召喚失敗勇者とシーレンベック伯爵家

 ゲルメルトの逃走に備えてどうしたら良いか作戦を練ることにしたんだけど、一番簡単なのは私が千里眼魔法を使って辺りを調べる事だ。


 ただしこれには難点があって、前回は探査の魔法を使って対象を認識してから発動したら問題なくゲルメルトを見ることが出来たんだけど、千里眼の魔法は発動した場所の周囲を見渡すことはできるけどそこから動くことが出来ないのよね。

  

 もう一回ゲルメルトを探査して発動した場合、ゲルメルトの周囲を探ることは出来るけどその場所しか見れないのよね。

 うーん、構造体とかをスキャンする魔法があればよかったんだけど、そこまで都合がいい魔法は無いみたいなのよね……最悪の場合は何とかできない事もないんだけど、それをやると私が動けなくなっちゃうのよね。


 とりあえずはビュー君が返ってくるのを待って作戦を考えることになった。彼が何か情報を持って帰ってくるかもしれないし、ここは彼の地元でもあるのだから協力者なども居るかもしれないしね。


 その間に食事と休息を取ることになった。




 一方そのころ、ビューは実家でもある伯爵家に赴き当主である父に助力を求めるためだった。

 内容は簡単だ、現在王都で悪事を働いたゲルメルトの捜索をしており、その結果この街に潜伏していることが分かったから手を貸して欲しいと言う事だったのだが……


「それで、伯爵家の兵を動かすにしてもその費用は誰が持つのかね? それに、私に断りもなく魔導騎士団何ぞ入れおって、その責任は誰ががとるのかね……それに……」


 ビューの目の前には白髪でカイゼル髭の――というだけならかっこよく見えるが、体はかなりだるんだるんの男性がだるそうに椅子に座っていた。

 彼こそがビューの父である現シーレンベック伯爵なのだが、その父の攻略にビューはかなり手間取っている。

 

 魔導騎士団を街に入れたことやガイの街の兵士を援護として回せないかと言う事、それに兵士を動かせばお金の事などなど、いつまでもクドクドと文句を言われ続けていた。

 元々プライドが高くがめつい性格をしていたのは記憶していたが、ここまで酷く言われるような性格でもなかったはずだ。

 しかし、ビューはアカリの従者選抜に選ばれ三年ほど前から王都で訓練を励んでおり、その間一度も家に戻って来ていなかったのでここまで酷くなっていることを知らなかった。

 これがもし跡取りの長男であればまだここまで言われなかっただろうがビューは三男、予備の次男以下の存在で伯爵家としては殆どいる必要すら考えられておらず、扱いが雑になるのもうなずけるのだが。


 ……父はいつの間にかここまで酷くなっていたのだな。そうなると伯爵家の力を借りることは出来ないだろう。


 色々思考している間も父はクドクドを私を説教しているが、違法奴隷の主犯を捕まえるより金と面子の事しか考えていない父にビューは落胆していた。


「わかりました。騎士団を無断で街に入れたことに対しては、後日正式に謝罪を致します。そして、伯爵家の力を借りずにこの件を処理いたします。ただし、間違っても邪魔だけはされない様お願いします」


「な、な、なんだその言い方は! 実の父で伯爵でもあるワシにその言い方はなんだ! お前のような無駄な息子を今まで育ててやった恩を忘れたのか!」


 ……ああ、もうこれは……ダメだな。


「今まで育てて頂いた恩はありますが、私は今ある方の元で働いています。それは父もご存知かと思いますが、私はその代理としてここに来て助力を求めたのですが……どうにもあなたと言う人を勘違いしていたようですね」


「っ! 出ていけ! お前なんぞもう息子でも何でもない! 二度とこの家に入る事は許さん! 」


 ビューの言葉に完全に頭にきたのか、椅子を蹴倒して顔を真っ赤にして激昂する伯爵。


「結構です。それではしつれいいたします」


 しれっとした態度で父である伯爵に一応貴族の礼をビューは部屋から出ていく。

 退出した後の部屋からは、何かが壊れる様な音が聞こえた来たが気にせず廊下を歩き続ける。


「やあ、帰って来ていたんだね」


「……兄さん」


 廊下の角からあられたのはビューの兄で、長男で次期当主のマルセロ=シーレンベックだった。


「何か騒々しい感じだったけど何かあったのかな?」


「それは……いえ、兄さんにまで迷惑をかけることは」


「魔導騎士団が待ちに来たことと関係があるんだろ?」


「っ! 知っていたのですか!」


「まあね。父がああなってからは私がその辺りをしっかりしようと思って、色々と手駒をそろえているんだよ。どうだい、もしかしたら力になれるかもよ? 」


「しかしそれでは兄さんにも……」


「なあに、問題ないさ。たまにか可愛い弟に力を貸してやっても問題ないだろ。それに、兄として弟の主人である勇者様に協力してもなにも問題はないだろうさ」


 マルセロは飄々とした雰囲気をして居るが、実はかなりのやり手の男なのだ。

 ビューが小さい頃からマルセロは跡取りとして家庭教師達から高度な教育を受けていたが、成人する前には既に領主として街の管理を出来るまでの実力を備えていた。

 剣術や魔術も同年代では相手にならない程の実力を持ち、一部では神に愛された子供とも言われていたのだ。


 その才能に小さなころは嫉妬してたこともあったが、この兄なら生まれ育った街を守り繁栄させることが出来るとおもい、自分は兄の助けになればと思って勇者従者になる道を選んだのだ。

 その兄が不利になることを防ごうと思っていたのだが……伯爵家の次期当主として勇者であるアカリ様に協力することは、兄の当主を決定付ける功績になることは確実か。


「……はぁ。分かりました。兄さんが協力してくれるならこちらもありがたいので」


 廊下からマルセロの部屋へ移動して、いまの自分達の状況をマルセロに説明したのだが……話を聞くうちにだんだんと表情が曇って行き、怒りの表情をして最後には落胆したように頭を抱えてしまった。


「まさかこんな状況になっても金の事しか考えていないとは……父は愚かだ。……ビュー、今からちょっとついて来て欲しい所があるが時間は大丈夫か?」


「まだ多少は大丈夫ですが、何処に行くのですか? 」


「それは付いてからのお楽しみ――というのは冗談で、俺の直属の部下達が居る所へ向かおうと思ってな。場所は……」


「え! そこって……」


 マルセロが口にした場所は、ビューの良く知る建物だったのだ。


 伯爵家を出てしばらく歩くと、目的の建物に到着する……そこは、大通りに面した五階建ての建物で……今アカリ達が宿泊している宿だったのだ。


「この時間なら、ここの地下の酒場に大体集まってるんだよ」


「ここに居るって……この宿って結構高いはずなんだけど」


「ああ、ビューは知らなかったんだな。正面や無くてこっちにも入り口が合ってな、そこから地下に降てそこが安酒場になってるんだよ。」


 そう言ってマルセロは宿の裏に回り木製の扉を開けると、そこから地下に降りる階段があった。

 中からは酔客たちの楽しそうな声が聞こえてくる。


「ここの主人は変わっていてね、元々倉庫として使っていた地下を酒場に改造して普通の人達が楽しめる所にしているのさ。まあ、ここの娘に惚れられて婿養子になった元々普通の人だったからってのもあるかもしれないけどね」


「そ、そうなんですか。兄さんは色々詳しいんですね」


「まあね。元々は一般市民の情報が欲しくてお忍びで通っていたんだけど……ばれちゃてさ。それだったら直接お願いしてみたらすんなり了承を貰えたから、それから色々伝手を作って協力者をあつめたのさ」


 兄の意外な一面を見てビューは驚いていたが、それと同時にこの街の領主にはマルセロ兄さんしかいないと確信した。


 階段を降りると再び扉がありそれを開けると、カランカランと音がして視線が一斉にこちらへ向けられ、入り口付近にいた男性がこちらへ近づいて来る。


「おお、久しぶりだな! 最近顔を見せなかったから心配したぞ! 」

「馬鹿言え、俺に何かあったらすぐにわかるだろ? 何にもないんだから問題ないんだよ」


 兄はその男性お互いの胸を叩きあい、仲が良さそうに話しをしていた。


「それで、今日は何の用……って、後ろにいる奴は誰だ?」


「ああ、こいつは俺の一番下の弟だよ。ほら、上に泊まっている一団いるだろ? その一団に弟がいて、色々話をしたんだよ」


「……色々ね。おやっさん! 奥使っても良いか?」


「構わんぞ。今日は誰も来る予定はないからな」


「親父さんお久しぶりです。相変わらず繁盛しているようで」


「ふん、当たり前だ。それで、何を注文するんだ? 」


「流石に今日は酒はやめておこうと思ってね。代わりにいつものを二人分お願い」


「用意が出来たら持って行ってやる」


「ありがとう親父さん! それじゃあ行こうか」


「あ、う、うん」


 兄がここまでフレンドリーに話しているのは兄の奥さんと子供を除いてみたことが無く、ビューは兄のいつもとは違う一面を見て困惑しながらついて行った。

 




 






 














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