第39話 グランパラガス(4)

 簡単に肥料を撒けばいいと答えてしまったシュウなのだが、プテレアとクリスの様子を見る。

 クリスはこめかみに人差し指をあて、プテレアは下唇の下あたりに人差し指をあてた状態で「肥料?」「撒く?」という顔をしている。

 その姿を見ると、シュウは自分の言葉が足りていなかったことに気がついたようで、ポリポリと後頭部を掻きながら説明を始める。


「この木……プテレアも冬になると葉を落とす木だと思うんだが、違うのか?」

「そうじゃ、人と契約する前は妾の葉も黄色くなって落ちていたぞ」

「ということは、それまでは自分自身の葉も落ち、下草や動物のフンなんかと一緒になって、腐葉土になっていたんだろう。腐葉土というのは落ちた葉が目に見えない微生物や、土の中にいるミミズのような生き物たちによって分解されたものでね、草木にとって必要不可欠な栄養を持った食べ物……肥料になるんだ」


 そこまで話すと、シュウはクリスとプテレアが理解できているか、二人の様子を確認する。

 さっきまでペタリとビニールシートに座っていた二人も、食い入るように話を聞こうとしていて、真剣な眼差しをシュウに向けている。


「ところで、この木を中心に芝生が貼られているが、それ以外は石畳の道に、石で建てられた家が並んでるよな?」


 クリスとプテレア、シャルはコクコクと首を縦に振り、同意を示す。


「一部を残して石で表面を固められ、葉も落ちない木になってしまったことで、土が痩せてしまったってことだろう? だったら、肥料になる腐葉土や、それに動物のフンを混ぜて発酵させて作る堆肥を撒いて、栄養のある土に戻してやればいいってことだよ」

「村でもそんな土みたいなのを作ってたの……」


 シャルはアプリーラ村で人や家畜の糞尿や麦わらなどを使って堆肥を作っていたことを覚えていたらしい。


「この丘全体が蘇るほどの堆肥を作るとなると大変だが、ちょうどこの街でも下水を作ろうという話があるし、たくさん人も住んでいるんだから、量を作るのは無理ではないと思う」

「そうね、この街の人口とか考えたら無理ではないかも……でも……」


 クリスも下水処理の工程で必ず肥料になる副産物が生まれることは知っていたし、シュウの案には理解もできるのだが、心配事もあるようだ。


「いま地表が出ているのはこの芝生の部分くらいよ?

 どうやってこの街全体にその堆肥や腐葉土を撒くの?」

「そこはこれから考えないといけないんだが……」


 そこまで話すと、シュウはじいとプテレアが残ったたまご焼きをもぐもぐと食べていたことに気づく。


「プテレアはさっき食べていたたまご焼きを消化できるのか?」

「うむ、美味しくいただいたのじゃ」


 プテレアの的を得ない返事にポリポリとまた後頭部を掻き、シュウはまたプテレアに向かって尋ねる。


「木の精が食べたものは、直接的に木の養分になるのかい?」


 プテレアはギョッとした顔を見せると、少し顔を赤らめて返事をする。


「妾は食虫植物じゃないし、直接取り込んで吸収するなんてできないのじゃ。あんな野蛮な魔物と同じにしないでほしいのじゃ!」


 すこしプンスコという感じで怒気が籠もった返事だ。


「じゃぁ、食べたものはどうなったの?」

「この姿じゃと、人間のような味覚があるのじゃ。じゃが、食べたものは地中の根の近くに運ぶことになる。しばらくすると、それが土に戻って、ようやく栄養を吸収できるのじゃ」


 シュウが尋ねようと思っていたことをシャルが先に口に出したのだが、意外な答えが帰ってきた。


「ああ、その土に還るというのが大事なことなんだが、土に還すものの入り口は今のところプテレアの口だけってことになるのかな?」

「い……嫌じゃ!  昔は神の木としてお供えとかされていたし、今も年に一回の祭りでいただくお供えを味わうための姿なんじゃからっ! 腐った葉っぱとか、動物の糞尿だったものとか口にしたくないのじゃっ!」

「まぁ、仕方ないか……オレも同じ立場だったら嫌だもんな……」

「わたしも……」

「シャルも嫌なの……」


 それぞれに自分が土や腐った葉を食べている姿を想像したのか、しばらく沈黙が続くと、シュウが話し始める。


「まぁ、プテレアに食べさせるなんて残酷なことをせずに済む方法がないでもない」

「おお、それはどんな方法じゃ?」


 プテレアはその瞳をキラキラと輝やかせ、シュウを見つめると、四つん這いでグイグイとシュウに詰め寄ってくるのだが、それを見たクリスはなんとかプテレアをシュウに近づけないよう、必死で間に入り込もうとする。

 側にいるシャルから見ても取っ組み合いのような様子になっているのだが、シュウは一度立ち上がって背伸びをすると、足元に転がるクリスとプテレアの前に跼んで続きを話す。


「下水工事で穴を掘る時に埋めればいいさ」

「あ、そうだね!」

「下水工事? さっきも下水がどうこうと話しておったが、それはなんなのじゃ?」


 クリスがこの街が抱える異臭の原因と、今後の衛生面における対策として父が下水事業に手をつけようとしていることをプテレアに話すと、プテレアに話した。


「その下水を通すための管を埋めるために道を作り直す際、腐葉土や堆肥を混ぜて埋めようということじゃろ?」

「そのとおりだ」

「じゃが、最初に埋める堆肥や腐葉土は下水できる前だから作れないのではないのか?」


 そのとおりである。

 下水処理した排泄物などを用いて堆肥を作るのであれば、最初に下水管を埋める時の堆肥がないことになる。


「心配ないわ!」


 クリスは徐ろに立ち上がると、旧王城の奥をビシッと指差す。


「旧王城奥の森にはいっぱい腐葉土があるはずよっ」

「なるほどな」

「いや、その土はあの森の木々モノたちの土なのじゃ」


 プテレアは自分が葉を落とさないことを忘れ、堆肥の元になる腐葉土を入手する術は他にないことに気がついていないようで、クリスは少し呆れたように天を仰ぐと、プテレアに顔を近づけて話す。


「いい?  腐葉土をつかうということは、葉を落とさないあなたは他の木々の落とした葉の世話にならなきゃいけないの。人の排泄物や食べ残しは街中に散乱していて、その二つを組み合わせれば工事前には堆肥を用意できるんだからそれでいいじゃない」


 しばらくプテレアはクリスを見つめていたが、その瞳に決意の力が漲ってくると、強い視線でクリスの瞳に目線を合わせ、力強く頷いた。


「ああ、すまないが最後に一つ確認させてくれ」

「どうしたのじゃ?」


 もう下水工事に合わせ、地中に堆肥や腐葉土を埋めることは決まったといえるが、シュウとしてはどうしても確認しておくべきことがある。


「街の中のあちこちに根が伸びてると言っていたが、地表からどのくらいの深さにあるんだ?」

「そうよのぉ……其方の身長の二倍から三倍くらいじゃな」

「そうか! それなら大丈夫だ」


 あまり浅いところに根を張っているなら、工事も大変だが、これだけの深さがあるなら問題ないとシュウは判断する。

 そのシュウの力強い返事で、更に確信を強めたのか、プテレアの瞳はとても強い信念のようなものが溢れるように輝きを強める。





「クォーンカーン……クォーンカーン……」


 広場の近くにある教会が昼二つの鐘を鳴らすと、そろそろ交流街にある店に戻る準備をはじめなければならない。

 来るときと違って下り坂なので店に戻るのは1時間もかからないのだが、日本に戻ってやるべきことが残っている。


 最初、プテレアはクリスと少し険悪な雰囲気になっていたのだが、実はクリスが幼い頃にプテレアに木の上に連れていかれるという悪戯をされていて、シュウやシャルにも同じことをしないか心配していたのだという。

 その話を聞いて、プテレアも少し当時のことを思い出したようで……


「あのときはちょうど祭りが終わってすぐの頃でな……遊び相手がおらずに寂しかったのじゃ……本当にすまなかったのじゃ……」


 と何度も頭を下げている。


「あの、お取込み中悪いんだが……そろそろ帰らないとだな……」

「そうね、今日は新しい家を探すんだっけ?」

「新しいお家なの?」


 シュウとクリス、シャルの三人はプテレアを放置するように会話に花を咲かせる。

 クリスの言うとおり、今の間取り1DKで三人暮らしはとても狭いので、少し広い部屋を借りられるよう、探す予定だ。


「え? なんじゃ? もう帰るというのか?」


 教会の鐘が鳴ると慌てて帰ると言い出したシュウやクリスに対してプテレアは焦り始める。


「ああ、今日は新しい家を探そうということになっていて、早めに帰ることにしてたんだよ」

「そんなこと、明日でも良いであろう? 妾と会う機会など滅多にあるものではないのじゃぞ?」

「ごめん、プテレア……わたしたち家のことについては切羽詰まっててさ……」


 気が付けば芝生の上に敷かれていたビニールシートも片付けられていて、弁当のおかずが入っていたタッパーも見当たらない。


「いや、待つのじゃ……妾ともう少し話をしてほしいのじゃ……」

「ごめんなさいなの……新しいお家さがすの!」

「また来た時には大声で呼ぶからさ、今日は我慢して……おねがいっ」


 そそくさと帰る準備を済ませた三人は風のように去ってしまい、ひとり残されたプテレアは広い芝生の上でひとりごちる。


「ううっ……なんとかするのじゃ……」







 行政区から店がある交流区へ向かう。

 何度も右折、左折を繰り返して交流区へ戻ると、下り坂のせいか、往路の半分くらいの時間で到着した。


「中央の通りを歩いてないぶん、気になる店なんかも少ないから早く着いたわね」


 店の前に到着すると、裏なんばのお店につながるよう、クリスがカギを開ける。


「カチャッ……ガララッ」


 クリスは先頭を切って店の中に入ると、後ろから声をかけられる。


「みつけたのじゃっ!」


 シュウとシャル、クリスの三人が振り返ると、そこにはさっき別れてきたはずのプテレアが満面の笑みでそこに立っていた。


「ほんとに苦労したのじゃ……運よく近くに伸びている根があったから、慌てて伸ばしてきたのじゃ」

「え? どういうこと?」


 薄い胸を力いっぱい反らせて行動範囲を広げてきたというプテレアの言葉に、クリスがつい聞き返す。


「妾は根のある場所にしか行けないのじゃ。だから、ここまで根を伸ばしてやってきたのじゃ」

「そんなことまでして……」


 プテレアがとった想定外の行動にシュウは苦笑いをし、クリスとシャルは少し顔を引き攣らせつつも呆れきった表情を見せる。

 だが、入り口から先は魔法も使えず、妖精も見ることがない地球にある日本という国だ。

 木の妖精であるプテレアが扉を潜るとどうなるかわからない。


「あのね、プテレア……この扉から先は異世界地球……この、コアとは違う場所なの……」

「ああ、オレもこの先に行くと、プテレアがどうなるか保証できない」

「どうしてじゃ? これから楽しいことをするのじゃろう?」


 自分を慕ってきてくれるプテレアに、クリスはとても複雑な表情を見せる。


「追いかけてきてくれたのは本当に嬉しいのよ? でも、この扉の先はあなたの根が届かない場所なの」

「そうなのか? ならば、妾の分体を連れていけばいいのじゃ」

「ぶんたい?」


 クリスたちはプテレアの言葉の意味がわからず、キョトンとした顔をすると、それを察したプテレアが説明する。


「他の木と交わってしまうと種ができて苗になるじゃろ? でも、それはもう違う個体であって、妾ではないのじゃ。

 じゃが、妾の根から出した芽は、妾の分体じゃ。鉢などに入れて連れていけば、妾の意識ごと連れて行くことができるじゃろう」

「なるほど、自身のコピーを作ってそこに意思を乗せて運ばせようということだな?」

「コピーとは何かわからんが、たぶん正しいのじゃ。

 先ずは鉢を持ってこい」


 シュウは言われるがまま、店の奥から小さな植木鉢を持ち出してきた。

 インテリア用のサボテンが入っていた小さな植木鉢だ。


「手頃な大きさのものがなくて……このサイズでいいですかね?」

「うむ……少し小さすぎる気もするが良いじゃろう。

 ここにこうして……」


 プテレアが何かごそごそと手を動かすと、そこにはとても小さな苗が植わっていて、青々とした葉をいっぱいに広げている。


「では、妾の意識の一部をその分体に移す。それを持って入るのじゃ」


 そう告げると、プテレアはその場から姿を消した。


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