氷の温度
『いってらっしゃいダーリン』
『いってくるよハニー』
みたいな事が理想だった。
似合わない事は分かっている。鉄仮面、雪女、サッチャー、エルサ、エトセトラエトセトラ…どうやら私の愛称は冷たいイメージが多い。そんな人間がアツアツな関係を想像しているとはエスパーでない限り分かりっこない。きっと私が溶けてしまうとでも思っている。
「ワトソン君。知ってるか?乳首は左右で大きさが違うんだぞ」
これが現実。
この宇宙人みたいな発言しかしない地球人は私の彼女でありペットのような、最大級に良く言えば内縁の妻のような。
何が面白いのか、私が引っ叩いた背中を鏡でじっくり見ている。きっと十年経ってもこの人の思考を読むことは出来ない気がする。
この宇宙人モドキ、言ってしまえばペットよりも手が掛かる。何故付き合っているのか?と問われれば一言では言い表せない。そもそも私は同性愛者でもなかった。
髪の毛は大抵ボサボサだし、メイクは適当、時々服にタグを付けっ放しだし、今だって服をいつ着るのやら。放っておけばご飯も食べずパソコンに張り付いて、部屋は荒れ放題。かと思えば急に風邪を引いて寝込む。毎年のようにインフルエンザをどこかから拾ってくるものだから私の方に抗体が出来てきた気がする。
けれどこんなのが街中を歩いていて「あのポスター私が作ったんだよねー」なんて言ってくるものだから人間って不思議でしょうがない。神様が生まれる前のスキルの割り振りの時にAボタンを押しっぱなしにしたとしか思えない。
「あ、もう時間やばいんじゃない?」
家を出るまであと三分。しまった。またギリギリ。彼はよく三分で戦ったよ。なんだかこの人の世話をしていると時間を忘れてしまう事が多い。
「やばっごめん食器洗っておいて」
この人の会社がフレックス制になった事をきっかけに食器洗いを押し付けてみたが案外上手くいった。元来真面目で器用だから道理を通して頼めば完璧にこなすのということが分かってきた。要は扱い方なので。
バタバタと玄関まで駆け抜けてヒールを履いているといつの間にか後ろに立っていた。忍者かコイツ。全裸装備だけど。
「早く服着ないとまたお腹壊すよ」
「おうともさ。ほれ」
振り返ると全裸で両手を広げている。ダヴィンチか?全くもって恥も色気もない。もはや本当にペットに思えてきた。
けれどその小さな身体で抱きしめられるとなんとも言えない幸福感に満たされるというのは言わない。これが一番の付き合っている理由だと今分かったけれど絶対に。
言った瞬間きっとコイツは調子に乗る。一週間は調子にノリノリになる。そして素直じゃない私はお風呂の後のアイスを取り上げる。そんなのお互いに面白くないから。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
アツアツでは無いけれど、私が溶けない温度。こんな現実は悪くない。
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