第6話R

「…ここが始まりの村か……」

「…ん? なにかいった?」

「いや、なんでもない…。…っていうか、なんでまだフード被ってるの?」

 彼女は村の中に入っても汚らしいボロボロの茶色のフードを被っていた。僕はフードの穴から見える彼女の金髪を見ながら問いかけると、僕の耳元に手を当てて小さな声で話し出した。

「これは…。…まっ、まだ、他に敵がいるかもしれないでしょ!」

 まあ、襲われた後だし…用心深くなるのも当然か…。

「まぁ…確かにそうだね…。……でも…そろそろ…そのフード買い替えた方がいいんじゃない?」

 彼女は僕を雇うお金を持っていて、フードの下には立派な装備品がみえている。少なくともお金には困っているようには見えない。僕はフードの隙間からチラチラ見える赤色のズボンに刺さった高そうな短剣を見ていた。

「バカね…。高そうなフードを着てたら襲われるでしょ」

「いや…まぁ…そうだけど…」

「それにね…。…こんなボロボロのフードを着ているのには理由があるの」

「…理由?」

「…冒険中に襲われないためよ」

「……」

 …襲われてたよな……。

「襲われてたよなって顔してるわね…。あっ、あれはたまたまよ! それにね……!」

「……」

 彼女は僕の反応が面白くなかったようで、宝石のような緑色の瞳をギラギラとさせながら熱弁し初めた。どうやら、彼女なりの美学があるようだった。僕は彼女の声が段々と大きくなるにつれて、辺りの様子を伺いながら歩いた。


「…わかった!?」

「まぁ…なんとなく言いたいことはわかるんだけどさ…。その…言い辛いんだけど……」

「…なによ? 言いたいことがあるならはっきりいいなさいよ!」

「…フードを深く被ってるから前しか見えてないのかなと思うんだけど…。前だけじゃなくて周りも見たほうがいいというか…」

「…はぁ? どういう…」

「さっきから目立ってるんだよね……。そのボロボロのフード……」

「…えっ?」

 彼女はフードを被っているから前しか見えてないのだろう。気づいてないのかもしれないが、さっきから僕達の事を周りの人達が見ていてコソコソと噂話しているようだった。

「ほら…ちょうどそこに…」

「……」

 彼女は顔を真っ赤にして地団駄を踏みながら近くのお店にあったセール品の中から似たようなフードを鷲掴みにして購入していた。

「…これください……!」

「…おっ、お買い上げありがとうございました」


 彼女はせっかく店員さんが入れてくれた紙袋をあるきながらバリバリと破り、真新しい茶色いフードに着替えた。ここでも徹底して姿を見られないように新しいフードをわざわざ重ねて被ったあとにボロボロのフードを脱いだ。

「……」

 今…着なくても…。せっかく買ったのに…もう汚れてる……。

「ご忠告どうもありがとうございました…! これで文句はないですか!?」

「あっ、あのさ…。勘違いしてほしくないんだけど…確かにエンカウント率を下げる為なら君の言う通り、迷彩色のフードを着ていた方が正解だよ…。町中じゃ…逆効果になるだけだよって話で……」

「…ふんっ、わかってるならいいわよ……。………とっ、ところでエンカウント率ってなにかしら?」

「あぁ…ごめん…。つい…癖で…。エンカウント率ってのはモンスターとの遭遇する確率って意味で…」

「うん…」

「下げるっていうのは敵と遭遇しにくくするって意味だよ…。まぁ…敵と遭遇したくなければ事前に戦場の場所や状況に合わせて何度も着替えるんだ…」

「へぇ…」

 僕は昔やったとあるゲームの事を思い出しながら歩いていると足に鈍い衝撃が走った。下を見ると白猫が丸くなって寝ている看板が倒れていた。

「…っ!」

 僕は足を押さえるのを我慢し、看板を立て直してやせ我慢しながら彼女の方を向いた。

「…やっ、宿はここでいいかい?」

「ふふっ…。…前ぐらいは見たほうがいいんじゃない? …周りだけじゃなくて?」

「…ぐっ…! ご忠告ありがとう…。…肝に銘じておくよ。…それで…どうする?」

「…ここ?」

 待てよ…。多分宿屋だと思うけど…この看板…実はペットの宿屋とかじゃないよな…。

「…どっ、どうかな?」

「ちょっとボロいけど…。まあここでいいわ…」

 彼女がオッケーをだしたということは、一応宿屋なのだろう。一安心して中に入り部屋の様子をみると、安っぽい木で建築してある西部劇のバーみたいな雰囲気だった。

 

「…こんにちは〜……」

 宿に入って受付を覗くと、そこには誰もいなかった。その代わり、看板と同じような格好をして、猫みたいな可愛いモンスターが椅子の上に置いた丸型の座布団の上に丸くなり寝っころがっていた。

「…いないの?」

「みたい…。…少し待ってみよう」

 ドアについた鈴の音が聞こえていれば、しばらく待っていれば来るだろうと思っていたが、待っていても来る気配はなかった。前のめりになって下の方を見ても猫しか見えない。どうやら、店主は不在のようだった。

「…それ、鳴らしてみたら?」

「…これ?」

「うん…」

 受付用だと思われるカウンターには猫の形の呼び鈴が置かれていた。僕はそれを手に取って少し大きめに鳴らしてみた。

「…いないのかな?」

「…いらっしゃい……」

「……あれ?」

 …声が聞こえてきたよな……。…気のせい?

 僕がもう一度、呼鈴を鳴らそうとすると、また同じ声が聞こえてきた。

「鳴らさなくてもいるよ…」

「…あの…どこ…ですか?」

 僕が周りの様子を伺っていると、カウンターの影に隠れていた白猫が、ピョンっと目の前に現れて目があった。

「お客さん…こっち…」

「…ん?」

 聞き間違いじゃないよな……。

「…いらっしゃい……。…それで…泊まるのかい?」

「……ねっ、ねこがしゃべったぁあ!!」

 中途半端に現実感があると却ってたちが悪い。僕は心臓をバクバクとさせ、胸を押さえた。

「失礼なお客さんだね…」

「変な事言わないでよ! すいません…」

「いいんだよ…。猫族はここらへんじゃ珍しいしねぇ…。それに…わざわざ…こんなボロい宿に泊まりに来てくれたんだからねぇ…」

「……すいません」

 白猫はさっきの僕達の会話を聞いてたんだろう。彼女はバツが悪そうに下を向いて、僕の後ろに下がった。

「あっ、あごの下…ゴロゴロしてもいいですか?」

 白猫は尻尾を可愛らしくフリフリと揺らしていた。僕はそんな姿を見ていると口走ってしまい、わき腹を隣のエルフに肘でつつかれた。

「あなた、他の種族と出会うたびにそんなこといってるの!? ごめんなさい…」

「すっ、すいません…」

 …でも、でっかい猫だな…。モフモフしたいなぁ…。

 白猫はゆっくり背伸びをして、今度は丸いお皿の中で丸くなった。

「まぁ…いいよ…。それで…お客さん…一晩五千ギルだよ。二人別室なら一万ギル…。…どうする?」

「一部屋でいいわ…。はい、五千ギル…」

「……じゃあ、ここに名前書いて……」

 …うーん…適当でいいか……。

「……はい…」

「…変わった名前だね……。…おっと…失礼…。…怒んないでくれよ……。…えっと…ニ階の208号室だね……」

 僕が名前を書くと、猫型のキーホルダーが付いたカギがふわふわと浮かんできた。

 かわいい…。…このキーホルダーほしいな……。

 僕はカギを受け取るとギシギシなる階段を上がり部屋に入った。中は想像よりは綺麗で、安そうな木材を隠すようにところどころにシーツと絨毯が敷き詰められていた。



「…久しぶりに宿に泊まるよ……」

 …そういえば…旅行とか行けてなかったな……。

「…そうなの? 普段は野宿が多いのかしら?」

「…野宿って……。一応…室内だけど…戦場で寝泊まりかな……」

 大抵会社という戦場で寝泊まりだからな…。

「あなた…見かけによらずやっぱり強いのね…。部屋が与えられるなんて軍隊長レベルってこと?」

「…いや、大広間で寝てるだけだよ」

「なっ、なんだ。ただの一般兵か…」

「…ボディーガードやめる?」

 彼女はあからさまにがっかりしていた。彼女は少しうつむいた後に僕をジッーと見ていた。

「……いえ、あのゴブリンを倒したのなら相当強いはずよ。お願いするわ…。そういえば、自己紹介がまだだったわね…。私のことは……アリスって呼んで…。…あなたの名前は?」

「名前か…。名前は…」

 基本的にゲームをやるときは、ナナシかゴンベエか、面倒くさいクソゲーのときは、ああああなんだが…。…なににしよう? 本名は言いたくないけど…。やはり、ここはリアルの名前をいうべきか…。   

「…名乗れないってわけ?」

 アリスの耳が垂れている。若干不機嫌になったのだろう…。…というか可愛い。

「いや、そういう訳じゃなくて…。実は名前がないんだ…」

「…ごっ、ごめんなさい ……」

 アリスは僕の言葉を勘違いしてしまったようで表情を暗くしていた。僕はRPGゲームに当てはめて誤魔化すことにした。

「…ぼっ、僕の部族は新しい大陸に来ると名前を変えるんだよ……!」

「…変わった部族もいるのね……。…偽名ってこと?」

「…偽名とは少し違うけど……。二つ目の名前って感じかな…」

「ふ〜ん…。…ほんとの名前と同じじゃダメなの?」

「…うーん……。そういう人もいるけど…。僕は…違うというか…」

「…なるほどね…わかったわ! どうせカッコ良すぎる名前でもつけてるんでしょ?」

「いっ、いや…誰にも呼ばれないから適当な名前をつけてたんだ…」

「…へぇ…どんな名前つけてたの?」

「……ああああとか…」

 アリスは聞き間違えたと思ったのだろう。目をパチクリさせた後にベッドの上で固まったまま問いかけきた。

「ごめんなさい…。…もう一回いいかしら?」

「…ああああ……」

「……さっき…下で名前書いときなんて書いたの…?」

「……ああああ…」

「……」

 アリスは口を開けたまま絶句していた。僕はさっきよりも表情を暗くさせてしまった事に気付いて急いで軌道修正した。

「…そっ、そうだ! アリス、君が僕の名前をつけてよ」

「わっ、わたし!? …少し……。いえ…かなり…荷が重いんだけど……」

「まっ、まあ…ニックネームみたいな感じでいいからさ」

「…ん〜…困ったなぁ……」

「…まぁ…つけるの面倒くさかったら、ああああでもいいか…」

「わっ、わかったわよ! …じゃっ、じゃあ……。……アルとかだめかな?」

「アルか…。アル…。…いいね。それにするよ」

「…本当にいいの? その名前で?」

 この国に住んでいる彼女がつけてくれた名前なら変な名前じゃないはずだ。今後、名乗る事もあるし…。意外と良いものをもらったかもしれないな…。

「うん、ありがとう…」

「どういたしまして…。じゃあ、貴方の名前が決まった記念に今からパッーと……」

 彼女が立ち上がったと同時に僕はベッドに近づいて、サッと青色の毛布を抜き取り、少し狭いソファーに寝っ転がった。まぁまぁの寝心地だ。

「…悪いんだけど、疲れてるから先に俺は寝るよ。うーん…。あっちのソファーを使おうかな…。毛布一枚もらうよ。じゃ、お休み…」

「えっ、もう寝るの? …うん、お休み……。私は外でご飯食べてから寝るわ」 

 …ん? 電気も消したみたいだな…。さて、ここからがお楽しみタイムだ。

 冒険の素人ならこの後に甘い展開を期待しただろう。確かにそういう展開もある。だけど、それはゲームの話だ。…まぁ、仮にゲームでも、もう一つの展開が予想できる。サブイベントの発生だ。確かにこの世界の情報は欲しい。だが、イタズラにイベントを増やす気はない。最速クリアを目指す為には自分の現状を把握する必要がある。



「…どういうことなんだろう……」

 僕はステータス画面を開いて、次に裏スキルを確認した。ズラリと並んだスキルは青いステータス画面の中で不気味に光っていた。

「…うーん……」

 …どうもこのスキルには、常時発動タイプと任意発動タイプが存在する。メランコリーライフやインビジブルビジブル、マリシアウルネクスト、アンスキルフル…今はスキルフルか…これらは常時発動タイプだろう。

 


 

 


 

 

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