第4話 六文字と問いかけ
翌朝また後ろ黒板に人だかりができていた。
愛夢本当武勇
この六文字だった。クラスメイトの名でないことは明白だ。うちには愛染さんも夢野さんもいない。
女子の誰かが遠巻きに見ていた富田に訊いている。
「ねぇ、暴走族ってこういう当て字をよく使うって聞いたんだけど?」
「はあ? バカ言うな、こんな恥ずかしい字使うかよ!」
赤くなってそう答えると、富田は自分の席に着いた。
朝の学活でクラモトは
「おう、今度は六文字か。だがちょっとノリが軽いな。勇者が愛と夢を求めて冒険する。おまえら現実も見据えろよー」
クラスの大半は笑っている。
圭子は、この先生は表面軽く受け流しながら、きっといろいろ思い巡らしている筈だと思った。
――まあこれで珠代が恐がることはない。一安心だ。
クラモトは消せとも言わず、自分でも消しはしなかった。
昼休憩の終わり、午後の授業が始まる直前に馬場君がすっと立って、謎の六文字の下に書き足した。
浮鮎翻飛
先生が入ってくるまで教室はまた混乱した。
「馬場が犯人かー?」
「ヘンな漢字書くの止めろよ」
圭子の目から見れば、六文字とその下の四文字の筆跡ははっきりと違う。別人だと分かりそうなものだ。馬場君は画数の多い「翻」の形がとれていない。
そこに英語の高橋先生が入ってきて、馬場君の名があちこちで囁かれるクラスを何とか落ち着かせた。
「では、後ろの落書きのことで騒いでいるのですね? 消します」
若くて綺麗な先生は、少しつんけんしているという子もいるけれど発音もいいし、圭子は嫌いじゃない。馬場君が声を上げた。
「消さないで。返事が欲しい」
「返事だって!」
富田をはじめとする勉強苦手グループがまた騒いだ。
「いらねえーだろ、もうわけわからんこと書くのやめろよ、イライラする。誰でもいいから、いいな?」
クラス中に言い渡すような勢いだ。
「では、あなたたち、次は社会、倉本先生の授業でしょう、先生に見せてから消すかどうか決めなさい」
高橋先生はそう言って、情け容赦なく授業に入った。
六時間目に倉本先生が教室に来ると、皆口々に訴え始めた。
「先生、あれ見て、馬場君が書いた、馬場君が消させてくれない」などなど。
「静かに!」
久々にみるクラモトの真面目な顔だった。
「後ろの黒板、四文字増えたのは馬場が書いたのか?」
「はい」
「消させないとはどういうことだ?」
「犯人に見せたい」
「犯人という言葉は不適切だ。悪事を働いているかどうかまだわからない。書いた人に見せたいんだな?」
「はい」
クラモトの声がいつもの調子に戻りつつある。
「書いた人には通じるんだな?」
「もし返事がくれば、通じたかどうか分かる」
「ということはだぞ、馬場はこの間の四文字『
「Just a theory 仮説だけ。もしかすると……わかってる」
「消させてくれないか? 実は先生もちょっと調べていて……」
「だったらいいです、消して下さい」
「ありがとう」
「クラモトもバカじゃない。もしかしたらかなり『犯人』を絞ってきているのかもしれない」と圭子は思った。
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