第3話
「お邪魔します」
「どーぞ。ちゃんときれいに掃除したよ?」
「うん、合格点」
合格点どころか満点だった。
隅々まで掃除された部屋。
きれいに整頓された机の上。
本がびっしり入った本棚と。
…中身が気になるクローゼット。
「ところで、クローゼット開けていい?」
「エロ本は入ってないけど、それでもいいならどうぞ?」
「入ってないならいいや」
残念。年頃男子、こんなものか。
ちょこんと、用意してくれたクッションの上に腰を下ろすと、めんどくさくなって寝転がった。
「寝転ぶなら布団使っていいよ?ちゃんと洗濯したし」
「んーん、だいじょーぶだよ」
フローリングはカーペット引いてたってそれなりに痛いけど。
机の下にいた豚さんのぬいぐるみを抱きしめると、愛玖くんの匂いがした。
「愛玖くん」
「ん?」
「ぷりーずすまほ」
「女の子と連絡取ってないけどね?」
と言いつつも私をベットに運んでスマホを渡してくれる。
豚さんは手放してしまった。
そうした後、愛玖くんは私の背中に回って私を抱き枕みたいにして寝転がった。
「女の子と連絡取ってないの?」
「とらないよ。寧伊だけだし」
「ふーん。いい子だね」
とは言いつつも、スマホのロックを解いて、メッセージアプリを開く。
「本当に女の子いないね」
「うん、いないよ。寧伊、不安にさせたくないもん」
「もー…好き」
私は振り返って、愛玖くんの胸に埋まる。
さっきの豚さんより愛玖くんの匂いがする。
「たまに素直になったと思ったら、変に積極的だよね」
「んー」
あー、落ち着く匂い。
めちゃ眠くなる。
「ん?寧伊はお眠かな?」
「最近、寝付けなくて全然寝れてないから」
「じゃあ寝れるときに寝とかなきゃ」
そんなことしたら、愛玖くんと一緒にいる時間がもったいない気がする。
それでも寝てない分、眠気はちゃんとやってくる。
「今日は夜ご飯まで食べてく?」
「ん…」
「じゃあゆっくり寝な?
起きてからもいっぱい話せるから」
愛玖くんは私をギュッと抱き寄せる。
やば…お布団かぶってるみたい。
負荷が眠気を誘って。
3秒後には意識を手放していた。
* * *
好きな人、とか、ついこの前までの私には無縁な存在だと思ってた。
恋とか愛とかってなんだし、ってずっと思ってた。
それでも、この夏元愛玖(なつもとめぐ)のことを好きになってしまった。私は。
何回も倒れて、そのたびに反省して、なのにまた同じことを繰り返す私を、両親はどんどん気にしなくなっていった。
当たり前だ、言うこと聞かないんだもん。
私が親だったとしても、そうすると思う。
長期入院になった時、数度ほどしか来てくれなかった両親に比べて…まぁ、お父さんはハナからくる気もなかったみたいだけど。
この夏元愛玖と言う男は、去年クラスが同じだったからと言うだけで何度も来てくれて、毎日学校や部活の話をしてくれて。
授業の内容を教えてくれた。
部活が忙しい時も、面会終了まであと十分もあるよ、なんて言って病院まで走ってきてくれるのだ。
休みの日は、私が寂しくならないようにって、出来る限りずっといてくれた。
当人曰く、「下心しかなかったよ」とは言っていたものの、それでもその優しさは私の心に響いて。
あぁ、こいつはなんてタラシだ。
今はそんなに無茶をすることもなくなって。
たまにはするけど。
それはどうしても、彼の隣にいたいからで。
当初の目的、忘れてしまってるな、なんて、よく思う。
ただ、この幸せに浸る時間だって私には必要になってしまった。
スマホを見るなんて、ちょっと重たい行為も受け止めてくれる彼なんて、あんまりいないよね。
「ん…お姫様、お目覚めですか?」
…バレた。
ちょっとジーって見てただけなのに。
愛玖くんも寝てたから、見つめとくチャンスだと思ったのにな。
「…お目覚め、です」
「ん」
愛玖くんにっこり笑って私の髪を撫でる。
反対の手で、スマホを取るとチラッと画面を見てスマホを置いた。
「もう2時だよ〜…お昼ご飯食べ損ねた」
「お腹空いてないよ?」
「寧伊は食べなさすぎだよ。朝晩だけで、俺は生きていけないなぁ」
「でも、いっぱい食べてるよ?」
「そーだけどさ?太りやすい生活してるね。
おばさんになった時大変だよ」
「太りにくい体質のまま生きていきたいものだよ」
愛玖くんはもぞりと起き上がって、ふわっと笑う。
「寧伊ちゃん、寧伊ちゃん。甘やかしてあげる」
「十分甘やかされてるよ?」
「特別に抱きしめてあげます」
「さっきもしてたよ」
とは言いつつも、広げられた腕に飛び込む私。
好きすぎかもしれない。
「寧伊いい匂い」
「そうでしょ」
「うん、甘い匂いがする」
「愛玖くんもいい匂いするよ」
「ほんと?嬉しい」
耳元で聞こえる愛玖くんの声がくすぐったい。
いっそこのまま時間が止まっちゃえばいいのに。
こんな幸せで、将来誰かに恨まれたりしないだろうか。
呪われるかもね。
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