ろうそくとショートケーキ 2

 その日と次の日は、なんとなく気分が浮かれていた。誕生日がこんなに楽しみだなんて、小さい子どもみたいだ。

 誕生日の当日、風花がかわいいリップをプレゼントしてくれた。

「ちょっとメイクすると、大人っぽくなると思うんだよね、いろちゃんは」

「そうかなぁ」

 メイクなんてしたことないけど。リップくらいなら、つけてもいいかな。

「いろちゃん、誕生日おめでとう」

「ありがとう、風花」

 その日はいい気分のまま家に帰った。

「ただいまぁ」

 玄関を開けたら、ジャケットを着たゲンちゃんがいきなり立っていた。

「あれ、どこか行くの?」

「ああ、バイト行ってくる」

「え……バイト?」

 今日、あたしの誕生日だよ? ゲンちゃん。

「急に来れなくなったやつがいて。どうしても出てくれって頼まれたんだ」

「そう……なんだ」

 ゲンちゃんはちらっとあたしを見たけど、すぐに靴を履いて外へ出た。

「じゃあな」

「うん……いってらっしゃい……」

 あたしの目の前でドアが音を立てて閉まった。あたしはぼんやりと立ちつくす。

「ゲンちゃん……あたしの誕生日、忘れちゃったの?」

 あまりにもショックで、文句を言うの忘れてた。


 部屋にカバンを置いて、制服から私服に着替えた。いつものパーカーとジーンズ。

 今日の夕飯なに作ろう、なんて考えながら、ミルクのトイレの掃除をする。

 あれ、あたし誕生日なのに、なにやってんだろう。

 いままでだって、なにか特別なことをしていたわけじゃない。特別なのはケーキを食べたことくらい。ゲンちゃんと一緒に。

「ゲンのバカ」

 だけど、さっきまで浮かれていた自分もバカみたいだ。

 風花からもらったリップをくるくると回しながらぼうっとしていたら、誰かが玄関のドアを叩いた。

「ゲンちゃん?」

 あたしは急いでドアを開ける。だけどそこに立っていたのはゲンちゃんではなく、なぜか湊斗だった。


「よ、よう」

 湊斗は私服に着替えていた。手にはなにか紙袋を持っている。

「どうしたの? ゲンちゃんならいないよ」

「いいんだ。今日は……彩葉に会いに来たから」

「え、あたしに?」

「ちょっとさ……上がらせてもらってもいい?」

 少し戸惑ったけど、「いいよ」と言って湊斗を家に上がらせた。


 家に上がった湊斗は、なんだか落ち着かない様子だった。いつもみたいに、あたしのことをからかったり、バカなことを言ったりしてこない。

 なんかヘンだ。調子狂う。

「なにかあったの?」

 ちょっと心配になって湊斗に聞く。湊斗は「あ、いやぁ」とか「うーん」とかぶつぶつ言ったあと、持っていた袋をあたしに向かって差し出した。

「彩葉! これっ! もらって!」

「えっ、なに?」

 驚きすぎて、あたしは後ずさりしてしまう。そんなあたしの胸に、湊斗が袋を押し付けてくる。

「た、誕生日、おめでとう! 彩葉!」

「え……う、うそ……」

 あたしは袋を持たされたまま、呆然と立ち尽くす。

 だってこんな展開、誰も予想できないよ。

「な、なんで、湊斗が……」

「よかったら……開けてみてよ」

 あたしはわけのわからないまま、袋の中からリボンのかかった箱を取り出し開けてみる。

「わぁ……」

 中に入っていたのは、イチゴのたくさんのった、おいしそうなホールケーキだった。

「ちょっと待って、このお店、なんか聞いたことある」

 あたしは四角い箱に書いてあるお店の名前を見る。

「ああ、わかった? ちょっと有名な店なんだろ? 実は俺も風花から教えてもらったんだけど。インスタとかですっげー人気なんだってな」

 湊斗が照れくさそうに頭をかく。風花に聞いてまで、あたしにこんなおいしそうなケーキを? わざわざ都内まで行って?

「あ、えっと……あの……ありがとう」

「いや、喜んでもらえれば……」

「喜ぶよ」

 そう言ってあたしは湊斗に笑いかける。湊斗もやっと、いつもの笑顔を見せる。

「あの、一緒に……食べる?」

「えっ、いいのか?」

「うん。どうせひとりで退屈だったんだ」

 あたしはそう言って、お皿とフォークを用意する。ケーキにろうそくはついていなかった。


 誕生日に湊斗と向かい合って、こたつでケーキを食べる。なんだかすごく変な感じだ。

「おいしい! これ!」

「うん! 超うまい!」

 やっぱり有名店の味は違う。風花は食べたことあるのかな? きっとお父さんに買ってきてもらうのかもしれない。

「でもさ、なんであたしにプレゼントなんて買ってくれたの?」

「え、ああ、それは……」

 湊斗の視線がふらふらと泳ぐ。やがてそれがあたしの前で止まって、少し頬を赤くして言う。

「俺……彩葉のこと、ずっと好きだったんだ」

「え……」

 あたしは目の前の湊斗を見つめる。湊斗の顔がどんどん赤くなってくる。

 なにこれ、どうしよう。あたしもしかして、湊斗にコクられてるの?

 でもこいつ、いつもあたしのことからかってたくせに。最初はゲンちゃんやナナちゃんの悪口言ってたし……。

 そのときはっと、ゲンちゃんのことを思い出した。あたしが公園で湊斗と会ったあと、ゲンちゃんは湊斗と連絡をとったの? 会ったりしたの? 湊斗の相談ってなに? あたしに言えないことって?

『誕生日……欲しいものある?』

 ゲンちゃんはなんであんなこと聞いたの? 今日ここにいないくせに。

 それでどうしてタイミングよく、湊斗がケーキを買ってくるの?


「湊斗……」

「な、なに?」

「どうしてあたしがケーキ食べたいってわかったの?」

「え、それは……だって、誕生日だし……」

「もしかして……ゲンちゃんに聞いた?」

 湊斗が赤い顔のまま黙った。やっぱりそうなんだ。

「ごめん。俺、サプライズで彩葉になにかプレゼントしたくて……それでゲンさんなら彩葉の好きなものわかると思って……そしたらケーキ買ってうちにこいって。ふたりだけにしてやるからって」

 あたしの顔がかぁっと熱くなるのがわかった。

「ゲンちゃんが、そんなこと言ったの?」

「うん……ごめん」

 あたしはぎゅっと唇を噛んでから、湊斗に笑いかける。

「ううん、湊斗はなんにも悪くないよ。あたしを喜ばせようとしてくれたんだもん」

「でもお前……ほんとはあんまり喜んでないよな?」

 あたしは口をつぐむ。湊斗は気まずそうにあたしの顔を見る。

 ふたり黙ったまま、気持ちの悪い空気が流れた。こんな空気にしたのはあたしだ。

 湊斗は今日までいっぱいあたしのことを考えてくれて、わざわざ遠くまであたしの喜びそうなケーキを買いに行ってくれて、ここに来るまできっとどきどきして、精一杯勇気を出して告白してくれたのに。


「湊斗……ごめんね」

 あたしは湊斗の前で頭を下げた。

「なんか……あたし……ごめん」

「いや……いいよ」

 うつむいたあたしの前で、湊斗がぽつりとつぶやく。

「なんとなく彩葉には……好きなやつがいるような気がしてたから」

「えっ」

 思わず顔を上げてしまった。

「い、いまなんて言った?」

「好きなやつがいるような気がするって……あれ? いねぇの?」

「え、あー、どうだろ……」

「どうだろって……自分のことなのにわかんねぇのかよ」

 湊斗がちょっといらついたように言う。なんだか急にあたしが怒られてる。

「まったく。もういいよ。さっき俺が言ったことは忘れて!」

「え、そんな……忘れちゃうなんてもったいない! あたしは絶対忘れないよ」

 ケーキを口に入れようとした湊斗が、手を止めてあたしを見る。

「湊斗、ありがと」

 湊斗は小さく舌打ちをして、ケーキを口に入れる。

「あのさ、彩葉の好きな人って……」

「え?」

「いや、なんでもない。お前ももっと食えよ。今日はお前の誕生日だろ。パーッと明るく祝おうぜ」

 湊斗が笑ってくれたから、あたしも笑えた。

 ふたりでケーキをご飯代わりにガツガツ食べて、テレビのお笑い番組を見て思いっきり笑って、暗くなった屋上を走り回って、湊斗は帰っていった。

「これからも、いい友だちでいようぜ」

 なんて、さわやかな言葉を残して。あたしはそんな湊斗が帰っていくのを、屋上のフェンスからいつまでも手を振って見送った。


「おい」

 真っ白な頭の中に声が聞こえる。

「おい、起きろ、彩葉」

「んー……」

「こんなところで寝てると風邪ひくぞ」

 こたつの上に突っ伏していた顔をのっそり上げると、背中を向けたゲンちゃんがジャケットを脱いでいるところだった。

 あたしは眠い目をこすりながら、目の前を見つめる。ケーキの空き箱と、使い終わったお皿やフォークがそのまま置いてある。

 ああ、そうだった。さっき湊斗とケーキ食べて、帰っていく湊斗を見送って、それから……。

 あたしは壁の時計を見る。十一時五十分。ゲンちゃんは台所で、買ってきたものを冷蔵庫の中に押し込んでいる。

「ねぇ、ゲンちゃん」

「んー?」

「どこ行ってたのよ」

「バイトって言ったろ」

「いなかったじゃん。いつものコンビニ」

 ゲンちゃんが冷蔵庫の扉を開けたまま、こっちを向く。

「あたし行ったのに。ゲンちゃんいなかったよ」

「あっそう?」

「『あっそう?』ってなによ! 『あっそう?』って!」

 あたしはこたつから出て立ち上がり、ゲンちゃんの前に行く。ゲンちゃんはめんどくさそうに、冷蔵庫を閉めた。


「なんなの、ゲンちゃん! あたしに嘘ついていなくなって……湊斗が来るのわかってたくせに」

「ああ、ケーキ買ってきてくれただろ? お前の好きな」

 あたしはぎゅっと唇を噛みしめる。ちがう。そうじゃない。あたしはケーキが好きなわけじゃない。

「お前も十三になったんだからさ。彼氏くらい作ってもいいと思って」

「バカじゃないの! 気を利かせたつもり? そういうのいらないから!」

 あたしはこぶしを握って、ゲンちゃんの胸をどんっと叩く。

「あたしは好きな人ができたら、ちゃんと自分でなんとかする。そんなことまで、ゲンちゃんの世話になりたくない」

 もう一度握りしめた手で、思いっきりゲンちゃんの胸を殴る。ゲンちゃんはなんにも言わない。

「遅いよ……」

 あたしはその手で、ゲンちゃんのシャツを握りしめた。

「あたしの誕生日、終わっちゃうじゃん……バカ……」

 あと数分で、二度と来ないあたしの十三歳の誕生日が終わる。でももしかしてこれからは、ゲンちゃんと過ごせなくなっちゃうのかもしれないな。

 早く大人になりたかったのに、子どもみたいに誕生日を過ごせなくなるのはなんだか寂しい。


 うつむいたあたしの手を、ゲンちゃんがシャツから引き離した。そしてもう一度冷蔵庫を開け、中から取り出したコンビニの袋をその手に持たせる。

「もういらないと思ったのに……まだいるんだな」

 あたしはゲンちゃんから離れて、袋の中をのぞきこむ。中にはショートケーキが一個入っている。

「ゲンちゃん……」

「早く開けろ。時間ない」

「う、うん!」

 あたしはケーキをケースから取り出して、テーブルの上に置いた。

「ろうそくは?」

「さすがにそれは買ってないな」

 そうだよね。十三歳になって、ろうそく吹き消すとか、やらないよね。

 あたしがケーキを見下ろしていたら、ゲンちゃんがため息をついて、電気のスイッチを消した。

「あ、え?」

「これで我慢しろ」

 ゲンちゃんがケーキの上でライターをつける。オレンジ色の炎が、暗闇の中にぼうっと浮かぶ。

「あと一分!」

「あ、は、はいっ」

 あたしはすうっと息を吸い込んで、ふうっと息をはいた。ゆらっと揺れた炎がふっと消えて、真っ暗になる。

 なんにも見えなくなった世界に、ゲンちゃんの声が聞こえた。

「誕生日おめでと。彩葉」

 ゲンちゃんがどんな顔をしていたのかわからない。

 あたしはちょっとだけ涙が出て、明るくなる前に手でごしごしとこすった。

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