女神タオル

「もう遅いし先にお風呂入っちゃおうか」


 その言葉は一緒にということですかな?人々がパーティをしたくなるフライデーナイトに一人暮らしの女性の家に上り込むというイベントに遭遇です。不肖中島、尽力させて頂きます。


「シャワーの出始め、めちゃくちゃ熱いから気をつけて。うーん、寝巻きはこれでいいかな?」


 おお、華麗なる回避。お見事です。まぁ回避されるようなことも何もしていないのですが。


「はい、タオル」


 タオル。


 これはもしかしてこの女神のあんなところやこんなところまで拭かれたものではなかろうか?

 たとえ洗濯されていたとしても女神から分泌された水分はもちろん、塩分やバルトリン腺液、スキーン腺液が一度含まれたと想像するだけで私はもう…これ以上は言うまい。


 これを私が使うことはつまり…女神と一夜を共にしたことと等しい。


 おこがましささえ感じるが、身体を拭かずに出ることは難しい。いっその事シャワーを浴びないという手段もある。

 しかしそうなると、一日を過ごし穢れた身体で女神の家にいることになる。


 そもそも私が部屋に入った時点で女神だけが許された神聖な空間が穢されているというのにこれ以上穢すことは許されない。


 タオルぐらい持ってくれば良かった。しかし事前にこんな事が予想出来たであろうか。否、そもそも何故私はここにいるのだろうか。

 アルコールで思考回路がショートし、鎮座しているだけの脳で最初の言葉を思い出す。


 ────────────


「中島さんってゲームするんですか?」


「えっあっはい。少し…」


 会社の飲み会で女性に話しかけられる事は珍しい。ザ・喪女といった出で立ちの私が話す事と言えばゲームやアニメの事ばかり。男性はともかく、女性は歳を重ねる毎にそういった話題から女性性に傾いた話題が多くなる。


 それなのに、誰にでも優しく女子力の塊のような女神に話しかけられるなんて。


「このゲームやった事あります?」


「あぁ!もちろんです!最新作はグラフィックが綺麗になった上に新ルールも追加されてやり込み要素が増えましたよね!」


「そうなんだ〜私は今作から始めた初心者なんですよ〜」


「そうなんですね!前作は今からやるにはハードが違いますしね…ただストーリーは見ておいて損はないかと思いますよ!」


「なるほどなるほど…ちなみに中島さんはどの武器を使ってます?なかなか勝てないんですよね…」


「そうですね────」




 典型的なオタトーーーーク!!しかしていない…。きっと女神の耳を穢してしまった。


 それから他のゲームやらアニメにも共通点が多い事が判明。珍しく女性、もとい女神と意気投合してしまったものだから普段なら絶対に断る二軒目に行くという人生初のイベントまでもこなし、フラグ回収の如く二人して終電を逃し、タクシーでも二人で割れば痛手は少ないと判断し、居酒屋から近かった女神宅に襲来し、現在に至る。


 私はなんて恵まれているのだ!という反面、この先どうしようという気持ちも大きい。きっとアルコールが抜けたら私はまた人見知りモードに切り替わってしまう。


「じゃあごゆっくり〜」


 >>中島が洗面所にインしました。


 これが…女神の使う化粧水に美容液…それからコンタクトのケースと眼鏡…!眼鏡女子だったとは素晴らしい。

 そして、何より、女神の髪を梳いた櫛…!髪の毛は残っていないだろうか…想像以上に綺麗好きなようだ。歯ブラシは…これ以上はいけない。


 おっと、今夜は長いのだ。早々に入ってしまおう。…そうだ、タオル問題だ。


 穢らわしいままでもいれないし、ずぶ濡れのまま出て行くわけにもいかないし、ここは腹を括って一夜を共にするしかあるまいよ。実際健全な意味では一夜を共にするわけだから。


 成分は考えるな、感じろ。いや、感じてもいけない。無心を貫くのだ。

 服を脱ぎ捨て、全裸のまま背筋を伸ばす。背筋を伸ばすとアルコールと不摂生で蓄積されたぽっこりお腹が揺れる。


 いざ。


 無理でした。


 女神のシャンプーにコンディショナー、ボディーソープ。それらが私の身体から香っている奇跡。

 これはもはや女神にずっと抱きしめられていると言っても過言ではない。そんな環境で無心を貫けるのは即身仏ぐらいなものだ。即身仏は死んでいるが。


 もちろんブランドは覚えた。明日にでも買い揃えるつもりだ。しかし、普段使いするわけではない。そんなのただの気持ち悪い人だからな。普段は棚に飾り、休日に使うのだ。女神に抱きしめられながら朝ご飯…抱きしめられながらゲーム…抱きしめられながらカップ麺を食べ…抱きしめられながらお昼寝をする…最高の休日の出来上がりだ。


 浴室から手を伸ばして脱衣所のタオルを手に取る。

 これが…女神の身体に触れたタオル…。ゴクリと喉が生唾を飲む。いつもの癖で顔から拭く。ほのかに香る柔軟剤と洗剤の匂い。それから、お日様の匂いと言われる匂い。それから恐らく女神の身体から時々香る匂い。


 背筋を何かが走る。先程まで熱い湯を被っていたのに全身に鳥肌がスタンディングオベーション。


 素晴らしい。


 それからじっくりと身体全体を拭いていく。

 これはあくまでも女神から借りた服を穢さないためだ。水道代とガス代に充分気を使いながら入念に洗い流したものの限界はある。タオルに私の皮脂や汗が付いてしまうのは非常に心苦しいが寝巻きにまで着いてしまう被害を最小限に抑える為の措置だ。


「お風呂ご馳走さまでした」


「あ、おそまつさま〜ちょっとこれ見て〜」


 身を清め終わって部屋へ戻ると女神は先程勝てないと言っていたゲームをしていた。


「味方がなかなかヤバイね。けど逆に目立って敵を引き付けているから今のうちに運んでみて」


「なるほど!分かった!…おっ…あー死んだ!けど逆転した!」


「そしたら後は残り時間も少ないから右の高台の辺りに登って守りに入って」


「うん…おっ倒した!…よしよし…来い来い…いよっし!勝った!」


 女神は嬉しそうにガッツポーズをすると両手をこちらに向ける。

 あ、ハイタッチか。何秒か遅れて女神にタッチ。おおぉ…触ってしまった。しかし拒絶は出来まいよ。


「よし、私もお風呂入って来るねーその間ゲームして待ってて」


「分かったありがとう」


 居酒屋で話していた感じではゲームは好きだけど苦手という印象を受けた。しかし、先程のプレイを見ていると操作は手慣れているどころか、むしろ上手い。先程敵三体に囲まれた時にも冷静に避けて背後を取り、連続で倒していた。


 女神は謙遜するものだな。

 プレイ終了直後に離席したためリザルト画面が表示される。


「…二十三キル?」


 私でも月に一度行くか行かないかのキル数だった。他のプレイヤーに至っては一桁。


 ランクやレベルはお世辞にも高いとは言えない。

 ゲーム機本体のホーム画面に戻るとアカウントが二つあった。恐る恐るもうひとつのアカウントのプレイ時間を確認する。


 三百時間強…。


 私が尊敬して止まない女神はもしかしてアスタロトだったのか?


────────────


 扉を閉めて、脱衣所のカゴのフチにかけられたタオルの匂いを嗅いでみる。家の柔軟剤やシャンプーの匂いしかしない。ちょっと残念。


 服を全て脱いで湿ったままのバスタオルに包まれてみる。あぁ、恍惚…生きていて良かった。


 乾かしたら少しは匂いが出てくるかな。


 今回は軽いきっかけのつもりで、こうも簡単に天使を誘い込めるとは思ってもいなかったから準備を怠っていた。次回からは新品のタオルや下着を用意しておこう。


 とりあえず次回に繋げるために今夜はゆっくりと楽しもう。

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