第六話 最強の悪役令嬢③ ~白紙のページを~
「ユース、お前……喋れたのか?」
王子のその質問に、彼女は満面の笑みを返す。
「うん、ついさっきから!」
いやついさっきからって、いくら何でも突然変異すぎるでしょ。
「ま、平たく言えば仕様変更ってことかな? 本当は昔ながらのはいかいいえぐらいしか喋らない主人公の予定だったんだけど……『今時それはないだろう』って偉い人が言っちゃって。もう現場は大パニック、今スタッフ総出で私のセリフ書いてるんじゃないかな? ま、前々からそんな噂あって試してたみたいだけどねー腹ペコキャラとか」
首をかしげて答えるユース。王子は口をぽかんと開けて、もう間抜けすぎる顔をぶら下げていた。
「あ、ごめん王子は事情わかんないよね! ハリーならわかるかな?」
「まぁ大体は……唐突すぎてびっくりしてますけど」
「よしじゃあ、王子に説明!」
「えぇ……」
頭を掻くハリー。呆けた顔の王子。
「えーっとですね、つまりこの世界は物語の中ってやつで、それでユースちゃんの設定がですね」
「せってい……なんだ、なんの話だ? 王家はどうなるんだ? 俺の人生は?」
「あーもう面倒くさいなぁ」
そう言ってハリーは、拳を思いきり握りしめ――うん、拳?
「面倒だから……寝てて下さい!」
王子を殴った。いやめっちゃスッキリした顔してるけど殴りたかっただけでしょあんた。
「はい、というわけでクリスちゃん優勝おめでとう!」
「いっ!?」
いきなりユースに抱き着かれ、全身に痛みが走る。こちとら重病人なんですけどもうちょっと丁寧に扱ってもらえないかしら。
「ま、早い話ゴタゴタしまくって納期とか色々ヤバいわけ。というわけで一々新キャラなんて作ってらんねーって事でクリスちゃんの出演が決まりました! わーぱちぱち」
意味が分からない。けれど確かなのは、メリルとの約束が果たせた事だろう。
「じゃあそういうわけで……製品版でもよろしくっ!」
わけのわからないポーズを取って、ユースは走り去る。ついでにハリーは王子を可燃ごみみたいに引きずりながらどこかへと帰っていく。
もはや言葉も出ない会場、一人残された私。
「ったく」
どうしていいかわからないから、いつもの捨て台詞を一つ。
どこかの誰かに向けて吐いた。
「クリスティア様、準備は終わった……んですか?」
「ああ、三流メイド……といっても持っていくものなんて特にないけど」
あれから数週間。私とメイドはあらかじめ約束しておいた校門の前で落ち合っていた。彼女が驚くのも無理はない。メイドは山ほどの荷物を抱えているというのに、私は小さな鞄一つ。
だが彼女の気に障ったのは、そんな事ではなかったらしい。
「む、その呼び方は何ですか……これから末永く二人三脚でやっていくわたくしに対して」
「末永く? 冗談でしょう?」
「いいえ冗談ではありません。いいですかこのまま人気になればまずファンディスクが出て、次に2、3が出てまさしく金の生る木になるのです。ですので末永くと言ったのです」
顔を徐々に近づけながら、メイドが妙な圧をかけながら説明する。何言ってるのかよくわからないけど、まぁそうなると確かに長い付き合いになるのだろう。
けど。
「あっそ、でもあんただって」
私とこいつの距離は、もっと遠いのが当然だ。
「私の事、『お嬢様』とは言わないじゃない」
「それは……」
口ごもるメイド。おべっかの一つも言えないから三流なのよ全く。
「ま、そういう事よ。あんたは私に仕えてないし、私も超一流のメイドしか横に置きたくないの。これまでもこれからもね」
初めから決まっている事だった。私を持ち上げる役はコイツじゃないし、コイツが持ち上げるのも私じゃない。それだけの話。
「そうは言っても」
と、ここでメイドは顔を上げる。それからじっと私の顔を見つめてきた。
「何か……企んでいるんですか?」
思わず顔に手をあてれば、どうやらにやけていたらしい。けど、それを直しはしない。
「あのねぇ、誰に物言ってんのよ」
いつだって私は、不敵な笑みが誰より似合う。
「私は……悪役令嬢よ?」
彼女の額にデコピンしてから、二人並んで歩いていく。
「さぁ行くわよ三流メイド」
行く先はわからない、どうなるかなんてもっての外。
けれど、ずっと綴っていく。私の、私だけの。
「製品版の……『あなたの記憶の片隅に』の世界へ、ね」
「……はいっ!」
白紙のページを、いつまでも。
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