召喚失敗勇者と共闘

 マルセロと見知らぬもう一人の後に付いて部屋に入ると、そこは小さな四人掛けのテーブルがあるだけの小さな部屋だった。

 机の上には金属製の小さな置物のような物があるだけで、何の変哲もない部屋だ。


 マルセロは自然な動きでその置物に触ると、酒場の喧騒が一切聞こえなくなった。

 驚いくビューをマルセロはしてやったりといった表情を浮かべていた。


「驚いたかな? これは魔道具になっていてね、この部屋と外の音を遮断するんだよ。ここなら聞き耳を立てられる心配も無いから安心していいよ」


「そうなんですか……なぜそんなものがここに?」


「ああ、これは主人の趣味だよ。ここは普通の酒場だけど、デートで使う人も居るからね。そう言った人が気兼ねなく使えるようにって付けたらしいよ? かわってるよね」


 変わって居るでは済まないと思うのだが……魔道具と言うだけで金貨が飛んでいくレベルなのに、いくら小部屋用とはいえ盗聴防止用の物であればかなりの金額がするはずだ。

 まあ、このクラスの宿なら貴族が泊まることがあるだろうから持っていても不思議ではないが、それをこんな酒場の一室に使うとは……道楽にもほどがあるのだが、だからこそ兄はこの店の常連になっているのかもしれない。


「そんなことはいいから掛けなよ。もう少ししたら親父さんが持ってきてくれるから、それから話をしようか」


「あ、ああ……そう言えば兄さん、その人は誰なんだい?」


「ああ、こいつは俺の飲み友達でもあり部下でもあるラルスだ。今はこんななりをしているけど衛兵をしているんだよ?」


「こんなのとは相変わらずだな。初めましてビューディン様、私はガイの街の衛兵をしておりますラルスと申します。マルセロ様の情報収集担当をしております」


「あ、そんな堅苦しい言葉遣いはしなく他大丈夫ですので」


「そうかい? いやーそう言ってもらえると助かるわ。仕事柄そう言った話し方は勉強はしているんだけど、やっぱり堅苦しい言葉遣いは疲れちゃうから」


 兄とフランクに話しているのでそんな言葉遣いしなくていいといったんだけど……崩れ過ぎじゃないか? まあ、許可したのは俺なんだが。


 そんな話をしていると扉がドンドンとノックされた。

 魔道具で静寂を保っていた部屋なはずなのに、何故か扉を叩く大きな音がして一瞬ビクッっとなってしまったが、対面に座る二人は特に気にした用はなくラルスが扉開けると、酒場の主人が手に皿とコップを持って立っていた。


「ほれ、これはいつものと、お前さんは席の残していたもんを持ってきておいたぞ」


「親父さんお手数かけます」

「おやっさんありがとう! 」


「まあ、ゆっくりしていけや」


 主人は手に持っていた物を置くとすぐに出て行ってしまった。

 テーブルにはコーヒーの入ったカップとサンドイッチ、それにラルスが飲んでいたらしき木のジョッキに肉の乗った皿が置いてある。


「それじゃあ食べながら話そうか」


「そうですね……どこから話せばいいのか」


「それじゃあ俺が知っていることから。まず今日の夕刻に魔導騎士団一段ともう一団が街に入ってきたのは知っている。で、もう一団と言うのは弟君立ちであっているのかい?」


「ええ、それで間違いありません。正確には、勇者であるアカリ様とそのお供取った感じですが」


「なに!勇者様ですか! 勇者様がこの街にきたって事は悪魔でも見つかったんですか!?」

 

 勇者という言葉に飲もうとしていたジョッキを机に叩きつけ、身を乗り出して俺に迫ってくる。


「い、いやそうじゃない。この街に違法奴隷の組織があるといううわさがあって、それの調査にやってきたんだ。その組織には魔法に精通した者がいるらしいので、魔導騎士団だけではなくアカリ様も一緒に来ていただいたんだ」


 ラルスはなるほどとしばらく考え、ぼそりと小さく呟く。


「ゲルメヌトか」


「な! 」


 その言葉にビューは驚き声を漏らしてしまい、ラルスを見るとにやりとした表情を浮かべビューを見る。


「なるほど。ゲルメヌトが一員なのか協力者なのかわからないが、関わり合いがある事がわかってそれを追って来たってわけか。そうなると……目的地はあの奴隷商人の家か……厄介だな」


「流石だなラルス、弟が漏らした言葉だけでそれを推測するなんて」


「からかうんじゃねぇよ。たまたまゲルメヌトが街に入ったことを知っていたのと、奴が裏で奴隷商と仲良くしているのを知っていただけだ。しかしな……あそこは中々厄介なところだぞ」


「何がやっかいなのでしょうか?」


「あの奴隷商やり手なのか中々儲かっているみたいでな、結構な人数の傭兵を雇ってたりするんだ。それに、犯罪奴隷は基本的にゴロツキの奴が多いから、それなりに戦える奴もいると思うから中々攻めるには戦力がいるな。それに……うわさでしか聞いたことないが、秘密の抜け道みたいなのがあるらしい」


  そんなものがあるのなら表で騒ぎを起こしたら逃走される恐れがあるし、追って行った場合に何かしらの罠がある可能性がある。


「それはどこにつながっているんですか 」


「詳しい事はしらねぇが、おそらく奴が持っている別の建物につながっていると思う。一応詰所に戻れば詳しい事はわかるがどうする?」


「お願いします。それと、周辺で人ずっと住んでないような空き家が無いかもお願いします」


「わかった。それは後から調べておくよ。それでマルセロ、衛兵隊はどうする?」


「それなんだが、弟が父に頼んだらしいのだが……断られてしまったみたいでね。この街の兵を動かすことは出来ないんだ」


「なんだそれは! なんで領主が犯罪者を取り締まらないんだよ! 」


 ラルスが怒りを露にして机をたたくが、領主である父が兵を動かさないといった以上兄や俺ではどうする事も出来ない。

 兄の方に視線を向けると困ったような表情を浮かべるが、兄は未だ領主ではないのでどうする事も出来ないのだ。


「ラルス。だからこそうらで動く必要があるんだよ。それにこれは好機でもあるんだ。ここで勇者様や魔導騎士団に私が協力しておけば、領主が動かなくてもその息子である私が動けばそこまで問題は大きくならないだろう。父が躊躇っているのはゲルメヌトが実際に罪を犯しているか確信が無いからじゃないかな? もし罪を犯していないのに捕縛してしまえは後々教会から問題にされる可能性もあるからね……まあ、現状を鑑みると逃走している時点で黒なのは確実だろうけどね」


 兄はラルスを宥める様に説明していくと、段々とラルスも自分が感情的になってしまっていたことに気が付き兄に謝っていた。

 

「とりあえずラルスは情報収集を頼むよ? ゲルメルト達の情報ももし分かったら集めておいてくれ」


「了解だ御曹司。たぶん半刻ほどで戻ってこれれると思うが、何処に行けばいいんだ?」


「そうだね……このままここにずっといるのは何かと問題があるだろうから、一旦屋敷に戻って父に探りをいれてみるよ。だから……」


「それでしたら私がアカリ様達に確認した後宿に伝えておきますので、部屋まで来てもらえれば大丈夫です」


「了解だ! それじゃあちょっくら行って来るんで期待しておいてください」


「ああ、よろしく頼むよ」

「よろしくお願いします」


 それじゃあと言ってラルスはは元気よく部屋から出て行った。

 かなり気性はあらそうだが、勘も良さそうなのでラルスに任せておけば問題はなさそうだ。


「……兄さん無理はしないでくださいよ? 義姉さんと子供達も居るんだから」


「わかっているよ。ま、いざとなったらみんなを連れて逃げて、お前たちの部屋に行くからよろしくな」


「ま、まあ、それは大丈夫だとは思うけど……アカリ様がいらっしゃるので戦力としては問題ないと思います。ただ、そうなった場合シーレンベック家は……」


「最低でも父は無罪放免とは言えなくなるね。ただ、その場合シーレンベック家は降爵して良くて子爵、悪ければ男爵まで落ちてここの領主ではなくなるだろうけど、無能な領主がいつまでもいる事の方が領民にとっては不幸な事だよ。父がそこまで無能でないことを祈ろう。とりあえずはラルスの報告を待つしかすることは無いんだ、頼んだものを食べてしまおうか」


 その後兄弟二人は黙々と料理を食べ、少し雑談をした後お互いの戻るべき場所へ戻って行った。


 後日聞いたのだけど、おやっさんがノックした音が聞こえたのは、ノックした時に聞こえるように扉の外側まで魔道具の範囲してあるかららしい。この魔道具が付いている所は大体この仕様になっているらしい。


 ……余談だが、サンドイッチは結構おいしかった。

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