サッカー

 蹴り上げたボールが明後日の方向に飛んでいく。まるで夕日に吸い込まれるように飛んでいった。


「下手っぴー」


「サッカーなんてしたことないし」


 いつもの帰り道で通りかかる公園の草陰にサッカーボールが転がっていた。おそらく近くの小学校の子が忘れていったものだろうと話していたら、ボールがあったらサッカーするじゃん?という謎の理由で突然のプレイボール。プレイボールは野球だったか。


 明後日から帰ってきた彼女は器用に足でボールを転がしてくる。


「つま先じゃなくて足の内側を使って股関節を回すように蹴るんだよ」


 テレビの中で見たような蹴り方でボールを返してくる。蹴った拍子に制服のスカートがひらりと捲れるが、見えたのはジャージの短パン。色気がないなぁ。

 ボールは真っ直ぐ私の手間で勢いを落として足元でちょうど止まった。


「へぇ無駄に上手いな。サッカーやってたの?」


「無駄は余計だな。兄ちゃんに練習相手させられてた。っていうか練習相手になるように叩き込まれた」


「文化部極めてると思ったのに。あれ、でも走るのは遅いよね?」


 真似をして足の内側と股関節でボールを蹴ってみる。今度は上手に今日に届いた。


「おっ上達が早いじゃん。人間は自ら走るようにはプログラムされてないんだよ。マンモスでも追わないと本気になれないな」


 再び華麗なフォームでボールを届けてくる。ぴったり。黒猫の配達便のように優秀。


「生まれる時代間違えたな」


 もう一度丁寧に真っ直ぐ。コツがわかれば楽しいかも。ただ蹴るだけでも全身を使っている気がする。これは明日筋肉痛かもな。


「それは思う。場所もね」


「どこで生まれたかった?」


「オランダかベルギースペインカナダもいいなぁ。スウェーデンもいいしデンマークもいいかも。あ!フランスもいいな。でも最近だと台湾かな」


 さっきよりも少し強めに返ってくる。美術部部長の時に見せるスパルタ教師っぷりが出てきた。


「なんでそのラインナップ?」


 私も少し勢いをつけてみる。力んだせいか、若干逸れてしまった。明後日とまでは行かなくても明日ぐらいまで飛ばしてしまった。彼女は反復横跳びのように横に飛んで、ボールを受け止める。


「おっとっと、楽しそうだから!いっつそーしんぷる!」


 次のボールは彼女にしては明日の方向だった。私も彼女の真似をして反復横跳びをしてみる。


「ふーん」


 今度は勢いと真っ直ぐを意識して。力を込めつつも丁寧に。


「おっパンツ丸見え」


「は!?」


 思わずスカートを押さえるがいつもスパッツを履いてるはず。まさか今日に限って忘れたのか。


「うっそー」


「もう終わり!そろそろ帰るよ」


「はいはーいじゃあ元の場所に戻しとくか」


「この辺だったな」


「あ、ちょっと待って」


 彼女はカバンからスケッチブックとペンを取り出し、『ちょっとだけ借りました!ありがとね!』と書き込むとその下に相合傘と私たちの名前を書き込んだ。


「なんで相合傘にすんの」


「え、ノロケたくて。あとはおまじない?みたいな?」


「見知らぬ小学生にノロケてどうすんの。そもそも最近の小学生ってそのマークの意味分かるのか?」


「あ、分からないかもね。まぁ先生にでも聞くでしょ」


「先生困るだろうなぁ」


「よしおっけーじゃ行こうか」


 スケッチブックから一枚破るとマスキングテープで四隅をサッカーボールに貼り付けた。全ての道具を雑にカバンにしまうとスカートの裾を直しながら立ち上がる。


「うん。…まあ多分私らが成人する頃には同性婚出来るようになってるんじゃないかな」


「あ、バレてた?」


「変なプロポーズとして覚えとく」


「照れるなぁ。じゃあ照れるついでにお手を拝借」


「…今日ぐらいいいか」


 すっかり陽も落ちて赤から黒へと変化した空気に包まれながら歩いていく、途中で振り返るとマスキングテープの左上が剥がれていた。

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