざといがとても可愛いくて破壊力がハンパない。


「もうちょっとほしいかな」


 しかし俺は負けずに言い返す。

 何年ものつき合いだからこいつがどれだけ可愛いか知っているつもりだし、そう簡単にノックアウトされたりはしない。


「ええ、センパイのおにー」


 ぼたんはぶーっと頬をふくらませて抗議してくる。


「ぼたんの愛ならいくらでもほしい。それこそ無限にな」


「む、無限ですか」


 俺の要求にぼたんが少しひるむ。

 あれっ? こいつならついてきてくれると思ったんだが。


「そこまでとは思ってませんでした」


 ぼたんはじっとこっちを見てくる。


「センパイがその気なら私もとことん愛しちゃいますよ?」


 何か張り合う気になったらしい。

 他の女子だったら重いセリフかもしれないが、ぼたんに言われると単純にうれしいだけだ。


「おう、どんとこい」


 と言って胸を叩く。

 そして二人一緒に笑い声を立てる。


「あのう」


 そこへ女子大生くらいの店員のお姉さんが声をかけてきた。

 俺の気のせいじゃなかったらドン引きされている。


 もしかしなくても俺たちのやりとりが聞こえていたんだろうな。


「あ、注文ですね」

 

「私たちはもう決まってまーす」


 俺たちは何事もなかったかのようにお姉さんを受け入れる。

 これをやるくらいいちいちアイコンタクトをする必要もない。


 お姉さんは気を取り直して注文を聞くかまえになる。


「私はイチゴのクレープと紅茶です」


「俺はリンゴのクレープとコーヒーを」


 示し合わせたように注文はわかれる。

 

「ご注文をくり返します」


 お姉さんの反すうにうなずいて下がるとふーっと息を吐いた。


「人前じゃ気を付ける必要があるな」


「ほんとですねー。食べ終わったら私の部屋に遊びに来ませんか?」


 とぼたんが誘ってくる。


「いいねー。一緒にゲームでもするか?」


 俺も乗り気になったので提案した。


「ええ。携帯ゲームを持ってきてます?」


 ぼたんの問いに首を横に振る。


「いいや。予定に入ってたら持ってきたんだが」


 今日ぼたんの部屋に寄る可能性は思いついても、ゲームで遊ぶことまでは予想できない。


「じゃあ据え置き機のほうにしましょう」


 ぼたんは両方持っているんだっけ。


「おう」


「負けませんよー」


 ぼたんがそんなこと言ってきたので苦笑する。

 ゲームでこいつと張り合う気はあるんだがな。


「もう、何で笑うんですかぁ?」


 ぼたんはぷーっと頬をふくらませて抗議してくる。

 こういうところは幼いがそこもまた可愛い。


「子どもっぽいなーと思ってた」


「えー?」


 彼女は不満そうな声をあげたので髪を優しくなでてやる。


「ご、ごまかされませんよぉ?」


 ぼたんはちょっとうろたえてるので、効果はあったようだ。

 なで続けていると目を閉じてされるがままになる。


 猫が気持ちよさそうにしているような、そんな顔が愛おしい。

 少し時間が経ってから目を開いてぼたんは言った。


「センパーイ、すぐに女の子の髪をなでる癖は治したほうが絶対いいですよ? 私以外にやったらセクハラ案件ですからね?」


 たしなめるような口調に笑う。


「心配しなくてもお前以外の女子にこんなことしないよ」


 そもそもこいつ以外、二人でどっか行くほど仲いい女子だっていない。


「ならいいです。許してあげます」


 唐突な上から目線の許可に笑いながら、彼女の鼻をそっとつまむ。


「にゃ、にゃにをするですか?」


 ぼたんは目を白黒させて抗議してくる。


「いきなり偉そうな発言になったからつい」


「ほ、ほめんなしゃい」


 ぼたんは素直に謝ったので手を離す。


「ううー、センパイの意地悪ぅ」


 ぼたんは涙目に抗議してくる。


「お互いさまだと思うがな」


 わりと俺のことをからかおうとしてくるのがこいつなので、言われたってびくともしない。


「センパイ、可愛げないくらい強いですよね」


 ぼたんはがっくりと肩を落とす。


「強い男はきらいか?」


「センパイは好きですけど、センパイ以外は微妙かなぁ」


 ぼたんの本音を聞いた気がした。

 そこに頼んだメニューが運ばれてきたので会話は中断する。





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