第3話 貧乏暮らしでもなんとかなる 前
国営キャラバンを脱退したアルヴィンとエルヴィスは、無所属の冒険者として活動していた。
信用度は堕ちるが無所属にも需要はある。例えば報酬を少額しか用意できない依頼主が、キャラバンに仲介料を取られると受注率が下がるために、敢えて無所属の冒険者に仕事を頼む場合がある。他には明らかにキャラバンに受理されないような仕事であったり、依頼主が報酬を払わず逃げようと考えている場合だ。
間違いなく言えるのは、キャラバンに集まる仕事の方が真っ当で報酬も保障されているということである。
「いっそ別の都市に行ってみようとか考えないの?」
「俺らみたいなのがここから出てどうするんだ。それより明日の飯のことでも考えろ」
「それじゃあ、アルヴィンは一体いつになったら僕の依頼を達成してくれるの? 今のままじゃこの辺りにしか行かないじゃん」
エルヴィスの言葉に、アルヴィンはナイフを研ぐ手を止めた。 そして数秒の後、再び手を動かし始めた。横から突き刺さるエルヴィスの視線が回答を求めている、アルヴィンは小さく唸って溜息をついた。
「今日を生きれなきゃ明日も生きれないだろ。明日を生きれないと、依頼を達成しようと思ってもできないだろ」
「またそれっぽいこと言ってさあ。君って結構臆病だよね」
「現実を見ているって言うんだ。お前が子どもみたいだからこうなってるのかもしれないな。ところでお前、黒蛇退治に行ってただろ。報酬はどうした」
「えっとね、実はトンズラされちゃった」
エルヴィスの言葉にアルヴィンは再び手を止めた。しばらくの沈黙の後、アルヴィンは額を押さえて大きな溜息をつき、皿を割ったことを誤魔化す子どものように曖昧な笑顔を浮かべるエルヴィスの頭を叩いた。
「どうせ前金も貰ってないんだろ!」
「だって渋られちゃってさあ」
「そういうやつは大体元から払う気がないハズレの奴だ!」
「ごめんってば! あっ、でも黒蛇の皮剥いで売ったら、ちょっとだけどお金になったよ」
「いくら」
「13ウィーガル」
「すっくな!」
アルヴィンの言葉に、エルヴィスはむっと眉間に皺を寄せて立ち上がり、棒に掛けてある鞄の中の白い袋を手に取って振り返った。中には細い枝に実る、萎んだ深い青紫色の粒があり、エルヴィスはひとつつまんで口に放り入れた。
「前金貰えないなら代わりにそれ下さいって言ったらくれたよ、干し葡萄」
「……欲を言えば腹にたまるものが良かったけど、お前のそういう所は嫌いじゃない」
「報酬払う気がない人の方が案外くれたりするよね」
「そこまで分かってるなら仕事を断るか前金貰ってこい。ちゃんと報酬を貰う方がよっぽど助かる」
小言を言いつつも干し葡萄をつまんで、アルヴィンは再びナイフを研ぎ始めた。
エルヴィスは狙撃手としてはともかく、金銭に関する交渉が絡むととても優秀とは言えない。基本的に人好きのエルヴィスは猜疑心や懐疑心が薄い。長所ではあるが無所属の今は致命的だ。
住居は立派ではないがもちろん賃料がかかる。頭の中で残りの手持ちを計算して、アルヴィンは再度深い溜息をついた。まだしばらくは余裕があるが、以前より収入は減ってしまった。今後のことを考えるとどうしても気が重くなる。
「そうだ、蛇の駆除で冒険者探してる人いたから行ってくるね」
「待て、俺も行く」
「僕だけで大丈夫だよ」
「逃げられたばかりの奴が言うか」
同行というよりは監視のつもりで、アルヴィンはエルヴィスに着いていった。
無所属の冒険者と仲介のない依頼主が多く集まるのは、キャラバンからそう遠くない場所にある広場だ。エルヴィスが向かったのも案の定その広場だ。
そこでは1人の老人がベンチに座り、夕陽を浴びながら項垂れていた。
昼を過ぎると受注率は下がる、夕方にもなるとその日はほぼ確実に受注されない。それでも帰路につかない者がいれば、それはそういった常識を知らないか、余程至急の案件の場合だ。
エルヴィスが言っていたのはその老人で間違いないようで、アルヴィンは内心彼を気の毒に思った。
「おじいさん、冒険者を探してるんだよね」
「ほっ? ああ……ああ、そうだァ、冒険者を探してんだ!」
「おじいさん昼間からいろんな人に声掛けてたよね、蛇退治でしょ」
「そうだァ、だぁれんも受けちゃくれねぇ、お前さんたち受けてくれるのか!」
老人の服は生地が擦り切れそうなほど古く色褪せていて、痩せた指とこけた頬が貧しさを主張している。
しかしいくら老人が気の毒でも詳細も確認せずに仕事を受けるわけにもいかない、アルヴィンはエルヴィスの物言いだけな視線を無視した。
「詳細と報酬を確認させてください」
「多分赤蛇だと思うんだが、おらの家の山羊がやられてなァ、今日は鶏までやられちまった! 蛇の数は知らねェ」
「はあ……で、報酬は」
「掻き集めたんだが600ウィーガルしかなくてなァ」
これを聞いてアルヴィンはこの場から立ち去りたくなった。
魔法で大軍を一斉に攻撃できるアルヴィンならともかく、基本的に冒険者は1体ずつ相手をするしかない。被害の規模からすると決して多くはないだろうが、数が不明な魔物退治というのは冒険者にとっては受注すべきでない仕事で、相手が群れでも大まかな数を記入するのが基本だ。
国営キャラバンに所属していた頃は雑魚の数など気にしていなかったアルヴィンだが、無所属になってキャラバンのふるいが無くなった分、以前より厳しく判断するようになっていた。ましてや600ウィーガルというのは、無所属の冒険者への依頼だとしても相場の半分にも満たない、この老人の仕事が受注されないのは当然のことだった。前金だけ受け取って逃げるような輩に狙われなかったことだけが幸運だ。
「エルヴィス、帰るぞ」
「えっ! 何でェ、お前さんたち赤蛇をとっちめてくれるんでねえのか!」
「気の毒だよ、アルヴィン。確かにまともな依頼じゃないけどさ」
「へっ、へ……? そ、そうなのかい」
冒険者に依頼を出すのが初めてなのか老人は勝手が分かっていないようだった。2人が話を聞いたところ、最初にキャラバンに行ったはいいものの、受付で恐らく誰も受注しないと告げられ広場を紹介されたとのことだった。
「頼む、何とか頼むよ、この通りだ! カブとタマネギと卵もつける!」
「アルヴィン、数が分からないって言っても僕ならすぐ分かるよ? 別にそこまでカリカリしなくていいんじゃない?」
「お前なら確かにそうだろうな。けどそれは置いておいて、本気でその報酬で受ける気か?」
「……人との繋がりは何物にも勝る財産だよ!」
アルヴィンが呆れたように溜息をついたので、エルヴィスは敢えて陽気に笑ってみせた。
結果的に折れたのはアルヴィンだった。厳しく判断するようになったとは言っても、それを完全に実行に移しきれていなかった。エルヴィスほどではないがアルヴィンもお人好しだ。
「それじゃあ、明日の昼過ぎに……時間が勿体無いし今から行く? まだ暗くないし」
「そうだな、そうするか」
「おじいさんの家ってここからそう遠くないでしょ?」
「20分くらいだなァ」
「それじゃあ決まりだね」
さすがに報酬の安すぎる仕事に明日の時間を割くことはできない。アルヴィンとエルヴィスは陽が完全に落ちる前にと急いで老人の家に向かうことにした。
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