幸福

「私、結婚することになりました」


「それはおめでとうございます」


 そんなに怯えた顔で、幸せな言葉を吐くのか。


 カテゴライズがいらないと言ったのは彼女。

 彼女は鏡のように人に共感し、同調し、豊富な知識と、様々な言葉で人を魅了する。


 私と彼女は非常に似ている。ただ、私は彼女よりも鏡だ。

 私は人と合わせることしか出来ない。相手の言葉を捉えて三秒後にそれに関連する言葉を発するだけ。


 だから、彼女がカテゴライズをしなくていいと言うのなら私もカテゴライズしなくていい。

 それでも長年好かれては振ってを繰り返す多数の彼氏以上に良き理解者で居れたのは、お互いがお互いを映し出しているようで居心地が良かったからだと思う。少なくとも私はその関係で確かに幸せを感じていた。


 けれど、彼女は思っていたよりも実像だった。


 私たちは曖昧。何にも縛られない。だから結婚するならばそれもまた縛られないということ。

 幸せな姿を映せるなら私は薄い鏡でいれたのに。いつのまにか私の背後から光が入ってきた。


 光は彼女に影を与え、実像に戻してしまった。なんて、御伽噺みたい。


 それなのに何故。


「それで、披露宴に来てほし…」


「ねぇ」


 そんなに怯えた顔で、幸せな言葉を吐くのか。

 そんなことをされると私の実像が姿を現すだけなのに。


「私に悪いと思ってる?」


「それは…」


 彼女は自覚している。きっと半年後。彼女は私が必要になる。


 そして虚像に戻った私が映すのは貴女だけ。

 合わせ鏡は永遠にお互いだけを映し合う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る