第7話 差し伸べられた手
目を覚まし、枕元のスマホで時間を確認すると、もう九時だった
やばい、学校に遅刻する。
急いで起き上がると、そこは私の部屋ではなく漫画だらけの妙な部屋だった。
昨日、家出した事を思い出す。
そうか、今日は学校に行かなくていいんだ。
それだけで途轍もなく安堵した。
リビングに行くと
匂いから察するに、ご飯と味噌汁だろう。
一般的には朝食の定番なのだろうが、私は食べた事が無い。
良くてコンビニ弁当、悪ければ無しだ。
「おはようございます……」
「おはよう。良く眠れたかい?」
「はい。ベッドが気持ち良くてすぐ寝ちゃいました」
「それは良かった。そうだ、仏壇に線香を立ててもらえるかな?そこの障子の部屋にあるんだ」
「分かりました」
私は蝋燭経由で二本の線香に火を点け、灰の中に立てた。
仏壇には一枚の写真があった。
そこには仲の良さそうな夫婦と、恐らく幼い頃の星斗が写っていた。
夫婦はお揃いの麦わら帽子、星斗は赤いキャップを被ってピースサインをしている。
後ろには綺麗な森と川、キャンプ用のテントが見える。
きっと夏の思い出の一枚なのだろう。
振り返ると、ご飯を茶碗によそう星斗の後ろ姿が見えた。
両親が亡くなってから、ずっと一人で朝食を作っていたのだろうか。
家族の思い出が詰まったこの広い家で、たった一人で。
なんだか胸がぎゅっと締め付けられる。
「ん、どうした?ご飯できたよ。食べよう」
「はい……」
なんで私は泣きそうになっているんだ。
温かい食事が久しぶりだから?
人に優しくされるのが久しぶりだから?
多分違う。
「昨日知りたがってたね。俺の目的について」
「あ、はい。ひひはいへふ」
平静を装いながら味噌汁を啜る。
なんて事無い、普通の豆腐とワカメの味噌汁だが、とてもホッとする味だ。
鮭のフレークをかけた炊きたてのご飯も美味しい。
少し辛めの野菜炒めが良いアクセントになっている。
話を聞きたいのは聞きたいのだが、箸が止まらない。
「ちゃんと飲み込んでからでいいから」
「すみません、美味しくてつい……」
「ありがとう。で、目的なんだけどね」
星斗は苦笑いしながら話を続けようとする。
だが、私の箸はもう止まらなかった。
「すみません、その話、食べ終わってからでいいですか?」
「君は見た目と行動のギャップが激しいな。勿論いいけども」
話す事を諦めたらしく、テレビの情報番組を見ながら笑っている。
悪い事をしてしまったかな。
でも本当に、こんな美味しい朝食は初めてなのだ。
誰にも怒鳴られず、殴られず、邪魔されず、穏やかに食事ができる。
こんな幸せってあるだろうか。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お粗末様。自炊歴の長さが役に立って良かったよ」
「これで話ができますね」
「それを君が言うか。まぁいい、話をしよう」
私をここに導いた目的がやっと聞ける。
「目的は一つ。虐待やイジメに苦しむ子供を救いたかった。それだけだ」
「……え?それで?」
「本当にそれだけ」
私は絶句した。
「ただ、君の選択次第では、目的が増える事になる」
「選択?」
「そう。君は昨日までの地獄の様な生活を続けたいか、抜け出したいか、だ」
そんなの抜け出したいに決まってる。
でもそれが出来ないから死ぬ事まで考えたんじゃないか。
「家に帰るか、残るかって事ですか?」
「そう言い換えてもいい。どちらも君の自由だ」
「帰りたく……無いです」
もうあんな生活はうんざりだ。
「そうか。ならもう一つの選択だ。君は強くなりたいか、このままでいいか」
強く……。
どういう意味だろう。
考えていると、星斗が真剣な顔で話し始めた。
「無駄に歳をとっただけの力が強い大人に、集団で弱者をいたぶる汚い子供に、
そんな奴らに虐げられっぱなしでいいのか?自由を勝ち取ろうとは思わないのか?」
「そんな簡単に言わないでください!」
星斗の責め立てるような言葉が心に刺さった。
虐げられる。
それでいい、それが私の人生なんだと思っていた。
そう思うしか無かった。
でも、出来る事なら普通に生きたい。
普通の家で、普通の学校で、普通の友達と。
別に毎日を楽しく過ごしたい、なんて思ってない。
辛い受験が待ってるかもしれない。
好きな人に振られて死にたくなるかもしれない。
就職難でどこの会社にも入れないかもしれない。
それでもきっと、今よりはマシだ。
とにかく理不尽な事にだけは負けたくない。
「これは強制じゃ無い。提案だ。このままこの家で生活してもいい。学校には行けないが、
生きるのに必要な資格の取り方くらいは教えてあげられる」
「もう一つは……強くなり、復讐をする事だ」
復讐……。
復讐したい。
今まで私に生き地獄を与え続けた奴らに、私自身の手で制裁を加えたい。
負けっぱなしはもう嫌だ。
堪え切れない涙がとめどなく溢れる。
「復讐……したいです。その先に何があっても、無くてもいい。やり返したい……」
「俺は、自分の大切な何かを奪われて、それでいいと思ってる人間に差し伸べる手は持ち合わせてない。
だが、君が自分の意志で復讐を考えるなら、俺が全力で強くする」
「悔しかった……辛かった……こんな事で死にたくない。生きたいよ……」
星斗が右手を差し伸べてきた。
「任せろ。絶対死なせない。改めてよろしくな、つみき」
「はい……星斗さん」
私はその右手をそっと握った。
生まれて初めての嬉し涙だったと思う。
悔しさや憤り、悲哀の感情もあったが、確かに嬉しかった。
星斗の力強い言葉が、私の飛散していた心を押し固めてくれた。
私は私の世界の理不尽に負けない。
必ず強くなってあの街に戻る。
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