召喚失敗勇者とシーレンベック伯爵
「あの場所は――恐らく私の実家である伯爵家の本宅がある場所でしょう」
「え!? 本当に!」
「……ええ、間違いないでしょう」
ビュー君の手から血が滴り落ちるのが見える。
あまりの事に手に力を入れすぎてしまっているのか、たぶん掌に指が食い込んでいる。
ラルスさんは一瞬そのまま屋敷に駆け寄ろうとしたのか一歩進んだが、今の状況を思い出したのか踏みとどまっている。
「アカリ様どういたしましょうか」
「ど、どうって、何をどうするの」
「アカリ様、ビューが申しているのはくだんの件にシーレンベック家が関わっていたことの事を申しているのです」
パーラー君が補足してくれたけど、伯爵家の事に私が口を出していいのかよくわからない。
それに、もしかしたら本当は違う所から煙が上がっている可能性もあるし、まずはその確認をしないといけないけど、奴隷商人の屋敷に踏み込む部隊の支援もしないといけないし。
「とりあえずは状況確認と魔導騎士団の援護に向かう人員を決めます。ビュー君とラルスさんは煙の出所が本当に伯爵家か確認を、残りは私と一緒にゲルメヌトの捕縛の為に奴隷商人の館へ向かいます」
「感謝します」
「二人とも確認だけですからね」
「わかっております。ラルス行くぞ」
私が指示を出すと、ビュー君とラルスさんは五本目の煙の場所へと駆けだしていった。
一応釘を刺しておいたから大丈夫だと思うけど、今はこれ以上やってあげることが出来ないのよね。
「それでは我々はゲルメヌトの捕獲に参りましょうか」
「そうだね。早く行ってあげないと色々と面倒な事になっているといけないしね」
そして私達は、ゲルメヌトを捕まえるために奴隷商人の館へ急いで向かう。
時間は少し遡り、アカリが大量の煙を地下から送り込んだ直後。
ゲルメヌトは奴隷商人の館にある地下の隠し部屋にある貴賓室に居た。
彼がいる貴賓室は、主にシーレンベック伯爵か他領の貴族などがいろいろ楽しむために用意されている部屋で、部屋内には豪勢な調度品が飾られていた。
その豪勢な部屋で一段と目を引く巨大なベットには、でっぷりと太ったゲルメヌトの横に奴隷と思われる年若い女性二人が眠っていた――全員全裸で何をしていたのかは予想することは難しくないだろう。
彼らが居る貴賓室には扉が二つあり、一つは地下通路へと続く廊下へ繋がる扉でもう一つは館の隠し通路への道へと繋がっているが、この部屋の扉はどちらも内側からカギがかけられていた。
そしてアカリが魔法を使い煙を突風で地下通路へと流し込んだ瞬間、地下通路へとつながる扉がバキッと物凄い音と共に吹き飛び、室内は一瞬で煙を真っ白な煙に包まれた。
「んあ――な、なんだこれは! ……か、火事か」
見た目ずぶとそうなゲルメヌトと言えども、流石に扉が吹き飛ぶ音に目を覚まし辺り一面の真っ白な煙に火事と思い込んだようだ。
ゲルメヌトと共に寝ていた女性も同時に目を覚まし、目の前の状況に悲鳴を上げるがベットから降りることはせず、二人で抱き合い嗚咽を漏らしている。
彼女たち奴隷は主人の命令に反したことをすることが出来ず、もし破れば体を動かすことが難しくなりそれでも破ろうとした場合は、全身に耐えがたい激痛が走るのだ。
そのため、現在の主人であるゲルメヌトとがベットから降りるなと言う命令に従わざるを得ず、彼がその命令を解いてくれるのを震えながら待っている。
「くそ、一体なぜこんなことに! 館へ向かうぞ、付いてこい!」
「「は、はい」」
地下通路の方からは段々と濃い煙が侵入してきており、流石のゲルメヌトも匿ってもらっているといえこのままでは命の危険がある為非難するようだ。
流石に避難するにしても三人共全裸であったし、未だ危険な水準まで煙が来ていないように思えたゲルメヌトはガウンを羽織り、女性達にも同様の服を着るように指示をして吹き飛んでいない扉の方へと向かって行った。
ゲルメヌトと一緒にいた女性の一人に前を歩かせ、もう一人を自分の後ろを歩かせる。
万が一刺客が現れた時の壁にする為である。
本館へと続く扉を開くが、そこは薄っすらと足元が見える程度明かりがついているだけであまり見通しは良くなかった。
そもそも本館の隠し扉につながっているのだから明かりが漏れない程度しか付いていないのは仕方のない事なのだ。
「さっさと行かないか! いつまでもここが安全とは限らないんだぞ! 」
しかし、いまのゲルメヌトにとってはイライラするには十分な状況だった。
今は薄っすらとした煙しか来ていないが、今以上に煙が入ってきたら呼吸もすることが出来なくなり生きてはいられないと思ったからだ。
叱りつけられた女性はびくびくしながらも懸命に通路を歩き、本館内部へとつながる扉までたどり着き――彼女が扉を開けようとしたのをゲルメヌトが止めに入る。
「開けるな。何か聞こえる」
ゲルメヌトは耳を澄ませ扉の外の音を聞き取ろうとすると、遠くの方からあまりよろしくない声が聞こえてきた。
激しく何かを壊すような音や人の悲鳴のような物が扉の外から聞こえて来ていたのだ。
「くそ! 何だってこんなことに」
ゲルメヌトはイラつきながら今の現状を再確認する。
地下からは爆風と共に煙が侵入して来ているし、本館では恐らく本日この街に来た魔導騎士団が恐らく俺を探しに来ているのだろう。
このまま進めば魔導騎士団と鉢合わせすることになるだろうし、もし地下に戻れば煙に巻かれる恐れがある――そう言えばあの地下通路は……。
「おい戻るぞ! 」
何か思いついたゲルメヌトは、先程とは逆に後ろについて来ていた女性を先頭に来た道を戻り地下通路へと向かい歩いていく。
ゲルメヌトが煙に気が付いた時と同時刻。
魔導騎士団を率いているベロニカは奴隷商人の館を遠巻きに包囲していた。
「ここまで混乱が凄いとは」
「そうですね。まあ、火災となれば誰しもが慌てる者ですがここまでとは」
アカリが使った魔法で一部の窓や扉などが破損し、そこから煙がモクモクと立ち込めている。
しかしベロニカたちが言っていることはその事ではなく、その状況に乗じた暴動のような状況に付いてだった。
「あれってやっぱり奴隷の暴走かな?」
「でしょうね。作戦では本物の煙は使わないと言われておりましたので、あの火の手は内部の物の犯行でしょう」
奴隷商の館は今まさに、本当の火災が発生しているのだ。
そして、それに乗じて物を破損させるような物音や人々の怒声が建物から響き渡る。
「どうします? この状況であれば火災で奴隷たちが暴走していることを名目として突入することも可能かと」
「アカリ様の作戦では慌てふためいて建物から出てくるゲルメヌトを捕縛するか、アカリ様達が合流してから混乱に乗じて突入する予定でしたが……っ!」
その時、絹を裂くような悲鳴が辺りに響き渡った。
「ベロニカ様突入しましょう! このままでは!」
「っく。仕方ありません突入――っキャ!」
「ベロニカさん、今の叫びはなんですか!?」
ベロニカが突入の指示を出そうとした時、背後から猛スピードで走ってきたアカリが強風と共に現れたのだ。
「あ、アカリ様。状況は詳しくわかっておりませんが、恐らく奴隷達が何かしているのかと思われます」
「え? 奴隷って主人に対してそう言ったことできないはずですよね?」
「そうです。しかし、命令されていなければ自分の主人以外には危害を加えることが出来てしまうのです。そしてあの規模の奴隷商ですと本人だけでは管理できませんので使用人など複数人が主人になっていると思われます」
「何てこと! 私は先行しますので、ベロニカさん達も続いて突入してください!」
「わかりまし――早い!」
アカリはベロニカにそう言うと全力で館へと突入していった。
奴隷は主人には危害を加えることが出来ない、主人の命令にも逆らう事は出来ない……ただし、命令されてさえ居なければそのことが可能である。
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