第3話 短歌と頭文字
帰りの学活で文化祭の出し物は短歌発表に決まった。クラモトの人気投票案が受けたようだ。宣伝ポスターを作る者、当日の呼び込み係、展示・投票案内係などの分担を決めた。全員がひとり一つ以上景品を用意し当日机に並べ、投票者に好きなものを選んで帰ってもらう。
植村は、「みんなの作品を小冊子にできないか父親に聞いてみる」と言った。学校ではまだ、ガリ版と輪転機でプリントを作ることもあったが、会社にはコピー機があったからだろう。
翌日だったか、次の国語の時間に松田先生が短歌の作り方を教えてくれた。黒板に若山牧水の短歌と、その現代語バージョンみたいなものを書いた。
白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
白鳥は悲しいのかも 空の青海の青にも白いまま浮く
五七五七七でひとつくらいは多くても少なくてもいいこと、一文字分あけたかったらあけてもいいこと、短い歌の中で青や白という文字は二度使わないほうがいいこと、などを説明した。
「学校でのこと、普段感じてること、何でもいいから書いてみて。字数に納まらなかったら相談に乗るから」
と言って授業に入った。
国語で苦労したことのない圭子は、授業内容は片耳で聞いて短歌を考えていた。家族で百人一首をすることもあるので、リズムには慣れている。
文化祭 それぞれの機知持ち寄って得意分野の花盛りかな
とノートに書いて「ちょっといい子振り過ぎだな」と思った。松田先生は「学校のこと、普段感じていること」と言っていた。先程の牧水のもじり歌の「白いまま浮く」という終わり方が気になった。
――浮きたくはない。
差異隠し同じになろうと首縮め言葉少なに辺り見廻す
――今度はひねくれ過ぎ、悟り過ぎだ。馬場君のことを言っているようで怒られるかもしれない。程度の違いはあれ、誰でも似たような感覚でいるとは思うけれど。
放課後、親友の珠代が「短歌作り手伝って」と言ってきた。優しく、可愛らしいが勉強は得意なほうではない。「昨日お母さんと焼いたケーキがあるから」という。ケーキなどなくても珠代の家にお邪魔するのは全然苦痛じゃない。
そこへ有本さんが近づいてきた。仲は悪くないけれどつるんでもないという相手で、圭子と植村と三人でクラスの成績トップの座をいつも取り合いしている。圭子は成績なんて特に気にはしていないのだが。
「ねぇ、この間の後ろの黒板の字、何だと思ってる?」
もうそんなこと誰の頭にも残ってないだろうと思っていた。
「落書きでしょ?」
「私、ヘンなこと思いついちゃって恐くなって……」
「ヘンなことって?」
珠代はもう怯えている。
「私たちの苗字の一文字だったじゃない?」
「そうだっけ?」
圭子は興味なさそうに言った。珠代は恐い話は苦手だ。なのに有本さんは勝手に続ける。
「クラモトが言ったみたいに四人の女子の名前だとしたらね、
相原珠代
反町澄香
志村圭子
有本輝美
で、下の名前の頭文字を続けて読むと『たすけて』ってなるの」
珠代がゾクっとしている。こんな話は早く打ち切りたい。
親友は可愛いから、構いたい男子たちにしょっちゅうからかわれる。内気な珠代にはそれが苦痛だ。自分の名前が最初だということもあって、怯え切ってしまった。
「それは深読みし過ぎじゃない?」
圭子はできるだけ軽く答えた。
「でもイジメか何かの予告状だったら?」
圭子は輝美を睨みつけた。
「バカなこと言ってないで。私たち用事があるから。バイバイ」
珠代の背にそっと手を置いて下駄箱に向かった。
「あんなのただの憶測だから気にしちゃダメ。面白がってるだけだから」
「でも……」
「ほら、ケーキ、ケーキ。今日は何味? チョコ? チーズ? モンブラン?」
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