第2話
目を開けると、タイルが埋め込まれた真っ白な天井と、医薬品の匂いがした。
霞む目を擦ろうと、手を動かすと、カチャリ、と何かの感覚がした。邪魔な、何か。
点滴だった。
ここは、多分…いや、絶対。
家から1番近くにある大きな病院。
もう、何回目だろ。
この光景に慣れてしまった自分がアホらしい。
この部屋で目を覚ますのはもう、日常だ。
慣れた手つきで点滴のついていない右腕を上げると、ナースコールを押す。
窓際のいつもの景色が見える、いつもの部屋。
今日は割と雲が多いけど、晴れているらしい。
雨が降るって言われたら、あー…そうなるかも知れないなー、くらいの。そんな感じの。
「寧伊(ねい)ちゃん、目は覚めた?」
目が覚めてなかったら、誰がナースコールを押したんだろうか。
もう少し、かける言葉はどうにかした方がいいように思う。
そんな私の気持ちは伝わるはずもなく。シャーっとカーテンを開けたいつもの看護師さんに言葉を返す。
「はい」
「どこか痛いところとか?」
「ないです。いつも通り」
思いの外、声がかすれてる。
長い間、寝ていたみたいだった。
「何があったか、わかる?」
「ちょっと。走っちゃいました」
「そうなの。
そろそろ気を付けないと、大事になったら大変だからね」
「気を付けます」
看護師さんはいつも通りに私に笑いかける。
私も微笑んだ。
私もこの人も、このやり取りに慣れてしまった節はある。
看護師さんは、検査の準備のために、病室を出て行った。
とたん、表情筋が楽をしてきっと今は無表情。
私も、反省してないわけじゃないのだ。
喘息を患っている身で、走るだなんて馬鹿げてる。
そんなの、バカな私だってわかる。
保育園の時から、そんなことはわかっていたのだ。
ただ、自由に走れるって、いいなって、思ってしまっただけだ。
一度思ってしまうと、人間はそれを達成するまでそれに囚われ続けるし、自分の力を過信するようになってしまう。
案外、走れるんじゃないか、と。
「寧伊」
開いたカーテンから、部屋に入ってきた人の姿が見えた。
お母さん…ではなかった。
「愛玖(めぐ)くん」
俗に言う、彼氏ってやつだ。
気持ち悪いくらいかっこいい。
ただ、学校では私にべったりすぎて1ミリもモテない。残念系男子ってやつだ。
「今日は、起きるの早かったね?」
制服なところを見ると、学校終わりのようだ。
部活も休んできたっぽい。
行ってきたらよかったのに、もう、何回目って感じでしょ。
「そうなの?」
「うん、まだ3時間くらい」
思っていたより短かった。
「そっか、学校休まなくて済みそうだね」
愛玖くんは私の顔を見て苦笑いする。
私の座るベッドに近づくと、私の茶色い髪を撫でた。
「心配させないでよ。
もう慣れちゃって119押すスピード、早くなった」
「これからもっと早くなるよ」
「…さてはお主、反省してないな?」
「何故わかった?」
「こーら、認めんなよ」
愛玖くんは私の頭を小突くと、鞄の中からコンビニの袋を出した。
「ほら、お見舞い。寧伊の好きなクッキー」
「毎回毎回、いいのに」
「コンビニ寄るくせついちゃったから。
寧伊、いっつもお腹すいてるし。
痩せすぎだからカロリー取ろ」
「痩せてるつもりはないけどね。
筋肉がないんだよ」
「運ぶときは軽くてありがたいけど、人混みとか軸なくてすぐいなくなるから」
「祭りの時くらいしか人混みなんかないよ」
とかいいつつ、私はコンビニの袋を受け取る。
美味しいんだよこれ。食べたい。
「さ、お姫様。
今週末のデート、どうします?」
「どうします?とはいかに?」
「行く?それとも、家で休む?」
「んー…愛玖くんの家でダラダラする」
「お、まじ?やば、片付けるわ」
「うん、エロ本はクローゼットの中がいいな」
「そんなのないから」
「えー、ないの?年頃だよ?」
「俺には寧伊がいるけど?」
「…」
…普通にテレてしまった。
「可愛い」
顔を赤くする私を見て、ご満悦な愛玖くん。
「よし。俺帰るわ」
「うん。また明日」
「じゃあな、ちゃんと迎えに行くから」
「わかった」
愛玖くんは滞在時間5分くらいですぐに帰って行った。
多分このあと走って学校に戻るんだろうな。
部活、しに。真面目だから。
真面目すぎだけど。
いつも通りだった。
今日もいつも通り、愛玖くんは笑ってくれていた。
ほんとに。神様か、仏様か。愛玖くんはそう言う類なんだと思う。
だって、私がどんな無茶しようったって、わがまま言ったって、怒らないし、否定しない。
ただニコニコ笑って…私なんかで、よかったのだろうか。
…ネガティブすぎな。最近、酷いわ。
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