第38話 グランパラガス(3)
誰かの声が聞こえたような気がしたシュウがうっすらと目を開けると、少し離れた場所に少女が佇んでいて、じいと自分たちのことを見つめている。
隣で寝ていたクリスやシャルも目を覚ましていて、シュウと同じように少女のことを見つめているのだが、ちょうど逆光でその表情までは読み取ることはできない。ただ、透けて見える髪色は薄っすら緑色の光を帯びていて、薄い金色の瞳がキラキラと輝いているのが見える。
あまりにも表情が見えないので、シュウが手をかざして陽光を遮るように目を細めたところ、その少女はふと姿を消し、すっと三人の前へと現れた。
「ここで何をしているのじゃ?」
とても透き通った美しい声は、声量の割に通りがよく、まるで頭の中に直接語りかけられているかのようにさえ感じる。
近くに来てくれたおかげで、逆光とはいえその少女が神官のようなローブを着ていていて、縦長の帽子も被っていることがわかる。白をベースにしたローブは、濃い緑と薄い緑の布でバランス良く飾り付けられていて、金色の刺繍のようなものが入ったとても高級感のある装いだ。ローブの丈は少し短めに仕立てられていて、その下には白く染め抜かれた革を縫い合わせ、紐で締め上げるように作られたブーツを履いている。
神官であるならとても高位の者のようだ。
シュウやシャルが驚いていると、クリスが立ち上がりぱたぱたと服の汚れを払う。比べてわかることだが、神官風の少女の身長はクリスと同程度だ。この国の一般的な女性の身長から考えると、年齢としては十四歳くらいにみえる。
「こんにちわ、クリスです」
クリスが妙に畏まって挨拶をすると、少女は少し驚いたような顔をし、何か焦ったように落ち着きを失う。
シュウはどうしたのかと訝し気に少女を見つめているのだが、少女はその視線を気にすることもなく、なにか思案するように俯くと、右手を胸元にあててお辞儀をする。
「おう、妾はプテレアじゃ」
目が慣れてくると、少女の顔もようやくよく見えるようになる。
白い肌に、二重で大きな目にイエローダイアモンドのような透明でキラキラと光る瞳、形のいい口元はグロスのない世界にもかかわらず自然な色でとても艶のある唇に縁どられている。髪はとてもキラキラと輝くエメラルドグリーンで、すらりと背中のあたりまで伸びている。
「シャルなの。よろしくなのー」
「はじめまして、シュウといいます」
シャルも挨拶を済ませていることに気が付き、シュウも少し焦るように挨拶する。
プテレアは口元を緩めて白い歯を少し見せると、また最初の質問を口にする。
「それで、ここで何をしているのじゃ?」
「ここでお弁当を食べたら眠くなっちゃって、しばらく寝ていたみたいです」
クリスが返事をしたのだが、プテレアはタッパーの中身に興味があるようで、じいとその中身を見つめている。クリスとシャルは鶏の唐揚げが好みなようで食べ切ってしまっているが、いつも店で出しているたまご焼きやお漬物はしっかりと残っている。
「えっと、冷めた残りものですけど、食べますか?」
「おおっ? よいのか?」
プテレアは薄い唇でなんとか涎を堰き止めているといったかんじで、今すぐにでも食べようと手を伸ばしてくる。
一方、自分の作った料理に興味を持ってもらえるのなら、その相手が美少女かどうかは関係なしに試してもらいたいと考えてしまうのか、ほぼ反射的にシュウは残り物をが入ったタッパーを持って差し出そうとする。
「パシッ」
プテレアの様子を注意深く見ていたクリスがタッパーを差し出すシュウの手を叩くと、シュウはタッパーを落としそうになって、前のめりになり、なんとか踏みとどまる。
シュウの手を叩いたクリスの目は、ただプテレアだけを見ている。
遠目から見ると二人の美少女が火花を散らすように互いを牽制しているようだが、シュウにすればその原因がどこにあるのかもわからない。
「シュウお兄ちゃん、たぶんプチリアさんは人じゃないの」
プテレアに対峙するクリスの代わりに、シャルが小さな声で囁く。
「えっ? どういうことだ?」
「この人は、この木に宿る妖精さんなの」
「たまに現れると、人にちょっかいを出す悪いクセがあるのよ」
「いや、妾はプテレアじゃ! プチリアではないのじゃっ!」
シャルが囁く小さな声が聞こえたのか、少し強張っていたプテレアの顔から、力が抜け、はじめて笑顔を見せる。
「そこのクリスという娘もなかなか鋭いが、まだ小さい子どもにも看破されるとは……妾も弱ったものじゃな」
「プテレアさん、わたしは何度かお見かけしていますけどね……」
抜け目なく、シュウとシャルを守ろうとするクリスがそう言うと、プテレアも両手を上げて話しだす。
「おや、そうだったかね?
いや、何も其方等をとって食おうとか思ってはおらぬのじゃ。
ただ、さっきから其方等が美味しいおいしいと食べているものじゃからのぉ……少し興味が湧いてしまったのじゃ」
プテレアは左手を腰において、右手で頭をぽりぽりと搔くと、またクリスの方を見て凝視する。
少しでも自分から目を離されたことに少し不快感を感じつつ、クリスはそのプテレアに対して言い返す。
「この街を作るときに取り交わした契約では、人には手を出さないことになっていますよねっ!」
「ああ、そうじゃが……最近は大昔の約束を守っていられる状況ではないのじゃ……」
この場で何が勃発したのか全くわからないシュウは、とにかく右往左往するかのように慌てるのだが、クリスもそんなシュウを放置するわけにもいかない。
「シャルちゃん、シュウさんの面倒を見てもらってもいい?」
「もちろんなのっ!」
二つ返事でシャルに保護されることに決まったシュウは、さらに何をどうすればいいのかもわからないまま、シャルに連れられて、芝生の生えたエリアから離れる。
「そういえば、其方は領主の娘じゃな……何度か見かけたのじゃ。
良い機会じゃ。
すまぬが、すこし相談に乗ってほしいのじゃ」
「ようやく思い出したようね……」
「そんな些細なことはいいのじゃ、妾にとっては時と空間を管理する其方よりも、いま出て行った娘の方が脅威なのじゃから。
でも約束は約束じゃ。手出しはせぬから、話を聞いて欲しいのじゃ」
「あら、シャルがどうしてあなたにとって脅威なのかしら?」
クリスにとっては、シャルはいまだに謎な部分も多い娘であり、両親から受け継いでいるであろう資質や能力なども知りたいと思っているので、プテレアの言葉がとても気になる。
「おやおや、気づいておらぬのか?
あの娘は、この国では珍しい火の力を持っておるのじゃ。しかも、妾でさえも太刀打ちできないほどの技量を持っておる……というか、妾のような木の妖精は火に弱いだけじゃ」
そういうと、プテレアはくつくつと肩を震わせて笑うのだが、クリスは微動だにせず、そのままプテレアに向き合っている。
「あの娘のことで少し動揺しているようじゃな……
まあよいわ、とにかく話を聞いて欲しいのじゃ」
クリスは表情や姿勢は一切変わっていないように見えるが、思念を読まれたことに気づくと、観念したとばかり体の力を抜く。
「お約束はできないけれど、話を聞くくらいならいいわ」
プテレアの話がはじまると、シュウとシャルも傍に呼びつけられ、結局プテレアはタッパーに入った赤いウインナーやたまご焼きをつまみながら話を続けた。
プテレアの話を要約すると、こうだ。
プテレアは、この街を風雨や火災から守という条件で人と約千二百年前に契約した。そのときのプテレア側の条件は、街の住民から少しずつ生命力を分け与えてもらうというものだった。
土から得た養分だけでは、木としての寿命は数百年しかもたない。古くなった幹の中心部分は脆くなり、いずれ中から朽ちてしまう。もちろん、キノコや寄生虫などによる被害も受けると、さらに寿命が短くなる。
つまり、木としての寿命を伸ばすために、養分で不足する分を住民から生命力というかたちで分けてもらうということだ。
だが、千二百年という年月は、プテレアの想像してもいなかった自体を生んでいた。この丘にある土地の養分があと数年で枯渇してしまうのだ。
根は既に旧城壁の内側いっぱいに伸びきっているのだが、その旧城壁の外側に堀が築かれていることで、一部の根が交流街にまで伸びているものの、これ以上先に伸ばすことが難しい。
また、地下へと伸びた根は既に地下水脈に到達していて、そこから下には伸ばすことができないという。
「妾はこの街の住民を愛しておる。
ただ、残る方法は地表近くまで根を伸ばすということになるのじゃ……
じゃがそれは、石畳で整備された道路を破壊し、城壁や家屋も足元から崩すことになるのじゃ……」
プテレアの表情からは厳しさのようなものが消えると、ふうとため息のような音が口元から漏れる。
「とにかく、これ以上根を張ることも難しい状態なのじゃ。
でもこのままだと妾は朽ち果て、街を守れなくなる。妾はどうすればいいのじゃ?」
そこまで話すとプテレアは救いを求めるような目でクリスをじっと見つめる。だが、これは明らかにクリスの専門外だ。
クリスはプテレアの視線を避けるようにシュウに目で助けを求めるのだが、鈍感なシュウは気がつかない。
「ねぇ、どう思う?」
ぺたりとビニールシートの上に座っているクリスが、シュウの左前に移動すると、下から見上げるように尋ねる。
胸元が強調され、大きな目と瑠璃のような青い瞳がシュウに迫る。
「其奴は役に立つのかい?
大の大人の男が此方に庇ってもらったり、其方にも守られているようで頼りないのじゃ」
訝しげな目で見つめながら、プテレアもシュウに近づき、クリスと同じように四つん這いになって下からシュウを見上げてくる。
クリスとは違って胸元は豊かではないが、神官服の隙間からは谷間がチラリと見える。
シャルや周囲にいる人たちからは二人の女性から言い寄られているように見えるかもしれない。
「あら、シュウさんは料理人だけど、この国の誰よりも高度な科学的知識を持っているのよ。何か解決策くらいあるわよね?」
クリスはプテレアを睨み付けると、自分のことのようにシュウの知識を自慢する。
「ほーう、確かに料理も美味しかったのじゃ。じゃが、料理人に科学的知識って必要なもおのかの?」
「んあ、まぁそうだな……オレの国では料理をすることを『調理』ということもあってな。
そのために科学的知識が必要なことも多いんだよ」
「ほう」
木の妖精であるプテレアには料理そのものには興味がないことで、簡単な相槌だけで返されてしまう。
「お茶を入れる水は軟水がいいとかいうのは、典型的な科学なんだけどなぁ……
まぁいい、プテレアとしては養分不足にならなきゃいいんだよな?」
「うむ、そうじゃ」
「まぁ、俺の専門外だが、やっぱ肥料を撒いて貰えばいいんじゃないか?」
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