第12話 クリスマスと私の気持ち

「あー、雨、全然止まないねぇ……」


「雪になりませんかねぇ……」


「漫画ならホワイトクリスマスになる展開だろうね」


「そして雪の降る中、ケーキ片手にそぞろ歩いてフェードアウト、みたいな感じですかね」


「お、分かってきたね。成長したもんだ」


「それって成長なんですか……?」


「展開が予想出来るって事は、それだけ多くの素晴らしい物語に触れてきたって事さ。

 それはきっと心の糧に、長い人生の支えになると俺は思う」


「ゲームのコントローラー片手に爽やかな顔でクサい台詞を吐かないでください」


「いいじゃないか。あー、また負けた!つみき、格ゲー上手すぎだよ」


「星斗さんが弱いだけです。私、ゲームなんてここに来るまでやった事無かったんですよ?」


「これも修業の成果と言うべきか……」


「関係あります?」


「駆け引きや心理戦も出来るようになったって事は、身体だけじゃ無く心も強くなったって事さ。

 それはきっとこれから訪れる苦難を退ける強さになると俺は思う」


「ちょいちょい出てきますね。その格言みたいなクサい台詞」


「そういうの言いたくなる時ってあるよね」


「無いです。私、人生経験少ないですし」


「つみきはまだまだこれからだよ。人生を楽しめ。って事でそろそろ行こうか」


「はい。行きましょう」



 私達はゲーム機の電源を切り、家を出て車に乗り込んだ。

外出の準備はとっくに済んでいたのだが、止まない雨のせいで腰が重くなり、

ついゲームに夢中になってしまったのだ。

 時間は午後七時。

昼間のうちにケーキを予約したらしく、閉店までに行けばいいとはいえ、すっかり夜である。

ケーキに備えてお昼は軽くしてもらったのもあり、凄くお腹が空いている。


「雨も小降りになってきたし、ちょっと寄りたい所があるんだけど、いいかな?」


「はい、大丈夫ですよ」


 一体どこへ行くのだろう。

今日じゃなくてはいけないのだろうか。

正直、頭の中はケーキでいっぱいだ。

 ケーキの事を考えていると、車がどこかに止まった。


「ここなんだけどさ、ちょっと歩かない?」


 そこには画面の向こう側でしか見た事が無いようなイルミネーションがあった。

中央の公園にはライトアップされた噴水と、青と白の電飾が施された大きなクリスマスツリーがある。

その公園に通じる並木道の木も電球色の電飾に包まれ、それぞれがゆっくりと点滅していた。


「綺麗……」


「だろ?ここのイルミネーションは結構有名だからさ、見せたかったんだ」


 雨で濡れたタイルに電飾の灯りが幻想的に反射し、私達の足元を照らしていた。

どこからかオペラの様な荘厳で美しい曲が聴こえてくる。

私はケーキの事をすっかりと忘れ、目の前の光景に夢中になっていた。


「あの、写真撮ってもいいですか?」


「勿論さ。撮ってあげるよ」


「そうじゃなくて、一緒に……」


 星斗は少し困った顔をしたが、快諾してくれた。


「じゃ、はい、ウイスキー」


「え?ウイスキー?チーズじゃなくてですか?」


「チーズだと、口がタコみたいになるだろう?にっこり笑って撮るにはウイスキーが一番なんだよ」


「わかりました。じゃ、ウイスキー」


 ツリーをバックに一枚、噴水に腰掛けながら一枚、光の並木道でもう一枚。

合計三枚の記念写真が撮れた。


「フォースブックとかにアップしたらダメだよ」


「分かってますよ。SNSに顔出しするとか、そんな馬鹿じゃありません」


「いや、まぁ、色々終わったらアップしてくれてもいいけどね」


「いえ、見せる人もいないので止めておきます」


 実際、誰にも見せたくなかった。

 私は星斗の事が好きだ。

今、この場ではっきりと自覚した。

けど、星斗は私の事をどう思ってるか分からない。

だからこの写真は私だけの想い出。

私だけの宝物として大切に持っておこう。


「よし、じゃ、ケーキを取りに行って帰ろうか」


「ですね。ケーキが私を待ってます」


 笑いながら車に戻り、ケーキ屋に行って帰路についた。




 家に着くと、更なるサプライズが用意されていた。

なんと、昨日のうちに定番のフライドチキンを買っておいたらしい。

クリスマス当日は予約者しか買えないらしいのだが、前日なら何とかなると思って行ったとの事。

 これはもはや夢が叶ったと言って良いだろう。

目の前には二人で食べるには大きすぎるホールのショートケーキ。

真っ白な生クリームの上には可愛い苺がいっぱい乗っていて、切るのを憚られる。

 そしてレンジで温めた熱々のフライドチキン。

なにこの鼻孔をくすぐる香ばしいスパイスの香りは。

ジューシーな衣の中にほろほろと柔らかい肉が隠されていて、一口齧れば幸せになる事が見た目にも分かる。


 星斗はグラスにシャンパンの様なジュースを注ぎ、乾杯と言いグラスを差し向けた。

私の目はチキンに釘付けだったが、そのジュースの栓を嬉しそうに開ける星斗が妙にいじらしく、

乾杯に付き合う事にした。


「昔さ、この栓を開ける時に飛ばし過ぎて電球を割った事があってね、怒られたけど楽しかったなぁ」


「今も危なかったですよ。子供の時から変わってない証拠ですね」


「いや、角度は良かったんだ。イレギュラーな飛び方をしたこの栓が悪い」


 プラスチック製の栓を憎々しげに見つめる星斗。


「そうですね、次は上手く飛ばしましょう」


「だね。つみきの誕生日にでも」


「期待してます」


 私の誕生日か。

その時までこの家に居れるだろうか。

あの街に戻ったとして、ここに帰ってくる事を星斗は許してくれるだろうか。

この先も星斗と一緒に居れるだろうか。

 無理だと言われたらきっぱり諦めよう。

でも気持ちだけは伝えてケジメをつけたい。

あの街に戻る前に。

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