徹夜明け
「…ラーメン食べていかない?」
「いいね…」
徹夜明けの人間は何をしだすか分からない。
自己紹介ですか?
人間。女性。趣味は同人誌です。以上。
趣味についてもう少し詳しく?
分かりました。疲れてますがいいでしょう。
同人誌の中身は女性同士の恋愛モノ、所謂百合を扱っています。
私は原作担当とアシスタント。
こっちでニンニクヤサイマシマシを頼んでいるのは作画担当。
さっきまでビジホに篭って作業をしていたのですよ。
何故ビジネスホテルなんですかって?
お互い誘惑に弱いからですよ。毎回こうなんです。
あっ、アブラカラメオオメはこっちです。
そう、あの時なんでゲームしてしまったかなぁとか、仕事でイライラしててお酒飲んだら集中出来なくなったとか。とにかくアニメは作業中のBGMなんかにならない。
そんな後悔を抱えて毎回締め切り前になるとビジネスホテルに篭ってお互いの尻を引っ叩きながら作業するんです。
けれどこの徹夜明けの疲労感は嫌いじゃないんですよね。だって原稿が完成した疲労感、つまりこれが達成感なのですから。
だからきっとやめられないのでしょうね。
「いま、何考えてた?」
「情熱大陸っぽいこと」
「ラーメンのびてるよ」
「おっと、いただきます」
目の前の器では麺が量を増してモヤシを押し退けるように膨張している。隣の作画担当の器はもうすでに半分程までに減っている。営業職の人が早食いというのは、元々早食いの人が営業職に向いているのか、はたまた営業職に就いたから時間に追われて早食いになったのかどちらが先なのだろう。
「食欲無いのかと思った」
「猫舌なんだよね。少し冷めてから食べようと思ってたらいつのまにか思考に奪われていた」
「そうだっけ?前に串カツ行った時に揚げたてガツガツ食べてなかった?」
「あの時はマゾヒズムについて考えていたね。それから口内を犯される感覚というのを知りたくて熱いものをたくさん食べた。口の中が荒れながら書いたのが『お姉様の口の中で』だよ」
「あぁ、一万いいねが付いた短編か。変態だね」
私の左側に並んで座る彼女は左手で箸を持つ。先程までは右手でペンを握っていた。
両利きなのかを聞いたら「絵を描きながらご飯を食べようとしたら出来た」と言っていた。私が変態ならば、あなたは変人。そんな君も好きよ。
「おっとそんなに褒めないでおくれ」
「どうしたらそうなる」
もやしを大半食べ尽くし伸びた麺に箸を伸ばし始めた辺りで変人の彼女は食べ終わってしまったようで、頬杖をついてコチラを見ている。
「毎度食べるのが遅くて申し訳ない」
人間、食べているときに見つめられるとプレッシャーを感じる。食事中の生き物は無防備なわけだ。つまり私は今、無防備な状態で見つめられている。私はこれを新手のプレイだと思う。相手が無防備な私を見て支配欲を満たしているのではなかろうかと考えるとゾクゾクしないわけがないね。
「あ、すまん。別にそういうんじゃない」
「いま、何を考えてた?」
これは『何を考えているか分からない』とよく言われる私達の合言葉のようなもので、分からないなら聞けばいいという不器用なりのコミュニケーションの取り方でもある。
「…食べてる姿ってエロいなぁって」
「なるほど。確か脳の食欲と性欲を司る部分快楽神経で結ばれていて、お互いに刺激を伝え合っているらしい。それが今君の脳内で起きているのではないかな」
────────────
私の言葉は伝わらない。もっとストレートに言った方が良いのか。今のはめちゃくちゃストレートな気がするが。
昨日だってそうだ。
「ねぇ、ここのポーズなんだけどさ。参考画像を探しても出てこないからやってもらえないかな?」
「お、いいぞ。服は脱ぐ?」
「出来ればお願い」
下着になりベッドに仰向けになる。いつもの事だけど、この人には恥という概念が無いのだろうか。
「えーと右足を立てて、左足は伸ばしてつま先を内側に向けて…左手を口元に、右手はつむじの辺りに置いて」
「はい、はい、はい…こんな?」
「いいね。目線はこっち、顎を少し引いて」
「ほい」
カメラ越しに目が合う。当たり前だけど。うーむ…顔がいい。
在宅ワーカーで引きこもりのくせにスタイルもいい。「ネタが思いつかない時に近所を練り歩いているからかな」と言っていたがスタイルは8割が生まれつきの才能だと思う。
「じゃ撮るよ」
ずっと同じポーズをさせているわけにもいかないから写真を撮って参考にする。毎度こんな事をしているおかげで私のカメラロールはこの人のセクシーポーズで埋まっている。
「よし、おっけー」
「他は大丈夫か?今のうちにまとめて撮っておいたら?」
いい事を思い付いた。いい事だけど、悪い事。時間がないのに。思いついてしまったら、もう勝てない。
「じゃあちょっといい?」
ベッドに登り、下腹の辺りに跨る。私の足が写るように身体を引いてスマホを構える。
驚いた素振りも抵抗する素振りも見せず、ここのシーンにあるように私の太ももに手を置いてくる。
「私の足ごと撮りたいんだけど難しいな」
「あれ、このシーンは小百合も脱いでなかったかい?」
「そうだけど…」
「じゃあ脱いで。そうだ、脱がすシーンも撮るか?」
そういってジーンズのボタンとファスナーに手をかける。いや、待て。
「待って待って、カメラ」
待てと思ったものの、資料撮影をしたい欲の方が優先されてしまった。そういうとこあるよ私。
脱がされている自分の股間を撮影する。これ何てプレイ?いかん、ちょっと潤ってしまったかもしれない。でもこのまま過ちが起きないか期待している自分もいる。
「はーい足あげてくださーい」
歯医者の『口開けてくださーい』みたいなノリでジーンズを完全に脱がされる。下着が湿ってないか気になって中に腰が浮いた状態になる。
「体勢辛いだろ、体重かけていいぞ」
「いや、ちょっと今は…」
写真に夢中になっているフリをする。
「なぁに大丈夫だ。そんなにヤワじゃないよ」
腰を持たれ下に引かれる。下腹辺りに腰を下ろしてしまう。
「あら?」
「あっ…ごめん」
バレたのか?いや、まだ下着はそこまでではないはず。もしバレたら今後の関係性や同人誌の制作に関わる事態かもしれない。
けれど、それでも私の想いに気付いてくれるならそれでもいいかもしれない。
あぁ、揺れる。
「ちょっと痩せた?」
「…多分?」
なんで今体重測ってるんだよ。
鈍い人だとは思っていたけれど表皮まで鈍いとは思わなかったよ。
溜息とカウンターに肘をついてラーメンを食べている姿を改めて見る。
もういい感じに冷めているはずの麺に向かって息を吹きかける唇。口を開くと少しだけ八重歯が見える。口元に麺が運ばれて麺を啜る。全てが口に入ると顎が動く。髪の毛を耳にかけているから下顎角がよく見える。しばらく上下すると喉が動く。箸を持つ手すら完璧に美しい。
「おっ、ちょっと待ってくれ。お残しはギルティなんだ」
「あ、いやいやそういう訳じゃないよ」
焦らせていると思わせてしまったようだ。人が食べている姿って見ていて結構楽しいのだ。特に貴女なら。
「ん?いま、何考えてた?」
「うーん、伝わらないものかなーと」
「人間にとって言葉は伝えるツールではあるけれど知識の差などで上手く伝わらない事もあるらしい」
口元に手を当てて食べながら綺麗な発音で話す。行儀は悪いが汚く思わないのは不思議だ。
「そんな時はどうすれば?」
「百聞は一見にしかず。論より証拠。行動で示せ。論より証拠はちょっと違うか」
「なるほど…このあと暇?」
「暇といえば暇だが、何をしても寝るね。十中八九」
「それならちょっとだけ付き合ってよ」
「何をするんだい?」
「行動で示せ?が近い」
徹夜明けの人間は何をしだすか分からない。
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