メンチカツを見つけた日

 ある晴れた日曜日。あたしはナナちゃんに誘われ、電車に乗って都心の大きな駅へ向かった。

 あたしたちの住む町も一応都内ではあるけれど、若者でにぎわうような店がない。だからナナちゃんはオシャレな服を求めて、時々あたしを連れて都会へ買い物に行く。

 お目当ての駅で降りると、人の多さにめまいがした。はぐれないように、ナナちゃんの服をつかんで歩く。

 クラスメイトの会話によると、友だち同士でこういうところへ遊びに来たりするらしいけど、あたしは参加したことがない。ショッピングにあまり興味がないっていうのもあるし、この人ごみが苦手っていうのもある。だからたまにナナちゃんの買い物に付き合うくらいで、「もうけっこう」という感じだ。


 ナナちゃんはいつものように洋服を大人買いして満足すると、休憩するために入ったカフェでコーヒーを飲みながら言う。

「いろちゃんもお洋服買ったら? あたしお給料入ったから、買ってあげるよ」

「え、あたしは……」

 ショッピングに付き合ったお礼におごってもらったチョコレートパフェを食べながら、自分の服装を見下ろした。あたしはいつもパーカーにジーンズ姿だ。だって一番動きやすいから。

 家でごろごろしているときはもちろん、電車に乗ってお出かけのときもちょっと上着を羽織るだけで、いつも同じ。だけど洗濯をしていないわけじゃない。同じようなものを何枚か持っているんだ。

「あたしはこれでいいよ」

「でもちょっと小さくなってない? 背が伸びたんだね」

 あたしはスプーンを持ったまま手首を見た。たしかに袖が短くなっている。ジーンズだって買ったばかりのときは裾を折り曲げてはいていたのに、いまは短いくらいだ。

 そういえば最近ずいぶん背が伸びたもんなぁ……。

「たまにはさ、スカートとかどう?」

 ナナちゃんがわくわくした顔つきで言う。ナナちゃんはあたしにもっといろんな服を着て欲しいみたい。だからいつもスカートやワンピースを勧められるんだけど……。

「うーん、いいよ。このほうが動きやすいし」

「じゃあジーンズ買ってあげようか? 遠慮しないでいいんだよ?」

「ありがと。でも……まだはけるから大丈夫」

 ナナちゃんはちょっとがっかりした顔をしたけど、あきらめたようにすぐ笑った。


 両手に紙袋をぶら下げたナナちゃんと並んで、人ごみの中を歩く。

 街にいる若い人は、なんだかみんな同じに見える。だいたいの人が手にスマホを持ち、流行はやりのジュースを飲みながら歩いている人も多い。

 あたしはそのどちらも持っていなくて、すれ違う人が時々ナナちゃんのことを見る。ナナちゃんは気にしていないし、あたしも気にしていないけど。

 でもあたしたちはこの街の中で、きっと「普通」じゃないんだろう。

 なにげなく見たショーウインドーに男の人の服が見えた。黒のレザージャケットに、白いインナー、細身の黒いパンツ。男らしくてカッコいい。これ、ゲンちゃんに似合うかも。でもあたしのおこづかいでは買えないしなぁ……。

「どうしたの? いろちゃん」

「この服、ゲンちゃんに着てほしいなぁって思って。だってゲンちゃんも、いっつも同じ服着てるじゃん。それか趣味悪いヘンな服」

 あたしの声に、ナナちゃんがあははっと笑う。

 この前のゲンちゃんのスーツ姿、実はちょっとカッコよかった。本人の前では「似合わない」って言っちゃったけど。

 元は悪くないと思うんだよね。それなのにゲンちゃんは、いつもだいたい同じ服。ジャケットはあたしを拾ってくれた日に着ていた、だぼっとしたやつをまだ着ているし。

 だけどもしかしたらゲンちゃんは、あたしを育てるのにお金がかかって、洋服買うのも我慢してるのかもしれない。

「いろちゃんは、自分の服よりもゲンちゃんの服なんだね?」

「え?」

「でもゲンちゃんには自分で買ってもらいましょう。大人なんだから」

 ナナちゃんがくすくす笑いながら、また歩き出す。あたしはもう一度ショーウインドーを見てから、ナナちゃんのあとを追いかけた。

 

 電車に乗っていつもの駅で降りた途端、あたしはほっと息をついた。古くてなにもない町だけど、やっぱりここは落ち着く。

 夕焼け色の空の下、駅前の道路をまっすぐ歩いていくと、こぢんまりとしたスーパーが見えてきた。ここは安くてお惣菜がおいしいから、あたしたちのお気に入りの店なんだ。

「今日はコロッケ買って帰ろう。作るの面倒だわ」

「さんせーい」

 ふたり一緒にスーパーに入り、カゴを腕にかけたナナちゃんと店内を歩く。

 そういえば風花は、「もうお母さんと買い物なんて行かない」って言ってたな。あたしはまだナナちゃんと、こんなふうに出かけたりするけれど。

 それに家族そろってご飯も食べないって言っていた。お父さんの帰りは遅いし、風花は習い事があるし、三人ばらばらに食べるんだって。

 あたしはちらっと隣にいるナナちゃんを見る。ナナちゃんは真剣な表情でキャベツを選んでいる。

 まぁ、ナナちゃんはお母さんじゃないけど。でもナナちゃんがうちにいてくれて、あたしは嬉しい。ゲンちゃんしかいなかったころは、カレーばっかり食べさせられていたんだもん。


 お総菜売り場にはいろんな種類のコロッケが並んでいた。この種類の多さがここの特徴で、あたしはいつもわくわくしながらコロッケを選ぶ。

「いろちゃんはどれにする?」

「うーん……」

 あたしはたくさん並んだコロッケをながめる。肉じゃがコロッケはこの前食べたし、カレーコロッケという気分じゃない。今日はこれといって心に刺さるものがないなぁ……。

「あっ」

 そのときあたしの目に、大きなメンチカツが映った。たまにしか売っていない、肉汁がジューシーでおいしいやつだ。これはいつもあるわけじゃないから、見つけると嬉しくなる。

「ナナちゃん、あのメンチ買って。ゲンちゃんが好きだから」

 ナナちゃんはまた、あははって笑う。

「ほんといろちゃんは、ゲンちゃんのことばっか」

「え、そうかな?」

「そうだよ。ゲンちゃんのこと、本当に好きなんだねぇ」

「は? 冗談でしょ? なんであたしがあんなオッサンのことっ」

「じゃああたしもメンチにしよう。いろちゃんはどうする?」

 あたしの反論をナナちゃんがさらっと流すので、あたしは口をとがらせて答えた。

「あたしもそれにする」

「今日は特別に、ビールも買っちゃおうかなぁ……」

「じゃあゲンちゃんの分も」

 あたしが言ったら、またナナちゃんはおかしそうに笑った。


「ただいまぁ、ゲンちゃん」

 大荷物を持って家に帰ると、ミルクを抱いたゲンちゃんがあきれたようにあたしたちを見た。

「またガラクタ買い込んで」

「ガラクタじゃないもの。あたしの服よ」

「どんだけ服買ったら気が済むんだよ。もうしまうとこないだろ!」

 たしかにうちの押入れはナナちゃんの服に占領されている。布団をしまうスペースもない。だからいつも布団は部屋の隅に出しっぱなしだ。

「いいの。あたしのお金で買ってるんだから、文句言わないでよ」

 そう言いながらナナちゃんがひとつの紙袋をゲンちゃんに押し付ける。

「はい。これはゲンちゃんの」

「俺に? 俺は買い物なんて頼んでないぞ?」

 ゲンちゃんが首をかしげながら、袋を開ける。中から出てきたのは、ショーウインドーに飾られていた黒いジャケット。

「それはいろちゃんが選んだの。ね? いろちゃん」

「え、ちがうよ。ナナちゃんでしょ?」

 あたしはとぼけてそう言って、ちらっとゲンちゃんのほうを見た。ゲンちゃんはにらむように服を見ている。うわ、もしかして気に入らなかった? 余計なこと、しちゃったかな。

 あたしはそそくさと自分の部屋に逃げ込んだ。

 あのあともう一度あの店に戻って、ナナちゃんが買ってくれたんだ。あたしの服を買う代わりに、ゲンちゃんの服を買ってあげるって。

 でもいつかはあたしが働いたお金で、ゲンちゃんに服を買ってあげたい。

 あたしは短くなってしまったジーンズを見下ろす。ずいぶん長くはいているから、もうすぐ擦り切れてしまうかも。だけどそのときまで、あたしは大事にはき続ける。

 だってこれは、ゲンちゃんがあたしに買ってくれたものだから。


「いろちゃーん、ご飯食べようよ」

「はぁい」

 返事をして台所に行くと、ゲンちゃんがあのジャケットを着ていた。

「どうだ? 似合うだろ?」

 にやっと笑ってゲンちゃんが言う。あたしは黙ってゲンちゃんを見つめたあと、「まあまあ」と答えて椅子に座った。

「おいっ、なんだよ。その、うっすい反応!」

 ゲンちゃんは怒って、ナナちゃんはくすくす笑っている。

「まぁ、いいから食べようよ。いただきまぁす」

 ナナちゃんが笑ってビールを飲む。ゲンちゃんもぶつぶつ言いつつ、あたしの真ん前に座ってビールを開ける。家の中なのにジャケットを着たまま。

 あたしはメンチカツを箸でつまんで口に入れながら、目のやり場に困った。

 だってゲンちゃんの服、カッコよすぎる。あ、ゲンちゃんがじゃなくて、服がだけど。

 あの服、買ってもらってよかった。

「なににやにやしてんだよ、彩葉」

「え、べつに」

「俺に見とれてんのか?」

「バッカじゃないの! 汚さないでよ、その服! 高かったんだから!」

 あたしはもう一口メンチカツを口に入れる。じゅわっとおいしさが口の中に広がる。

 そしてあたしは思った。これからもずっと三人で、ご飯を食べていたいなぁって。

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