25%

 カランコロンと小気味の良いドアが開く音が鳴り、連れがトイレに立った行く先を見ている目線でその人の事を捉えた。

 めっちゃ美人。超タイプ。足長。顔ちっさ。口元が好み。肌キレイ。

 推しに萌えすぎて語彙力を失った短文チャットみたいに頭の中に言葉が浮かび上がる。

 その人は店に入って店内を一瞥するとカウンターに座る私の隣に座った。


 なになに、他にも結構席空いてるのに、つーか今は私だけしかいないのに、まさかナンパですか!?

 出合い系で適当に引っ掛けたタイプじゃない女に連れられて初めてバーに来たけどこんなフラグが立つなら一人で来たかったなー。


「ねぇ、あなたいくつ?」


「え〜ハタチですぅ〜お姉さんは?」


「私は二十六、免許証とか保険証持ってる?」


「新手のナンパですかぁ〜よくお財布落とすんで免許証とかクレカは入れないようにしてるんですよ〜」


「そう、それは困ったわ」


 やべー…未成年は相手にしないタイプか?あと一ヶ月でハタチだし大目に見ればウソではないと言いたいお年頃。


「ウチの店では未成年に見える人にはお酒出せないのよね」


 なんだぁー店員か。そういえば年齢確認されるのは初めて。いつも大人っぽいって言われるし、今日はいつも以上に大人っぽくしてきたのにな。


「そうなんですか〜でもでも、あのお姉さんはお酒出してくれましたよ?」


「…ちょっと槙野。この子どう見ても未成年でしょ」


「えっ?そうですか?自分ロリコンなんで十五歳超えるとよく分かんないんすよね」


 ロリコン店員さんを睨む横顔もステキ…。お姉さんの溜息はお色気ビームに変わって私の心を突き刺すのよ。


「とりあえず今日はいいわ。で、本当の年齢は?」


「…十九歳と十一ヶ月です」


 財布を落とした事なんてないと謝りながら免許証を見せる。写真の部分は親指で隠したのにお姉さんに引き剥がされる。アッ、指が触れちゃった。嬉しいけどホントやめて。免許証の写真ってなんであんなに盛れないんだろうね。それもあって見せたくなかったんだ。


「なるほどね。他にお客さんもいないし見逃してあげる。でも誰にも言いふらさない事。分かった?」


「あっ店長、お連れさんはお手洗いに居るっす」


 店長だったんかい。どうりで偉そうだと思った。


「その人も未成年?」


「さぁ?出合い系で知り合ったんでホントの年齢分かんないんですよね。一応プロフでは二十七ってありました」


「ふーん…て事は多分三十超えてるわよ」


「えっなんで分かるんですか?」


「私、本当は三十二歳」


「げぇ」


「あっはっは!『げぇ』って何よ失礼ね」


 店長は豪快に笑う。豪傑感が凄い…ワイルドな女は好みすぎるからダメ…。

 店長は一通り笑い、タバコを取り出すと私に断りを入れてから火を付ける。タバコって普段は臭くて嫌いなんだけど、バーで綺麗な女性が吸うとなると痺れるわぁ…。


「まぁいいわ。相手は貴女の年齢知らないって事でいいわね」


「はい。一応二十二歳にしてるので…」


「逆サバ読みっすか。なんでそんな事を?」


 ロリコンさんが純粋そうな目で聞いてくる。この人は何か怖いんだよな。


「二十五歳から上が好きなんですけどあんまり年下だと相手にされないんですよ」


「なるほど、確かに二十歳と二十五歳ではノリが違ったりするっすね」


「若い子が好きな人もいるわよ。槙野の好みは若すぎだけど」


「ロリは手を出せないからこそいいんすよ」


 そこから始まるロリについての熱い語りを聞いている途中で、すっかりその存在を忘れていた連れがトイレから戻って来た。


 ロリについて聞いてるの〜とか適当に話しかけたがこちらの盛り上がりについてこれなかったようで「猫に餌あげるの忘れてた」と言ってカランコロンと帰ってしまった。


「変態は嫌いだったのかしら…?ごめんなさいね。今日はデートだったのでしょう?」


「あ、いえ。タイプじゃなかったんで」


「変態って言うのやめてもらっていいっすか?」


「道ですれ違ったロリの匂いを嗅ぐ方法を語ってたら充分変態よ。タイプじゃないのにどうしてここまで来たの?ここに来る前結構飲んでるでしょ」


「お酒が飲みたかったのと寂しかったからですかね」


 いつだって寂しい。友達はいるけど私が女好きだってことなんて口が裂けても言えないもの。


「貴女いつからお酒飲んでるの?」


「高校に入学してからですかね…?地元が限界集落だったんで町内会の集まりで高校生から普通に飲んでました」


「あら、それは最高ね」


「怒ったりしないんですか?」


 煙をどこか遠くへ飛ばすと「そうねぇ…」と呟いてしばらく時間が流れる。その横顔を見ていることが精一杯で時間の流れがおかしくなる。


「人生百年時代とか言うけど実際身体が自由に動くのは八十歳までだと思うのよ」


「はぁ…というと?」


「八十歳が娯楽の死だと考えると、ハタチってもう人生の25%を生きたのに残りの75%でしかお酒を楽しめないんだわ」


「なるほど…?」


「75%が多いか少ないかは人によって変わるけれど私は少ないと思うの。グラスで見たら75%ってこのぐらいよ。そろそろ次は何を飲むか考え出す時じゃない?」


 そう言って店長は自分のグラスの縁をなぞる。少しだけ甲高い音が鳴る。私はこの音嫌い。だけど店長の言いたいことがなんとなく分かってきた。


「私は次はモスコミュールを飲みたいかなーなんて」


「それでいいと思うの。年齢なんてただの数字だし、人生は楽しい方がいいでしょ?」


 店長はタバコの火を消すと立ち上がってカウンターの中へと戻ってロリコン店員さんに牛乳を渡した。


「それはもちろん」


「でも法律は法律よ。また来月いらっしゃい」


 ダメだったか。そこんとこきっちりしてるのね。と思ったら「酔いつぶれたら道端に捨てるわよ」との一言付きでモスコミュールが目の前に置かれる。


 ホントにイケメン…いや、イケ女。私は一ヶ月後もその先もずっとこのお店に通うことになるけど、店長を落とせるのはいつになるやら。

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