第161話

「……」

 もう、諦めるか…。

 僕は木刀を捨てシオンさんに近づいていった。僕を見つめるシオンさんはとても冷徹な目をしていた。

「さぁ…」

「…撤回はしない。僕は竜族と魔族を滅ぼすべきだなんて思ってない…。だから、もしそんな事を考えてるなら、シオンさんを全力で止める…。俺はシオンさんにそんな事をしてほしくないんだ…」

「…私を止められると?」

「…なら、俺のこと好きなだけ殴れよ……。シオンさんの気が済むまでさ…」

 僕は両手を広げてシオンさんに近づいていった。

「…どういうつもりだ?」

「…どういうつもり? …だから殴れよ。一方的にさ…。俺は抵抗しないから好きに殴れよ…。そしたら、シオンさんもリアヌスと変わらないけどな…」

「…殺すぞ」

「…殺せよ……。そしたら、この世界は終わるし、シルフィーは当然助からない…」

 沈黙するとシオンさんは床に落ちた木刀を拾った。

「…取れ……」

「…取らない。シオンさんは憎しみに囚われてるだけだ…。きっと、シルフィだってそんな事をしてもらう為に命をかけて逃がしたわけじゃない」

「…お前になにがわかる!」

 叫びながらシオンさんは木刀を床に投げつけた。木刀の転がる音が部屋中に響き渡ると、なんとも言えないような妙な気分になった。

「僕も嫌なものをみた…。あの未来の僕は竜族達が人間を殺してるのを知って許せなかったんだ…。だから、竜族を皆殺しにして…。そして、その後に僕は裏スキルに操られて皆を…。世界中の生物を殺した…。…まだ、感触が残ってる……」

 僕は自分の手が真っ赤に染まったのを思い出すと、見えないように強く握った。

「…そんなの現実じゃない」

「…あの未来をみたあとに思ったのは後悔だけだった……。言い訳を考えれば少し楽になる…。でも、もっと別の方法があったんじゃなかったのかって思うんだ…。だから、僕なりに考えて神族の国を独立させたんだ…。邪魔するならシオンさんを全力で止める…」

「そんな話なんて聞きたくない…。さっさと…さっさと…戦えよ!」

 シオンさんは僕の胸元を力なく掴んだ。僕はその手を優しく握りしめて話しかけた。

「でも、やっぱり…。俺はシオンさんも助けたいよ…。…シオンさん、本当はとっても優しいから…」

「……教えてくれ? …じゃあ、私はどうすればいいんだ? …魔族や竜族を許せばよかったのか? …後悔したら許されるのか?」

「許さなくていい…。もしも、シオンさんの言う通り竜族や魔族の全員が悪意に満ちていて、世界の為に…。いや、皆の為に滅ぼすべきだと思ったら…。俺が全部やるよ…」

「…人にはやるなっていってお前はやるのか?」

「…でも、俺は違うと思ってる。シオンさん、頼む…。 本当に理不尽な事を言ってるのはわかってる…。一生恨んでくれてもいい…。でも、人間を救う為に剣を降ろしてくれ…」

 その言葉の後にシオンさんは泣き崩れ、僕に寄りかかった。そして、僕の体中に広がった緑色に輝くオーラがシオンさんを慰めるように包んでいった。

「……本当はわかってたんだ」

「…えっ?」

「神族がそんな事をしてたかもしれないってこと……。それでも私は信じたくなかった…」

「……」

 …シオンさん……。

「…アルに最初にあった時、悪魔の話を教えたよな」

 顔を伏せたままシオンさんは力なく僕に告げた。

「…うん」

「あれには続きがあるんだ…。封印を解き、その力を行使することが叶うなら、神と等しき力を得るだろう…。しかし、叶わぬ夢は未来永劫みてはならぬ…。一度目覚めれば赤き力は破滅を呼び、この現し世を常世の国へと変えてしまうだろう…。永久の眠りの中に儚き今があるのだ…ってね…。抽象的すぎて誰もがおとぎ話だと思っていた…」

「……」

「…でも、悪魔の肉体が本当に存在する事を知った神属は二つに別れた……。それを使い戦争に利用しようとした者と、禁忌だと反対した者に…。あとは…」

「シオンさん…。もういいよ…。もういいんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

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