犬
デカい尻が膝を立てて座る私のつま先に少しだけ乗っている。
デカい尻は言い過ぎた。一応女の子だし。フォローすると全体的にデカいから相対的にデカいだけ。横になって膝を曲げているのになんてったってデカい。
生まれてから三ヶ月後に出会ってから十七年もの付き合いだし、今更何も言わないけれどコイツは無意識に人に触れている癖がある。
歩いてる時だって常に肘がくっついてるし、毎日のように家に来てはダラダラしながら私のどこかしらの部品に触れている。
以前リビングで愛犬のアンズ、私、コイツとソファに並んでいた時に気付いたのはコイツはデカい犬みたいだということ。
アンズは私の膝に顎を乗せて寝てるし、コイツも私の膝に頭を乗せて寝てるし。
映画を観ながら視界の端でアンズの息がコイツに当たって髪の毛がユラユラしているのを可笑しく思っていたら、パートから帰って来た母さんに「あらま、ウチの子が増えたわね」なんて皮肉を言われる始末。
「安李ちゃーんいるー?ご飯食べてくー?」
母さんの声を聞いた瞬間に飛び起きる。その風圧で私の読んでいた漫画のページが捲られた。ページを戻すも、駆け出した風圧でまた捲られる。ああもう。
「食べるーーー!」
部屋の扉を開けて階下に向けて返事をする。まるで自分の家のようだな。
「今日の夕飯なんだろね〜」
バリキャリの母と二人暮らしのコイツは小学生低学年ぐらいから一緒に夕飯を食べるようになった。うちも父親は単身赴任だから平日の夕飯は三人の食卓がデフォルト。
「昨日安江さんがなんか持ってきてなかった?」
「あ!そういえば届いた荷物渡してたね!またなんかいいものかな〜楽しみだね〜」
安江さんは毎週のように何かしらの高級食材を渡してくる。ついでに持ってきたお酒で母さんと晩酌していく。そこで帳尻を合わせているのだろう。母さんも酒好きだからな。
「よっこいしょ」
新しい漫画を本棚から持ってきてクッションを私の横に置くとそれを枕にして横になる。今度は頭が私の二の腕に触れている。
しばらく二人がページをめくる音だけが続く。
…なんか、なんだ?あぁ、髪の毛か。
コイツが次のページを見ようと頭の角度を変えるたびに髪の毛が腕に触れて痒い。
当の本人は集中して気付いていない。なんだか少しムカついたので軽く叩くように頭に右手を乗せる。
「ん?」
それだけ発すると漫画を読み続ける。
「髪の毛痒かった」
「撫でてくれるのかと思ったのに」
…ま、いいか。
硬くて太い髪の毛を撫でる。梅雨の時期は広がるし夏は暑くていい事ないと良く言っているけれど私はコイツの髪の毛が結構好きだと思う。アンズを撫でている時と似ている。
「そういえば誰かに撫でてもらうの久しぶりかも」
「デカいから皆届かないんじゃない?」
「一理ある」
安江さんはちゃんとコイツを撫でてくれたのかな。あんまりこういうことは考えたくない。私から見た不幸は他人にとっての不幸とは限らないのに同情という私の考えの押し付けみたいでなんとなく嫌だ。
それでもずっと安江さんは忙しい。コイツにだって寂しさはどこかにあるのではないかと時々思う。
「ご飯出来るよー」
「はーい!」
母さんの声を聞くと反射的に立ち上がるように出来ているようで私の手は弾かれる。
「あっごめんご飯いこ!」
「はいはい」
一階に降りると台所にはカニ鍋が鎮座していた。
「カニだーーー!」
「あんた達!今日はカニ鍋よ!はいはい、安李ちゃんカセットコンロだしてー蒼ちゃんはテーブル片してー」
「はい只今!」
二人のテンションが高いのはいつものことだけれど今日ばかりは私もテンションが上がる。なぜならカニは私の大好物だから。
いつものように学校で何があったとか、パート先の主任が云々だとか、私の倍以上話しているにも関わらず私以上の勢いで二人はカニを飲み物のように吸い込んでいく。
普段なら二人に譲るが今回ばかりは私も対抗するように食べていたものだから食事は一瞬で終わった。
満腹でぼんやりした頭でテレビを見ながらソファーでくつろいでいると食器洗いを終えた安李が隣に座ってくる。
ソファーについていた私の手が少しだけ尻に敷かれてる。
「カニ美味しかったね〜明日もカニがいいね〜」
と言いながら何も気にしていない様子。
十七年一緒にいて、今更手を退けるなんて意識し始めたって言ってるようなもので癪なので犬に踏まれていると思ってそのままにしておく。まだ母さんの声には負けるようだし。
「毎日は有り難みが減るかも」
「確かに…あっ確カニ!天才!」
犬は話せないから可愛いのだと思っていたのだけれど話せる犬もバカ可愛いかもな。
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