先に告白したら負けかなと思ってる
相野仁
楽しいんじゃなくて幸せなんです
「センパーイ」
昼休み、教室の外から聞きなれた甘い声が届く。
俺はすぐに立ち上がって廊下に出ると、予想通りの女子生徒の姿がある。
身長は百四十八センチ、茶髪のショートヘアに童顔、猫を思わせる目をこちらに向け、上目遣いで楽しそうに笑いかけてきた。
彼女は道玄坂ぼたんといって一つ下の後輩である。
「呼ばれてすぐ来るなんて、そんなに私が待ち遠しかったんですかぁ?」
甘えるような声とからかうような視線はいつものことだ。
「そうだな。腹も減ってるしな」
うなずいて自分の腹をなでてみせる。
案の定ぷーっと頬をふくらませた。
「もぅ、センパイのいじわる~」
そう言って俺の肘あたりをぺちぺち叩く。
「はっはっ、まだまだ修行が足りないぞぼたん」
「ちぇっ~」
彼女は不満そうに舌打ちしたものの、すぐに笑顔に戻る。
「まあいっか。ご飯食べに行きましょ?」
ぼたんはコロコロ表情を変えて大きな赤い包みを持った右手を軽く振った。
「おう」
彼女の誘いに二つ返事で応じる。
もとよりそのために教室の外に出てきたんだから断る理由がない。
俺たちは一階に降りて校門近くのベンチへと移動する。
靴を履き替えなきゃいけないのはちょっと面倒なんだが、これもつきあいだ。
「ふふー」
下駄箱で一度別れてすぐに合流したぼたんはとても機嫌がいい。
「楽しそうだな」
「楽しいんじゃなくて幸せなんです」
とぼたんは笑みを消して、真剣な顔で言う。
「それは光栄だな」
見つめられて言うと照れてしまう。
ぼたんは抜群にかわいいのでなおさらだ。
「おや、センパイのおかげだとは言ってませんよ?」
ここぞとばかりにぼたんはからかってくる。
「そうか。俺は急に不幸になってしまったな」
ぷいっと横を向いて先にベンチに向かう。
背中には緑が茂っていてピンクの名も知らぬ花が咲いている。
今は春だからいいが、夏になったら暑くて日中はいたくない場所に変わってしまう。
ここでの昼飯を楽しむなら今のうちというわけだ。
「センパーイ、機嫌を直してくださいよー」
少しあわてたらしいぼたんが追いかけてくる。
ニヤニヤしながらふり向いて、
「直った」
と言うと彼女は自分がからかわれたと気づき、しまったという顔になった。
「やられた……」
「まだまだ甘いな、ぼたん」
「くううう」
俺が軽く煽るとぼたんは悔しそうに地団駄を踏む。
「また返り討ちにしてしまったか」
「ううう、センパイ手強いですよぉ」
ぼたんはちょっぴり涙目になって悔しそうに見上げてきた。
わんこが自分の負けを認めた感覚なので優しく髪を撫でてやる。
「え、えへへへ」
ぼたんはけっこう単純なところがあるので、こうしてやるとすぐに頬を染めてニヤニヤ笑う。
「さあ飯だ」
「はぁい」
ぼたんはいそいそと包みを開いて二人分の弁当箱を取り出す。
黒くてデカいのが俺の分、ピンク色でちっちゃいのが彼女自身の分だ。
「じゃんじゃかじゃーん」
彼女はフタを開いて得意そうに俺に見せてくる。
海苔をまいた三角おむすびが四個にウィンナー、ハンバーグ、スパゲティ、卵焼き、それから野菜炒めというラインナップだ。
「美味そうだな。それに俺が好きなものばっかりだ」
「センパイの好み、完全に把握してますからね」
ぼたんは得意そうに答えつつ、箸を差し出してくる。
「さあどうぞ」
「ありがとう。いただきまーす」
俺はさっそく卵焼きに箸を伸ばす。
「やっぱり」
なんてぼたんはつぶやくが気にしない。
俺が最初に卵焼きから食うことはこいつなら知ってるからな。
もぐもぐと卵焼きを味わう。
美味い。
ほどよく甘い点が素晴らしい。
「やっぱりぼたんの作る飯は世界一だな」
「やだなあ、センパイ。さすがに大げさですよ」
ぼたんは照れ笑いしながら俺の肩をバンバンと叩く。
「ぼたんと一緒に食う飯も美味いから俺は幸せものだな」
気にせずそう感想を述べる。
「センパーイ、私を褒め殺しにしていったい何をたくらんでいるんですかぁ?」
ぼたんは真っ赤になってこっちを上目遣いで見てきた。
にらんでるように見えるが、目がうるんでいて迫力がない。
「事実を言ってるだけだ」
「もぉ~~~~」
真顔で言い切ると、ぼたんは両手を頬に当てていやいやと首を振る。
照れている姿も可愛らしいと思うが、追い打ちをかけるのはよそう。
今はまずぼたんの手料理を食らうのが先だ。
野菜炒めも俺の好みの味付けになっている。
ご飯も進むというものだ。
途中でお茶を飲みたくなって水筒を探すと、すぐにぼたんがお茶を入れて差し出してくれる。
「ありがとう」
飲んでから礼を言う。
ほどよいあったかさなのほうじ茶だったのがしぶい。
「どういたしまして」
俺の好みや行動パターンを知り尽くしているという凄みを感じる。
「ぼたんはいい奥さんになるな」
ぼそっとつぶやく。
これはさすがに恥ずかしいので、彼女に聞こえないように注意した。
狙い通りの結果に終わってホッとする。
「ぼたんも食べろよ?」
とここで言った。
彼女はさっきからこっちを観察しているばかりで食べようとしなかったからである。
「私の手料理を美味しそうに食べるセンパイ、とっても可愛いですよ?」
性懲りもなくからかってくるぼたんに俺はあきれた。
「あきらめない心の強さはある意味お前のチャームポイントかもしれないな」
「えへへ、ほめられました」
ぼたんはうれしそうに笑うが別に今は褒めたつもりない……。
まあいいか、楽しそうだし。
俺がおにぎりの二個目を食べはじめるとようやくぼたんは自分の弁当を開ける。
内容は俺のものと違いはないが、ボリュームは少なめだ。
女子だから胃袋は俺よりも小さいらしい。
ぱくっとおにぎりを食べて飲み込むと、
「うん、美味しい。さすが私」
と自分を褒めている。
「そうだな。さすがぼたんだ」
便乗して褒めてやるとにっこりと笑う。
耐性ができたかもう照れないようだった。
もうちょっと照れるところを見たいんだがな、可愛いから。
先に食べ終えたので彼女が食べているところをながめる。
箸使いは俺よりもずっと上手いし食べ方もきれいだ。
「どうかしましたか、センパイ?」
お茶をひと口飲んで彼女が聞いてきたので答えてやる。
「幸せそうに食べるぼたんは可愛いなぁと思って」
「もう、あんまりじろじろ見ないでくださいよー」
ぼたんはぷうと頬をふくらませて抗議してくるが、まんざらでもないのは顔を見ていればわかった。
「もう、何で笑うんですかぁ?」
彼女はジト目になっているが、本当に怒っているわけじゃない。
本当に怒ってたらこんな顔にはならない。
「すまんな、ぼたんが可愛くてついついにやける」
これはうそじゃない。
おせじとごまかしが三割ほど入っているがな。
「センパーイ、可愛いって褒めてたらごまかせると思ってませんか?」
ところが今回はぼたんには効かなかった。
ちょっとワンパターンすぎたと反省する。
「そんなことはないけどな。可愛いから可愛いって言って何が悪いんだ?」
真顔で聞き返すと彼女はそっと目をそらす。
「それならいいんですが」
ごまかすためにてきとーに言われるのがいやだったんだろうな。
気持ちは分からんでもない。
他の女子なら別に気にならないが、ぼたんにてきとーな調子でカッコいいって言われたら腹が立つもんな。
ぼたんには本心から言ってほしいんだ。
きっとこいつだって同じ気持ちなんだろう。
ぼたんがご飯を食べ終えると、唇付近に米粒がついてたので指でとって自分の口に入れる。
「あ……」
彼女は頬を赤らめたが俺だってちょっと恥ずかしい。
相手がぼたんじゃなきゃ、それに他に人がいない場面じゃなかったらなかなかできないだろう。
「食べたんだし少しのんびりしてから戻ろうか」
「そうですね」
二人で弁当を片づけると肩を並べて校舎側に視線を向けて座る。
「いつもありがとな、弁当」
「いえいえ。今のうちにしっかり私の手料理を覚えてもらいたいので」
冗談っぽくサドみたいなことをぼたんは言う。
「とっくに覚えたけどな。俺の舌と胃袋は」
今さらぼたん以外の女子の手料理に満足できるかどうか。
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