一緒に帰りましょ

 放課後になったので帰り支度をしていると、前の席の小早川がふり返って言った。


「宮益はいいよなぁ」


「いきなり何だこのバスケットボーイ」


 と切り返す。

 小早川は茶髪を短く切りそろえたイケメンでバスケ部の二年レギュラーだ。


 身長も百九十近くある高身長スポーツマンさわやか美少年で、女子人気がとても高い。

 

「いや、だって例の後輩と一緒に帰るんだろう?」


「そのつもりだが」


 待っていればそのうちぼたんが誘いに来るだろう。

 そのことを小早川はうらやましがっているらしい。


「いいよなあ。あんな子がいるなんてさ」


「お前はいったい何を言っているんだ?」


 俺はあきれる。

 相手がモテない男子だったらまだ言いたいことはわかるので、スルーもできただろう。


 だが、小早川はクラス有数のモテ男でカーストトップクラスである。

 そんな奴が俺をうらやましいなんてからかわれているとしか思えない。


「いや~本音を遠慮なくぶつけ合える関係じゃん。そういう相手がいるっていいよな~。あこがれるよ」


 と小早川は真情がこもってそうな顔で言う。


「ふむ……」


 たしかにぼたんとはこいつが言ってる通りの関係だ。

 何せお互い今さら遠慮するなんて馬鹿馬鹿しいと思ってるようなつきあいなんだもんな。


 しかし意外だったのは小早川にそういう相手がいないってところだ。

 友達ならいくらでもいるだろ? と言うのは簡単だが、自分でもズレまくってる気がする。


 本音をぶつけられる友達がほしいって奴にかける言葉じゃないよな。


「何と言うか苦労してんだな。強く生きろよ」


 何となく優しい言葉をかけてしまう。

 

「はは、心配してくれてありがとさん」


 小早川はさわやかに笑みを浮かべてカバンを持って立ち上がる。


「じゃあ俺は部活に行くよ」


「おう」


 と短く別れの言葉をかわしたところで、


「センパーイ」


 ぼたんの呼ぶ声が聞こえてきた。

 タイミングいいなあいつ。

 

「こんちは」


 先に歩き出した小早川が彼女に声をかける。

 何人もの女子が黄色い声をあげるさわやかスマイルだ。


「こんにちはー」


 対するぼたんは魅力的な笑顔を向けるが、騙されてはいけない。

 あれは近所のおばさんやおじいさんのどうでもいい話を聞き流す時に発動させる、よそいき愛想スマイルだ。


 まあ小早川に興味がないのは知っていたが、まさかそこまで好感度が低いとはなあ。


「宮益の後輩だよね?」


「ええ」


 緊張しているように見せかけて会話する気ゼロって態度になっている。

 小早川は彼女の本心を正しく見抜いたのかはともかく、塩対応されてるのは感じ取れたらしい。


 苦笑して俺のほうを見た。


「じゃ、俺は行くよ」


 そう言って足早に立ち去る。

 ぼたんは愛想笑いを浮かべて見送りこっちを見やった。


 教室内にまだ何人か残ってることを確認すると、愛想笑いを維持したまま声をかけてくる。


「帰りましょ、センパイ」


 ちょっと怒ってる時のトーンだな、これ。 

 どうやら小早川に話しかけられたのがかなりウザかったらしい。


 まあナンパされ慣れてるもんな、こいつ。

 見知らぬ男になれなれしくされるとそれだけで警戒してしまうようだ。


 愛想いい態度で立ち回ることができるので、無防備なままでいるよりは千倍は安心だが。


「何かすまんな」


「あの人の言動に先輩が責任を感じることはないでしょ。しょせん他人だから」


 と言うぼたんの言葉は小さいが見えないトゲと毒がある。

 廊下にはまだ生徒がいるので配慮しているのだ。


 こいつが遠慮ゼロなのは原則として俺と二人っきりの時くらいだから。


「助けるべきだったよ、うん」


 簡単に謝っておく。

 他の男に声をかけられてるのに黙って見てたことを不満に思ってるのだろうなと察したので。


「ふーん、悪いとは思ってたんですね?」


 ちょっとだけ声のトーンが高くなる。

 これは怒ったんじゃなくて機嫌が少しよくなったサインだな。


 ぼたんの表情をいちいち確認しなくてもこの程度は読める。

 

「小早川なら助けなくても安全だと思ったんだが、お前の不快感までは想定して切れなかった」


 場合によっては助ける意思はあったとアピールしておこう。

 そして同時に彼女の心情を読み切れなかったことを認めて詫びる。


「反省してくれたなら許しましょう。私って海よりも心が広いですからね」


 すっかり上機嫌になったぼたんは浮かれた声で話す。

 今にも踊り出しそうな様子とは、現状のこいつのことを示すんだろうな。

 

「ああ、海よりも心が広い天使だよ、ぼたんは」


「うふふふ、さすがにちょっと褒めすぎですね」


 なんて言いながらも彼女はまんざらでもなさそうに笑う。

 まあうそをついたつもりはないし、機嫌をなおしてもらえたのは何よりだった。


 不意にぼたんが俺の左手をとってくっついてくる。

 機嫌がなおったのならこうしてくるだろうなと予想できていたので、驚きはない。


「センパーイ、せっかくだからどっか寄り道していきませんかぁ? 放課後デートってやつです」


「制服のままでか?」


 ぼたんの問いにそう切り返す。

 悪くないアイデアだと思うが、制服のままだと行きにくい場所だってあるんだよなぁ。


「うーん、センパイは私の制服と私服とどっちが好みですかぁ?」


 上目遣いになってぼたんは聞いてくる。

 

「すごい困るな。ただ、私服だと可愛い系からシックで大人なファッションまで幅が広くなるって意味で、私服姿のほうがちょっと有利かな?」


「ふーん」


 一生懸命言葉を探して選ぶとぼたんは何やら考え込む。

 

「じゃあ今日は制服でいいですよね~」


 何でだよ。

 そう思ったけど声には出さない。


 ここは逆らうような発言はしないほうがいいと、それなりに長い付き合いで理解している。


「おう。目の保養をさせてもらおう」


「やだー、何だかイヤラシイですよ、センパイ」


 やだとか言ったわりには甘ったるいご機嫌な声を出す。

 

「ぼたんは可愛いからいるだけで目が幸せなんだぞ」


 真顔で言い切っておいた。


「も、もう……ストレートに言いますね」


 ぼたんは真っ赤になってうつむく。

 その髪を優しくぽんぽんと叩くとこちらに頭をあずけてくる。


「私以外の女子の髪を気安くなでたらダメですよ?」


「わかってるさ」


 女の子の髪はむやみに触るもんじゃないってことくらいはな。


「言われなくてもぼたんにしかやらないよ」


「はい」

 

 ぼたんは満足したらしくこくんとうなずく。

 だいたいこいつ以外の女の子にボディタッチとか怖すぎるだろ。


「ところで行きたいところはどこか、決まってるのか?」


 決まってるからこそ誘ってきたのかと思って問いかけた。


「ええ。何でも美味しいクレープ屋さんができたとか。友達に教えてもらったのでセンパイと一緒に行きたいなぁって」


 言い終えるとじっと上目遣いで見つめてくる。


「クレープならまあいいか。たぶん小遣い足りるだろうし」


 学生で金がないのであまり値段が高い店には行けない。

 もちろんぼたんもその辺は知っているはずだ。


「やった!」


 ぼたんは手を叩いて喜びを表す。

 大人びた仕草は多いもののこういう時は無邪気な子どもみたいだ。


「で、場所はどの辺にあるんだ? 歩いていけるのか?」


「ええ。県商前の交差点を南に下った先の郵便局の正面ですよ」


 スラスラ答えたってことは下調べはしてあるってことだな。


「よっぽど楽しみだったんだな」


「えへへー」


 ぼたんはごまかし笑いを浮かべる。

 可愛いからセーフだな。

 

「だってセンパイと行ってみたかったんだもん」


「怒ってるわけじゃないから気にすんな」


 言い訳した彼女の頭をぽんぽんと叩く。

 彼女はこくりとうなずいた。

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