エピローグ あなたの記憶の片隅に

 私、ユース・E・アール16歳!


 ヘンピナ村で生まれ育った普通の女の子だったけど……鷹狩に来たフリード・K・コンクエスト王子を助けたことで……な、なんと王族貴族が通う超名門聖ベルナディオ学園に編入することになっちゃった!


 やだ、これから始まる物語はどんな事になるんだろう!?


 その他王子の親友のハリーやセクシー教師のミハエル先生、ちょっと生意気な後輩とか不良とかなんかそんな類のイケメンに囲まれて困っちゃう!


 でも、私が一番困っているのはあの人……そう、王子の婚約者のクリスティア・R・ダイヤモンドちゃん! 


 私は仲良くしたいんだけど、いーっつも悪戯ばっかりしてくるの! 今日も下駄箱に『食えるわよ』ってメモを添えた大量の野草を突っ込んできたり、この間なんて小銭落としただけで血相変えて追いかけまわしたりもう大変!


 でも、今日は。




 少し様子がおかしいのでした。




「まさか、クリスティア……君がそんな事をするなんてな」

「いや本当……こんなことをするなんて」


 エントランスのすぐ近く、この学園の顔でもある豪華な大階段のあるホールのど真ん中で、クリスちゃんは王子とハリーに打ちのめされていました。


 具体的には地面にへたり……あれ、仁王立ちしてる。その顔は涙で腫れ……うん、めっちゃ王子睨んでる。その腕はよろめた体を……はい、すっごい腕組んでますね。


「そんな事、ね……具体的に教えて貰えないかしら?」

「そうだな、ハリー見せてやれ」

「了解っす」


 な、なんと王子はずーっとクリスちゃんと婚約解消したかったからコソコソ嗅ぎまわって証拠とか集めてたの! セコ……さすが王子抜かりないわ!


「これは君がユースの下駄箱に詰めた食べられる草で、これは俺がプレゼントしたアロマオイルとすり替えたサラダ油で、あとは君が盗んだ捨てるかまだ使うかギリギリの残り方をしているジャムの瓶に、それから……」


 ハリーはあらかじめ袋に詰めておいた証拠品を無造作に地面に放り投げる。すごい、全部。


「全部……食べ物だな」


 もう笑っちゃうぐらい食べるもの。


 草。文字通り草。田舎でも食べないレベルの草。


 でも、おかしいな?なんでクリスちゃんは大金持ちなのに、こんな食べるものばっかり集めてるのかしら。


「仕方ないでしょ、だってこれから」


 クリスちゃんはため息をつく。その顔は不敵で、悪人面で、悪だくみしてますって顔に書いてて。


 

 ――悪かったわね、悪人面で。



 あれ、何今の声。


「これからあんたに婚約破棄されて、没落しなきゃならないんでしょう? まぁうまくいけばどこかで楽隠居できるらしいけど……悪いけどもうその気はないわ」


 クリスちゃんは、彼女は。


 あれ、おかしい何かがおかしい。私は、ユースは、なんで、うまく。


 


 ――別におかしくないわよ……まぁ後で説明するけど。




 また声だ。私は、ユースには聞き覚えのある声が頭に響く。


「でもあんたに破棄されるのは御免だわ。折角だから貰った特権、今使わせてもらうわ」


 クリスちゃ、クリスは、中指を、立てる。誰に、王子に? 何で? おかいし何かが何かが何かが何かが。




 ――どけ。



 その一言で十分だった。


 私は、クリスティア・R・ダイヤモンドは深く息を吸い込んで、王子に中指を突き立てる。




 ――おかしい、何が、主役は誰だ? 




 馬鹿ねあんたらタイトル読めないの? 後で声に出して読んでおきなさい。


「でも、破棄するのは」


 決まっていた。これは賭けだった。


 きっかけはハリーの特権だっただろうか。あの男は本来物語の中での出来事しか思い出せないくせに、私やチャールズの事を覚えていた。


 だから、出来る、大丈夫。


 たとえ借金まみれのひもじい生活に戻ろうが。




 私は会いたい。



 あの懐かしい、騒々しい。



 ――自分の物語を綴る、大勢の主役たちに。




「この世界の……ルールよ!」




 音が、響いた。


 破滅を知らせるラッパの音? この世の終わりを告げに来た悪魔の王の羽の音?


 違う、それはそんなご立派なものじゃない。




 例えるなら鉄の咆哮。黒煙をまき散らしながら進む、750ccのエンジン音。


 それからゴリラの咆哮も。




「ヒャッハアアアアアアア製品版だあああああああああああああっ!「」

「ウホオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 天窓のステンドグラスをぶち破る、ヤンキー一人とゴリラ一匹。手にはバットとバナナをもって、この世界をぶっ壊す。


「あ、あ、あ」


 うろたえる王子、目を丸くするユース、腹を抱えて笑うハリー。


 そうだ、私達は。




「悪役令嬢が来たぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」




 わざとらしくハリーが叫ぶ。ついでに聞こえてきたのは壁がぶっ壊れる音。って何あれ知らない、あんなキャタピラ……戦車?


「フハハハ……フハハハハ! ついに念願の戦車を手に入れたぞおおおおおおお! 撃て、撃て、てーーーーーーーっ!」


 炸裂する火薬、瓦解していく校舎。どんな手品か知らないが、エレオノーラはご満悦。


 阿鼻叫喚に地獄絵図。次々とやってくる悪役令嬢達が、それから他の没キャラ達が次々と世界をぶっ壊していく。




 みんなが、いた。




 チャールズは懐から爆弾を取り出してヘラヘラしてる。なんだっけ、あの……ローズだっけ? はとりあえず偉そうに高笑い。


 戦わなかった悪役令嬢、消えていった王子の親友。




 それから。




「まったく……君は滅茶苦茶だな」

「ああアスカ、あんたもいたの」


 憎たらしい奴がいた。


「ったくお呼びじゃないのよあんたは……ほら、お気に入りのメイドとどっか行きなさい」

「フン、君との決着……ついたわけではないからな」

「はいはいっと」


 手をひらひらとさせてやれば、アスカはどこかへ消えていった。途中、いつもの服を着たメイドが、深々と頭を下げた。


 本当、三流のあいつによく似合う。




 そして私にふさわしい、超一流はいつだって。




「……お疲れ様です、クリス様!」


 ほほに当たる冷たい感触。受け取らなくたってわかる、よく冷えたコーラの缶。


「ったく遅いわよ、メリル。私にコーラを注いでくれるんでしょう?」


 いつか交わした、しょうもない約束。


 それでも彼女はグラスを取り出し、私にそれを注いでくれた。


「まぁ、中庭じゃないけど」

「そうですか? あの壁を全部壊したら、ここも中庭みたいなものじゃないですか?」


 相変わらず物騒な事を彼女は言う。私は注いでくれたコーラを――ほんの少しだけ塩味の利いたそれに口をつける。


「それにしても……流石ですねクリス様! まさか世界の裏側と繋げちゃうだなんて……ってあれ? なんでわたしここにいるんですかね? ただのモブなのに」

「さぁ、知らないけど……みんなあんたの事を覚えていたからじゃない? だいたいモブだなんて生き物はね……はじめからどこにもいないのよ」

「……ですね」


 コーラを飲む。大丈夫、今度は嫌というほど甘ったるい。


 


 っと、忘れる所だった。粉々になっていく校舎を呆然と眺めるユースがいた。後で説明するって言ってたっけ、そういえば。面倒くさいけどやらないとね。




 あれ、なんで……私が主役の世界は? 私に優しい世界はどこ?




 そんな声が聞こえてきた。けれど、違う。そんなものはどこにもない。




 ――ねぇ、ユース。それともこの物語を見てる、知らないどこかの誰かさん。


 まぁ、どっちでも良いんだけど。




 悪いけどこれ、クソゲーだから。




 私たちは、あなたのために生きちゃいない。皆が自分の物語を、主役になって必死に綴る。


 こんなどうしようもない、理不尽で、ふざけて、クソみたいな世界でも、ね。



 けど。



 あなただって、そうでしょう?




 あんたの事はよく知らないけど。


 これだけは知っている。クソみたいな世界で、必死に戦ってるってわかってる。



 

 私達と同じように。

 



 辛い時だってあるでしょうね、泣いた夜はどれだけあった?


 でも大丈夫、あなたはもう知っている。




 いつだって支えている。


 あなたが触れた物語が、大勢の主役達が。あなたの横に並んで立って。その背中を押してくれる。



 

 私も多分、そんな一人。


 メリルもショーコもゴリ美もアスカもメイドも姉御もハリーもチャールズも王子も。



 

 あなたの真っ白な物語を彩る、大切な人達。





 だから、私達のことを。


 あなたの記憶の片隅に、私達がいたことを。





「覚えてなさいよ」




 ――ね?

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悪役令嬢バトルロイヤル ~あなたの記憶の片隅に~ ああああ/茂樹 修 @_aaaa

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