おとなのラーメン 1

 どんよりと曇った日曜日。あたしはゲンちゃんと電車に乗って、三つ先の駅で降りた。

 ここはナナちゃんの実家の和菓子屋さんがある街。あたしひとりでも来れる距離だったけど、「道案内してよ」と頼んで、めんどくさそうなゲンちゃんを無理やり連れてきた。

「ナナちゃん、元気かなぁ」

「なんで俺まで来なきゃいけないんだよ」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、ナナちゃんの幼なじみであるゲンちゃんは、慣れた足取りでそのお店に向かって行く。

 ナナちゃんもゲンちゃんも、小さいころはこの町で暮らしていたそうだ。

「あ、もしかしてあのお店?」

 広い道路に沿って建っている高いビルの間に、どっしりとした老舗旅館みたいなお店が見えた。

「うっわ、なんか高級そう」

「創業百年とかなんとか言ってたな。あいつ大丈夫なのかよ。あんなとこ戻って」

「あ、ゲンちゃん、心配してる。ナナちゃんのこと」

 あたしがくすっと笑って隣を見上げたら、ゲンちゃんはぶすっとした顔でにらみつけた。

 そんなあたしたちの前で扉が開き、中からひとりの人が現れた。


「いろちゃん、ゲンちゃん! 久しぶり!」

「あっ、ナナちゃん!」

 ナナちゃんがにっこり微笑んであたしたちを見る。ナナちゃんは髪をアップにして、綺麗な着物を着ていた。もちろん女物だ。

「もうそろそろ来るかと思って外見てたら、仲良さそうなカップルが歩いてくるじゃない。誰かと思ったらあんたたちだったわ」

「は? こんなガキとカップルとか、冗談じゃねぇ」

「それはあたしのセリフ! 誰がこんなおっさんと付き合うか!」

「あいかわらずねぇ、あんたたち」

 ナナちゃんが嬉しそうにくすくす笑う。ゲンちゃんはそんなナナちゃんをじっとにらんでつぶやく。


「お前……そのカッコで店出てんの?」

「そうよ? どう? 似合ってる?」

「てかさ、お前んちの店を継げるのって、『男』だけじゃなかったっけ?」

 実はゲンちゃんは、ナナちゃんのことをずっと心配していた。実家に戻ったナナちゃんが、また古い「しきたり」のせいで苦しんでいるんじゃないかって。

 だけどナナちゃんはさわやかな顔つきでこう言った。

「いろいろ変えさせてもらったのよ。あたしはあたしのやり方で、この店を続けていこうって。古い伝統を守りながら、新しいものも取り入れていく、みたいなね」

 ゲンちゃんは黙ってナナちゃんの声を聞いている。

「最初からちゃんと話し合えばよかった。話せばなんとかなるものね、家族なんて」

 ナナちゃんはそこまで言うと、あたしたちの背中を押した。

「まぁここじゃ寒いから、中入ってよ。少しくらい休憩とれるから。お茶でもしよう」

 あたしとゲンちゃんはナナちゃんに言われるまま、お店の中に入った。


 やわらかい照明に照らされたショーケースの中に、色とりどりの和菓子が並んでいる。どれも綺麗でおいしそうだ。

「好きなもの言って。取ってあげるから」

「わぁ、迷っちゃうね? ゲンちゃん」

 だけどゲンちゃんはなにも言わない。

 いくつかのお菓子を選ぶと、ナナちゃんはそれをお皿にのせて、お茶と一緒に二階へ運んでくれた。二階にはナナちゃんの部屋があり、そこであたしたちはお茶を飲むことになった。部屋の中も高級旅館みたいで、あたしはずっと目をぱちぱちさせていた。

「ね、これ、ナナちゃんが作ってるの?」

「まさか。まだお菓子作りは修行中。あたしは主に接客担当よ」

 あたしは白あんの入ったお花の形のお菓子を食べながら、ちらりとゲンちゃんを見る。やっぱりゲンちゃんは不満そうだ。


「どうかした? ゲンちゃん」

「べつに」

 そう言ってゲンちゃんは勢いよくお茶を飲む。

「あちっ」

「ゲンちゃんは猫舌だからねぇ」

 ナナちゃんがくすくす笑っている。ゲンちゃんはちらっとナナちゃんを見て、ぼそっと言った。

「あの頑固親父も納得してくれたのかよ?」

「ああ、一応ね。もうすぐ退院してくるから、そしたらまたちょっともめるかもしれないけど、じっくり話し合うしかないかな」

「きっとお父さんもわかってくれるよ、ナナちゃんのこと」

「ありがとう、いろちゃん。常連のお客さんもね、最初はびっくりしてたけど、いまはすっかり慣れちゃったみたいで」

「ナナちゃん、そのへんの女の人よりもよっぽど綺麗だもん」

「やだぁ、いろちゃんてば。そんなに褒めてもお菓子くらいしか出ないからね」

 ナナちゃんがあたしの前で、幸せそうに微笑んだ。


 それからお菓子を食べながら、ナナちゃんと女子トークをした。ゲンちゃんのスマホで撮ったミルクの写真を見せたら、「大きくなったねー」とびっくりしてた。

 久しぶりにナナちゃんとたくさん話せてあたしは大満足だったけど、ゲンちゃんはずっと不機嫌だった。

 そんなことをしていたらあっという間に時間がたってしまって、あたしたちは立ち上がる。

「ごめんね、お仕事中に押しかけて」

「全然。また遊びに来てね、いろちゃん」

 そう言ってから、ナナちゃんはゲンちゃんのほうを見る。

「ゲンちゃんも」

「気が向いたらな」

 ナナちゃんはくすっと笑って、あたしたちに手を振った。

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