拗らせた我々は不器用で変人である

遠野義景

前編

 2月14日。放課後。

 私に手渡されたのはチョコレートなどという甘ったるい物ではなく白いビニール袋に入った鼠花火だのロケット花火だのといったおおよそこの季節に似つかわしくない代物の塊であった。


「これで世直しをするのよ」


 先輩は鼻息荒くそう言った。私はビニール袋と先輩の顔を交互に見て、それを二度繰り返してから溜息をついた。


 先輩は容姿端麗で成績優秀。長い黒髪をなびかせ、きめ細やかな肌は処女雪の如く。小筆で引いた薄墨のような眉の下には切れ長の大きな目が爛々と、知性的というよりは野蛮に光っていた。先輩は頭は良いがバカである。従って成績優秀であっても優等生ではない。かといって不良でもない。そう、変人である。


 私はこれまで幾度となく先輩の蛮行に付き合わされてきた。夏になれば暑苦しいカップル共に冷や水を浴びせるのだと、本当にキンキンに冷えた氷水を用意して、それを充填した冗談みたいにでかい水鉄砲で暴れ回り、クリスマスにはサンタも聖夜もないのだと言わんばかりのおぞましき所業、すなわち暗がりで盛り上がるカップルを見つけてはホラー映画の仮装で驚かせ、逃げ惑うカップルを指してゲラゲラ笑ったかと思うと、すぐに新たな獲物を見つけては襲撃を繰り返す。さながらアシダカグモの如き機動性と獰猛さである。とにかく彼女は世の色恋にあらん限りの怨嗟を抱き、それを解消すべく日々戦っているのである。おそらくは。


 さて私はと言うと彼女の一つ後輩であり、私の姉が彼女の一つ上の先輩であった縁で知り合った。最初はまさかこんな奴とつるむはずもないだろう、と思っていたのであるが、何の因果か今では舎弟か付き人のようになってしまっていた。


 とはいえ、何も無理矢理付き合わされている訳でもない。私は多少なりとも彼女に好意を抱いていた。こんな輩に抱く好意など一体どんな妙ちくりんな色形をしているのか、と疑問に思われるかも知れない。私にも正直その様態は判らない。

 ともかく私は彼女と居るのが苦痛ではなかった。

 それがすべてである。

 従って、このビニール袋を受け取る直前まで、ほんの僅か、いや、正直に言うならかなり大きな期待を胸に抱いてときめいていたのである。しかしチョコかと思ったら花火だったのである。つまり先ほどの溜息はそう言う物であったのだ。


 そんなことだから、私も少々張り切ることにした。ともに世の浮ついた男女、いや、昨今では男同士や女同士もありうる。とにかく、色恋に脳をピンク色に汚染された輩を殲滅するのだ。


 我々の戦場はこの辺りで一番のデートスポットと名高い市民公園に定められた。そこそこの広さとそこそこの清潔さで、普段から人の往来もよくある市民の憩いの場である。そのような公共の場を、僅かなスペースであろうと不純な異性交遊のために占有する不届き者たちを成敗するのである。これすなわち世直し。


「さあやるわよ」


 先輩は早速獲物を見つけると、先ほど飲み干したばかりの炭酸飲料の瓶にロケット花火を突き込んだ。


「ちょっと、何を見ているの」


 一部始終を傍観しようとしていた私に彼女は不満そうに言った。


「あなたが持ってなきゃダメでしょ」

「先輩。砂を盛り上げて発射台を作りましょう」

「ダメ。待てない」


 先輩はぷくっとほっぺたを膨らませる。子供っぽい仕草であるが、これが出ると頑として折れない。私は覚悟を決め、地面に腹ばいになって瓶を手に持った。


「よっこらしょ」


 親父臭いかけ声とともに先輩が私の背中に跨がり、そして身をかがめた。

 先輩の髪が私の頭上から降ってきて、シャンプーの香りがふんわり、どころではなくこれでもかというくらいに鼻腔を埋め尽くした。果たして早鐘を打ち始めたのは緊張のせいか、それとも先輩のせいか。


「もうちょっと右」


 先輩がそう言った時にはもう、彼女の顎が私のつむじの上に乗っかっていた。よほど興奮しているらしく先輩の鼻息は荒い。


「はい」


 バレないように深呼吸を繰り返しながら私は彼女の指示に従った。


「よし。そのまま」


 導火線に火がともされる。

 ちりちりと火花の軌跡を描き、それが花火の本体へと至った瞬間、一瞬手の甲を高熱が襲った。しかめっ面になりならがらも私は、私の献身の元に発射に至った裁きの一撃の、その行く末を見守った。


 

 ぐるりんと螺旋を描いて地上すれすれを疾駆した花火は、ベンチでいちゃつくカップルの脇を抜けて、直後、炸裂した。

 何事かとベンチから飛び上がったのは男の方が先であった。そして一目散に駆け出した。残された女の方は呆然としてから、すぐに男の名を叫んで追いかけた。

 先輩の感触が私の躯から遠ざかった。


「うふふ。きっとこれが元で喧嘩になるわよ。あの二人は」

 振り仰いで見た先輩は、頬を紅潮させ、とても邪悪な笑みを浮かべていた。

「さあ、この調子でどんどんやるわよ」

「いえ、方法を変えましょう。このままでは私の手がこんがり焼けてしまいます」

 幸い火傷はしていないようだが、しかし次も大丈夫とは限らない。というか目の前で暴発したらちょっとどころではなく危険だ。


「……そう。ならプランBに変更しましょう」


 私の意見具申に彼女は一瞬、「あっ」という顔をしてから、そう応えた。


「プランB?」

「ええ、これよ」


 そう言って彼女は鼠花火を取り出して見せた。

 彼女の言う第二の計画プランBとは、すなわち鼠花火をパンジャンドラムの如く転がす鬼畜の所業であった。なるほど、これもロケット花火ほどではないがそれなりのアウトレンジ攻撃が可能である。さらにすれ違いざまのかんしゃく玉テロも敢行すると宣言し、いよいよ我々は決死隊の如き覚悟を以て行動することと相成ったのである。

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