第143話

 男が不気味なほど優しくそう言いながら女の頬に手を当てると女は泣き出した。

「ひっ、ひぐっ…。そっ、そんなつもりは…。…うっ、うっ、このバカ王子ー! …もう勝手にしろー!」

 泣き叫びながら女は席に戻ると体育座りをしながらしくしくと泣いていた。それを見ると目の前の男はオーラを抑えていった。

「…少しやりすぎてしまったかな。後で謝っておこう…。さて…確か竜族を君が滅ぼすとかさっきいってたが…。つまり、それは宣戦布告ということでいいのかな?」

「……」

 ステータスなんてみなくてもわかる…。こいつ、想像以上に強い…! 

「…どうしたんだ? 剣を握って…。まさか、今のオーラに怖気づいてしまった…。…なんてことはないだろうね?」

 僕は剣を離して精一杯澄ました態度をとった。

「…いえ、別に竜族に喧嘩を売りたいわけではないです。ただ、これだけは伝えておきます。俺が手をださなくても黒い魔物と黒騎士を倒さなければ竜族は滅亡します」

「…なぜそう思う?」

「…勘です」

 僕がそう告げると彼は腹を抱えて笑った後、先程以上の恐ろしい目をして僕の目を至近距離で覗いた。

「はははっ、なにをいうのかと思えば勘か…。君は面白いね…。…ちなみに君の勘はどれくらい当たるのかね?」

「…必ず当たります」

「ふむ…。なるほど…。それは困ったな…」

 彼は僕から離れて竜族の席にいくと、なにか指示をだしているようだった。配下達はすぐにさっきの女の人以外は全員部屋からでていった。

 なにをする気だ…。

「……」

 しばらくすると、部屋の扉が開き配下達は透明に光る山のような形の巨石を運び室内の中心に置いた。

「これは龍王石といって世界で最も硬い鉱石の一つだ。特にドワーフ国の竜王石は素晴らしいものが多くてね…。このくもりのない輝きは見事だと思わないかい?」

「…確かに綺麗ですけど、それが今回の件となにが関係あるんですか?」

 僕が問いかけると、彼はにっこりと笑いながら巨石に触れて答えた。

「なぜ竜王石なんて大げさな名前なのかというと、実は大げさでもなんでもなく名前の通り竜族の王…。つまり、本当に竜王になる為の儀式で使うんだ。そして、どんな儀式かというと…。見ておきたまえ…」

 彼は先程とは比べられないほどの巨大な赤いオーラを全身に広げ拳にそれを集中させた。そして、ひと呼吸置くと目にも止まらぬ速さで石を殴りつけた。

「…なっ!?」

 なっ、なんだ! こいつ…。なんで、急に石を殴ったんだ? …ん? いっ、石の色が!?

 男が殴りつけた箇所から巨石が段々と染まっていき半分以上黒くなった。そして、男は真っ赤に燃えるようなその拳を打ち込むと、会場全体が揺れて巨石はまるで夜のように真っ黒になった。

「…ふむ、このくらいの色になればいいだろう。…っとまあ、これが龍王石の面白い特徴でね。衝撃を加えれば吸収し黒く染まっていくんだ。これである程度の強さがわかるのだよ。…さて、次は君の番だ」

「俺の番っ!?」

「当たり前だろ? 君がいいだしたんだ…。君が強さを証明したら私も認めよう。さあ、龍王石も透明にもどった…。やりたまえ…」

 やるしかないようだな…。、ルア、力を貸してくれ。

 僕は蛇のように右腕に巻かれた鎖を外し体の状態を確認した。

 特に変化はなしか…。少しは期待したんだけどな。まあ、それでもやるしかないか…。

 僕は巨石の前までゆっくりと歩き、剣を抜いて集中して構えた。さっきの猛攻を受けてもその石にはヒビすらも入ってなかった。

 ここでやるなら高威力の闇の魔法を剣にエンチャントして叩き込むしかない。思い出せ…。あの時の感覚を…。

「……」

 僕は全ての属性魔法を一つずつ力の限りチャージしていき剣はドス黒くなっていった。

 あっ、あれ…。…なんだ? 視界がぼやけていく…。でも、なんか心地いい…。...まるで浮いてるみたいだ…。音も消えた…。そういえば初めてルアに教えてもらった時、とんでもない穴があいたんだよな…。もっと力をセーブ…。いや、無駄な力を外にださないよう溜め込むんだ…。よし、そろそろいいかな…。思いっきり振りきろう…。

 僕は全身全霊をかけて闇の力を巨石へ叩き込んだ。僕は振り終えてゆっくりと顔を上げると目を疑った。全く変化していないその現状に…。

「…あっ、あれ!? 色が一つも変わってない…」

 巨石は先程と変わらず傷一つなくキラキラと透明に輝いていた。

 …あたってなかった? 確かにあたった感触もなかった…。じゃあ、一体僕はなにをしていたんだ? まっ、まさか、空振りしたのか?

 しばらくすると会場中から僕をバカにしたような笑いがおき顔をふせた。

「……」

 そうか…。僕はしっ、失敗したんだ…。くそっ…。僕の負けだ…。

 力が抜け剣を落とすと、また更に笑い声が大きくなった。その瞬間、赤髪の男が言葉にもならない怒鳴り声をあげた。

「…らぅなぁぁああああ!」

 その男のあまりの怒号に皆の笑い声は消え、時が止まったような静寂が訪れた。

「……もっ、もう一度やらして下さい!」

「…その必要はない。全く…愚か者だな…」

 男はゆっくりと歩いていき僕を通り過ぎて巨石に触れた。すると、その巨石は真っ二つに割れて、上半分がズルズルと地面に落ちた。

「…なっ!?」

「まさか衝撃も与えずこんな事ができるなんてな…。皆も私も愚か者だ…。今、この場で神族の国の独立…認めよう…。…皆も認めるだろう?」

 男がゆっくりと手を叩くと、皆はただ黙って拍手し僕の方を見つめていた。

「…えっ?」

 …かっ、勝ったのか? 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る