こたつでみかん

 その日はすごく寒かった。学校から走って帰るとゲンちゃんはバイトに出かけていて、家の中もひんやりとしていた。あたしはすぐにゲンちゃんの部屋にある、こたつのスイッチを入れる。

 あたしの部屋に暖房はない。だからすごく寒い日に勉強するときは、台所にある電気ストーブを移動させて使っていたんだけれど……いちいち動かすの面倒だし、ゲンちゃんの部屋にあるこたつでやるのが一番あったかいってことに気づいたんだ。

 こたつをあっためている間に制服から私服に着替え、牛乳をレンジに入れてホットミルクを作った。段ボールから出てきたミルクも呼び、こたつの上に教科書やノートを広げる。

「よしっ、これで完璧」

 膝の上にミルクをのせて、宿題をはじめる。少したつと足元がぽかぽかとあったかくなってきて……なんだか眠くなってしまった。


「おい、いろは。起きろ」

 声をかけられ、ゆっくりと顔を上げる。するとこたつの上に紙袋を置きながら、ゲンちゃんがあたしを見下ろしていた。

「そんなところで寝るな。風邪ひいてもしらねーぞ」

 あれ、あたし、いつの間に寝ちゃったんだろう。時計を見るとこたつに入った時刻から、一時間も経っている。宿題はなんにも手をつけていない。

 あたしはぼんやりとした頭のまま、目の前の紙袋を見つめる。

「ゲンちゃん……これなに?」

「大家さんがくれた。いまそこで会って。俺たちだけ特別だってさ」

 大家のおじいさんは時々「特別」って言って、あたしたちになにかをくれる。ゲンちゃんは無愛想だけど、おじいさんのお孫さんに似ているそうで、どこかほっとけないんだって。

 こたつに足を突っ込んだまま袋の中をのぞいてみると、そこには鮮やかなオレンジ色のみかんがたくさん入っていた。

「わぁ、みかんじゃん!」

「大家のじいさん、お前がみかん好きなのわかってたみたいだぞ?」

「ほんとに?」

 そういえば去年もみかんをもらって、そのときちょっと話したんだ。それを覚えていてくれたのかな?

「一個食べていい?」

「あ、俺も」

 上着を脱いだゲンちゃんも、こたつの中に入ってくる。そして背中を丸めてみかんを手に取る。

「やっぱこたつにはみかんだよな」

「それと猫だね」

 ミルクはまだあたしの膝の上で、気持ちよさそうに眠っていた。


 こたつの中でぬくぬくと、ゲンちゃんと一緒にみかんを食べた。大家さんのくれたみかんはすごく甘くておいしかった。

「あー、もうここから出たくない」

 あたしはこたつの上に顔をのせて言う。宿題のノートは真っ白だ。

「でもちょっと腹減ったな」

「うん……みかんだけじゃね……」

「メシ……どうする?」

 ゲンちゃんが三つ目のみかんに手を伸ばしながら、ちらりとあたしを見る。

 ナナちゃんがいなくなってから、なんとなくあたしがいつも食事の支度をしていた。ゲンちゃんは一応仕事があるし、カレーばっかり作るし。

 でも今日はここから動きたくない。

「あたし宿題やらなきゃ」

「俺もこれから仕事」

「うそだ」

「うそじゃねーって。忙しいんだよ、俺は」

「だったら早くこたつから出て仕事しなよ」

 あたしはこたつの中で、ゲンちゃんの足を蹴飛ばす。だけどゲンちゃんは出て行こうとしない。


「寒いから出たくない。お前ヒマだろ。寝てたんだから」

「だからこれから、宿題やんなきゃいけないんじゃん。いっつもあたしが作ってるんだから、たまにはゲンちゃん作ってよ」

「もう夕飯、みかんでよくね?」

 ふたり、こたつの中でため息をつく。

「じゃあ……やっぱ、あれか。じゃんけん」

「だね」

 あたしはむくっと体を起こす。これは絶対勝たなきゃいけないやつだ。いまこの楽園から出て、氷のリンクのように冷え切ったあの台所に立つなんて考えられない。

 正面を向くと、ゲンちゃんも気合の入った顔をしている。あたしは右手をぎゅっと握りしめて、声を出す。

「よしっ、じゃあいくよ!」

「おう! いつでもこい!」

「さいしょはグー! じゃんけんっ……」

 こたつにのったみかんの上に、ふたりの手が差し出される。

 あたしはパー。ゲンちゃんはグー。

「やったぁ!」

「マジか……」

 ゲンちゃんは握りしめた自分の手を見つめながら、ぼそっとつぶやく。

「三回勝負にしねぇ?」

 やっぱりゲンちゃんは大人げない。


 ぐずぐずしているゲンちゃんをこたつから追い出し、あたしはシャーペンを手に持った。ミルクはあたしの膝の上で、のんびりとあくびをしている。

 こたつで宿題をやっていると、台所からいい匂いが漂ってきた。どうやら今日はカレーじゃないらしい。

 そして宿題を終えてこたつの上を片づけていると、ゲンちゃんが夕食を運んできてくれた。

「うどんが冷蔵庫にあったから、うどんにした」

「いいね! おうどん!」

 ふたつのどんぶりから、白い湯気が上がっている。きざんだねぎと油揚げ、それからふんわりした溶き卵の入った、我が家でよく登場する定番うどんだ。

 そういえばあたしにとっての「我が家の味」って、ゲンちゃんと一緒に食べたご飯の味なんだよね。ママと暮らした六年より、ゲンちゃんと暮らした六年のほうが、あたしの中にじんわりと沁みついている。そしてそれはこれからもどんどん、増えていくんだろうな……。


「腹減ったー、食うぞ」

「うん。いただきまぁす」

 つるんとうどんを吸いこむと、口の中がほっこりとあたたかくなった。

「やっぱ寒い日はうどんだね」

「だな」

 スーパーの特売で買ってあったうどんを、市販のつゆで味付けしただけだけど、ゲンちゃんに作ってもらったうどんはサイコーにおいしかった。

「片づけはお前な」

 あっという間に食べ終わったゲンちゃんが、こたつの中に足を伸ばして言う。

「えー、じゃんけんにしようよ」

「やだ」

「負けるのが怖いんでしょー? 意気地なし」

「は? どうして俺が負けるって決めつけるんだよ」

「だったら勝負! さいしょはグー! じゃんけんっ……」

 あたしが出したチョキの前に、ゲンちゃんは思いっきりパーを出してた。


 その日の夜中、ふと目が覚めて部屋の中を見ると、少し開いたふすまから隣の部屋の灯りが漏れていた。

 ゲンちゃん……仕事してるのかな?

 なんとなく気になって布団から出た。そしてはいはいで進んで、ふすまの隙間から隣の部屋をのぞく。

「あー……」

 ゲンちゃんはこたつに体を半分もぐらせて眠っていた。電気もパソコンもつけっぱなしだから、仕事中だったんだろう。

「ゲンちゃん、こたつで寝ると風邪ひくよ?」

「んー……」

 隣の部屋に入って声をかけると、ゲンちゃんはもぞもぞと動いて、さらにこたつの中にもぐり込んでしまった。

「もー、しょうがないなぁ……」

 でもゲンちゃんが頑張っているのはわかってる。昼間はコンビニでバイトして、夜は家で仕事してるんだもん。そしてそれがあたしのためだってことも……。

 あたしはこたつの上にのっていたみかんをひとつ手に取った。ひんやりと冷たい感触が手のひらに伝わってくる。そしてそのみかんを、ゲンちゃんのほっぺにくっつけた。


「ゲンちゃーん、起きろー」

「んー? なんだぁ?」

 ゲンちゃんが寝ぼけた顔であたしを見た。

「あれ……俺、寝てた?」

「うん。寝てたよ」

 こたつの中で気持ちよさそうに。

「やべぇ、寝てる場合じゃないんだ、俺」

「忙しいの?」

「忙しいって言っただろ、さっき」

 ゲンちゃんがこたつから抜け出して、パソコンに向かって言う。

 そうか。本当に忙しかったんだ。

「あー、ちょっと休憩するだけのつもりだったのに……」

「……コーヒーでも、いれてあげようか?」

 ゲンちゃんの背中に向かってつぶやく。

「んー、いいよ。自分でやるから。子どもはさっさと寝なさい」

 あたしはゲンちゃんの背中を見つめたまま、素直にうなずく。

「わかった。おやすみ」

「ああ」

 あたしはふすまを閉めて、布団にもぐった。だけどなんとなく眠れなくて暗闇の中でずっと目を開けていたら、隣の灯りもずっとついたままだった。

 やっぱりあたし、早く大人になりたい。そうしたらもっと、ゲンちゃんを助けてあげられるはず。

 なんだか悔しくて寂しくて……あたしは布団を頭からかぶってぎゅっと強く目を閉じた。

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