指輪
彼女の手は若かったわ。
私の手はシワクチャで乾燥してるもんですからすぐにアカギレを起こすのよね。そうしたら彼女は通信販売で買ってみたけど効果がなかったっていうクリームをくれたのよ。
「貴女には物凄く効いたりするかもしれませんね。そうしたらこのクリームにクレームものだわ」
なんて言いながらそのクリームパンみたいな手でシワのひとつひとつをなぞるように丁寧に塗ってくれたわ。
これがとっても気持ちよくてね。私も塗ってあげるって言って塗ってあげたのよ。
クリームパンみたいにふっくらした手でね、とっても可愛くて若々しくて、美味しそうなのよ。でもひとつ気に食わないのはこの指輪ね。
今にも弾け飛びそうなくらいピチピチな指輪よ。どっちの旦那も亡くなって、一緒に暮らすようになってからも外さないもんだからおばさんの乙女心に火が付いてねぇ。あらやだ、まだ湿気ってないわよ。そうそう、それで気になって聞いてみたのよ。そしたらね、
「ほら私、子供産んでから太ったんですよ。それ以来外せなくなっちゃって…」
って言うもんだから可笑しくなっちゃってねぇ。だって何十年よ?子供達みんな結婚して孫もいるのよ?そんな長い間外せなかったと思うと可笑しいのと一緒にちょっとだけ妬けるわ。まるで旦那の愛を彼女の肉で繋ぎ止めているようじゃない。私の嫉妬でお肉が焼けるわ。
そこでね、和平交渉をしたのよ。おばさんになるとワガママになってイヤねぇ。けど一度気になってしまうとずっと気になっちゃう性格は小さい頃からだから性格は変わらないのねぇ。
そうそう、指輪の話ね。無理矢理外したとしても跡はきっと消えないもの。やだ、年で傷が消えにくいからとかじゃないわよ。旦那さんとの思い出はもう身体の一部となって消えないってことよ。私はその跡に上書きするよりも二つの指輪ごと愛そうと思っているわ。
だから今度、指輪を買いに行くのよ。右の薬指用にね。
でも、クリームパンがまた更に成長してうっ血でもしないかと心配ではあるのよねぇ。
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