第6話 罪を背負った鬼の子
肩を揺すられる感覚で目を覚ました。
「着いたよ。凄い寝てたね」
咄嗟に身構える。
が、そこには苦笑いをして困っている男がいるだけだった。
「すみません、寝ぼけてたみたいです」
嘘だった。
学校で、休み時間中に居眠りをすると必ずと言っていい程、殴り起こされた。
私の机を囲み、四方から罵声と共に攻撃される。
その時の自分を守る癖がつい出てしまったのだ。
人に起こされると出るこの癖は当分治らないだろう。
「ここが俺の家。誰もいないから気兼ねしなくていいよ」
誰もいない方が危険な気がするんだけど……。
見た目はどこにでもある普通の一軒家。
車庫から玄関までスロープがあり、少しお洒落な感じがする。
私はすぐ警察に連絡できるようスマホをこっそりいじり、警戒しながらついて行った。
玄関を開けると、ふわっと線香の香りがした。
昔に行ったおばあちゃんちがこんな匂いだったな。
線香には、自分の部屋じゃないのに何故か落ち着く不思議な作用があるのかもしれない。
「ここがリビング、向こうがトイレでその奥が風呂場。
階段を上がると三部屋あって、大体が俺の趣味の部屋だね」
「ここに一人で住んでるんですか?」
「そうだよ。両親がいなくてね。訪ねてくるのも宅配便と古い友人が一人くらいかな」
どんな事情があるのか分からないから聞かないが、両親がいない事が少し羨ましかった。
私も両親がいなければ別の人生があったかもしれない。
そう思うと、少しだけ黒い気持ちになった。
「なんか、寂しいですね」
「そりゃ寂しいさ。でももう慣れたよ。今じゃ気楽なもんさ」
「羨ましいです。一人で気ままに生活できるなんて」
「君だって手に入れられるはずだよ。大丈夫」
私の嫌味は軽々と流され、男はキッチンから飲み物を持ってきた。
「乾杯しようか。今日は君が自分で行動して自由を掴んだ一日なんだ」
「はい……」
そんな気分では無かったが、喉はカラカラに渇いている。
グラスを受け取り、ジュースを飲み干した。
男も笑いながらジュースを飲んでいる。
目まぐるしく一日が過ぎた為に、男の顔を今まで見ていなかった。
切れ長の目に整った眉。
真っ黒な髪の毛は真っ直ぐで、私と似てるなと思った。
線が細くて色白の頼りなさそうなモヤシ。
そんな印象だったが、相手はあくまで男性。
油断してはいけない。
「さて、まずは自己紹介でもしようか」
「名前とかですか?」
「そうだね。俺は
住所不定では無いが、無職……。
ますます油断ならない。
「私は
「いいね。俺も本はなんでも読むよ。ビジネス書から漫画まで」
「私はあんまり漫画は読まないですね」
「漫画はいいぞ。人生で大切な事は全て漫画に教えられたと言っても過言じゃない」
働く事は教わらなかったのだろうか。
星斗は笑いながらいくつか漫画のタイトルを言っていた。
私が言った小説も知っていて少し嬉しかった。
「つみきだからユーザー名が
「他人に不快感を持たせる私は罪深くて、鬼の様な親の子だから、って所ですかね」
「罪深い鬼の子か。それで一本読み切りが描けそうだなぁ」
星斗は顎に手をやり、真剣な顔で考え始めた。
なんだか馬鹿にされたようで少しムッとする。
「
「えっ、ダメかな?天罰を逆にしてバッテンで、ヒーロー感を出す為にマンを付けたんだけど」
「厨二臭いです」
「そりゃお互い様。でも本当の中二に言われるって事は相当厨二だったのか……」
少しショックを受けたようだった。
してやったり、と思いながら自分のグラスにジュースを注ぐ。
他にも色々な事を聞かれた。
髪の一部が白い事、足の痣と顔の傷の事、家や学校での生活の事。
その合間に、好きな食べ物やよく見るサイト、初恋の話などがあったのでそこまで嫌な気分にならずに済んだ。
「そうだ、君が寝る場所を作らなきゃいけないな」
「おかまいなく。私はそこら辺で雑魚寝でも大丈夫です」
「いいや、一日の疲れは風呂と睡眠で回復する。という事でまずは風呂だな」
バスタオルと歯ブラシ、着替えにとTシャツとスウェットまで持たされ、風呂場に行かされた。
家に帰る途中に格安ディスカウントストアで買っておいたらしく、どれも新品だ。
どうやら星斗は結構マメな性格らしい。
私は警戒しながらも、お風呂を使わせてもらう事にした。
幸い盗撮してそうな箇所は無い。
恐らく、だが。
湯舟に浸かるのは久しぶりな気がする。
家ではいつもシャワーだけだった。
それも長く入っていると父が怒るから早めに切り上げないといけない。
熱いお湯に浸かるのがこんなに気持ち良かったなんて。
それにしても、どうしてこんな良くしてくれるのだろう。
絶対に何か目的が有るはずだ。
さっき話をした時には、それを上手く探れなかった。
お風呂を出たら聞いてみよう。
歯を磨き、着替えを済ませてリビングに戻ると、星斗は額に汗をかきながら水を飲んでいた。
「部屋の掃除に手間取ってね。以前両親が使っていたベッドを使ってくれ」
「ありがとうございます。何から何まですみません」
「気にしないでくれ。じゃあそろそろ寝ようか」
そう言って星斗が二階に上がろうとした時、思い切って聞いてみた。
「あの、なんでこんな事をしてくれるんですか?」
「こんな事?」
「二十万円も振り込んでくれたり、家出に協力してくれた今日の事、全部です。何か目的があるはずです」
「目的か。そうだな、明日話そう。ちゃんと答えるよ。全部ね」
結局何も聞き出せなかった。
一体何が目的なのか。
話すと言っていたからには、やはり目的があるのだろう。
まぁ明日聞けるんだから今日は寝ておこう。
割り当てられたのは漫画だらけの妙な部屋だった。
四面ある壁の内、三面のほとんどが漫画で埋め尽くされている。
「何冊あるんだろう、これ……」
呆れながらも、いつもいた図書室を思い出して嬉しかった。
きちんと本棚に収められた背表紙を眺めながら電気を消す。
スマホをいじり、警察への直通電話画面を取り消した。
「多分、そんな悪い人じゃ無い……気がする」
ふかふかのベッドは、いやが上にも眠気を増幅させて私を夢の中へ誘っていった。
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