第20話 中華な晩ごはん(2)
たぶん、ふたりが風呂から出るのを待っていて、その気配を感じると外に出たのだろう。さすがに、タイミングが良すぎる感じがする。
「ただいま」
クリス、シャルロットの二人はそんなことに気が付かないようにシュウの帰りを喜ぶ。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいなの」
クリスは、シュウが戻ってくるのに時間がかかるようなら、シャルロットにアニメのビデオでも見せようと思っていたところだったので、少し残念そうな雰囲気を漂わせるが、仕方がない。
そして、風呂上りの濡れ髪姿だが、シャルロットの顔を見て元気そうなことを確認したシュウは、可憐なかわいらしさを持つその少女に声をかける。
「おおっ! 髪と身体を洗ったらすっきりしただろ?」
「うんっ!」
シャルロットは嬉しそうに頷く。
何よりも、自分がクリスと同じ香りを纏っていることがとても嬉しそうだ。
その嬉しそうな表情を見て、喜んでもらえていることを確信したシュウは、袋から何かを取り出し、パッケージのフィルムを剥がすと、中に入っている串でひとつ取り出し、シャルロットに差し出す。
「わぁ! これなに?」
白い粉を纏った丸いものが串に刺さっているのだが、シャルロットはそれがどういうものかわからない。
「冷たいお菓子だよ。たべてごらん」
言われるが早いか、シャルロットはその白いモノに齧りつく。
表面はとても柔らかい生地でできており、その中には、甘く乳の香りがする冷たいモノが入っていて、舌の上でトロトロと溶けていく。
はじめて見る食べ物に目を瞑って齧りついたシャルロットなのだが、ひと噛み、ふた噛みと咀嚼すると目を見開く。
「ふへはふへ《つめたくて》、ほうぃひぃほっ《おいしいのっ》!」
口の中に入れたままだと、声を出すと飛び出してしまうと思い、閉じたままその感動を伝えようと頑張るシャルロットのかわいさにシュウはニコニコとしていたのだが、その背後には人差し指を唇にあてて、首を捻るクリスが見える。「わたしのぶんは?」という顔だ。わざわざ視界に入るところまでやってきてそれをするところは、いつの間にか、関西芸人たちに囲まれた裏なんばの世界で何かの腕を磨かれているのかも知れない。
シュウは苦笑いをしながら、シャルロットに残りが刺さった串を渡すと、今度は爪楊枝で容器の別の一つを刺し、目の前にトコトコと歩いてきたクリスの口元に差し出す。
「ありがと」
クリスはそう言うと、小さな口を開け、シュウの目を見つめたまま、その柔らかく冷たい白いモノに齧りつく。
どこでそんな表情を覚えてきたのかわからないが、齧ったときの唇が艶々としていて、少し色っぽい。
シュウはクリスに爪楊枝ごとアイスを渡すと、このあとの行動について話しはじめる。
「えっと、クリスとシャルロットが髪を乾かしたら、店に戻って夕食にしよう。
あとシャルロットが寝るところなんだが、
朝めし屋の異世界支店は、店のカギをクリスが開くと
つまり、店の中からクリスがカギを開けば、扉の先にシュウとシャルロットが出て、カギを閉めて開けることで、マルゲリットの家の中に入ることができる。これは、シュウとクリスにとって日本よりは治安が悪いマルゲリットの街に店を出す上で、大事な防犯システムになっているのだが、そこにある寝具などを使えば、シャルロットも寝泊まりできるということでもある。
ただし、あくまでも防犯システムとしてみるとマルゲリットは日本よりも治安が良くないので、子どもを独りにすることができるのであれば……という前提になる。
食べ終わったアイスを名残惜しそうに飲み込んだクリスは、両手を組んで考え始める。
「この家に三人は狭いけれど……あんな事件があったあとに、シャルロットが独りで眠れるかというと、厳しい気がするのね。
悪夢にうなされることもあるだろうし、しばらくはこっちでもいいかなって思う」
実はシュウも同じ意見だったようで、ホッと安堵の顔を見せると、うんうんと頷いて見せて話す。
「じゃ、しばらくはこっちで寝泊まりだな。
十歳だと学校の問題もあるし、あまり外出とかさせられないけど、そこは仕方ないな……」
シュウは日本では十歳の子どもは小学校に通っていることになるので、シャルロットが学校に通っていないということがバレると困るという意味で言っているのだが、少々クリスには違う意味でとらえられてしまう。
「勉強なら、お店が終ったら教えるわよ?」
「あ、そうじゃない。俺も読み書きは教えてもらいたいくらいだが……
日本じゃ十歳だと小学四年生だから、学校に行かないといけない。でも、シャルロットが学校に行ってないことが他の人たちに見つかるとたいへんなことになるんだ」
日本には義務教育制度というのがある。あくまでも「日本国民」であることが前提であるが、シュウはそこまで認識していない。
とにかく十歳の少女が日本にいる以上は学校に通わないといけないと思っている。
クリスはシュウの話を聞いて日本の法律が関係する話だということを理解すると、それ以上の話をするのをあきらめてしまう。
ここでいろいろと聞き出す時間を使うよりも、シャルロットに夕食を食べさせるための準備をする方がいいと考えた。
「そっ……そうね……あ、髪を乾かしてくるねっ!
シャルロットちゃん、おいでっ」
「はーい」
クリスとシャルロットは脱衣場にある洗面台のところで髪を乾かす。
ドライヤーの音に驚くシャルロットの声や、温められた髪から出るシャンプーやコンディショナーの匂いに大喜びする声が聞こえてくる。
「少しずつクリスの
そう独りごちると、シュウはリンゴのロゴが入ったタブレットで賃貸物件を探し始めた。
風呂上がりに服を着替えていたクリスとシャルロットは、髪を乾かすだけでほぼ準備ができたので、シュウと共に裏なんばの店に戻る。
店に到着してスープの出来を確認したシュウは、大鍋にそのスープを入れて沸騰させると、洗ってあった米を入れる。二リットルの鶏ガラスープに、カップ一杯分の洗い米(研いでから笊にあげておいたお米)を入れてザッ混ぜると塩を入れて弱火で煮る。
こうして粥を作り始めたのだが、それだけではシュウとクリスは物足りない。そこで、冷蔵庫にしまっておいたボウルを取り出すと、厨房にクリスとシャルロットを呼びだす。
「ふたりとも、ちょっとこっちに来てくれるかな?」
スマホで自撮りしていたふたりだが、シュウの声に慌ててやってくる。
調理中に、まだ慣れていないシャルロットも呼びつけるなんて、どういうことだろうとクリスも不思議に思う。
「どうしたの?」
「いや、手伝ってもらおうと思ってね」
クリスとシャルロットがお風呂に入っている間に買ってきた、小麦を練った白くて丸く、薄い生地を取り出す。
その生地を一枚だけ手に取ると、二人の女の子によく見えるように肉だねを乗せて包んでいく。
「手伝ってくれるかい?」
クリスもシャルロットも初めての料理である。
瑠璃色の瞳が二つ、ピンクスピネルの瞳が二つ、これ以上にないほどにキラキラと輝くと、声を揃えて喜びの声をあげる。
「もちろん!」
「もちろんなのっ!」
丸い生地を左手に乗せると、右手の匙で適量を乗せる。中央より手前側に乗せておくのがコツで、右手の指を濡らして生地の縁に塗る。
生地の左端部分を右手で釣り上げるように引きながら、最初のひだをつくるとポケット状になってまとめやすくなる。
あとはクイクイッと三回……合計で四回ひだを作ると、生地に肉だねがすべて包まれる。
クリスは少しずつ作り方を覚えていくが、シャルロットにはなかなか難しいようで、思うように形にならないようだ。少し粘土細工になりかけているような気がするが、皮は余分に用意してあるので問題ない。
「むずかしいの……」
「そだねー!」
その間に、シュウは買ってきた葉野菜を切ったり、ねりごまを作ってタレを作ったりといろいろと動いている。
粥の中にも、何かを丸めて入れていたが、それが終わる頃にはクリスとシャルロットの作業も終わったようで、シュウはまず二人を褒める。
「おっ、なかなか上手じゃないか!」
クリスとシャルロットも嬉しそうな顔をする。
ふたりとも、もっと褒めろという顔をしているのだが、タイミング的にそろそろ焼きたいと考えているシュウは、ふたりが作ったアート作品たちを受け取ると、少しずつ成型し直して熱したフライパンの上に並べ、焼いていく。
「ジュワァァァァアアアアア」
フライパンに水を流し入れると、一気に白い湯気が上がる。
それを見て、シャルロットは目を丸くして驚く。こんな料理はみたことが無い。
村の祭りで何かを詰めた料理をつくることはあったのだが、蒸すという工程が初めてだ。
「もうすぐできあがるから、テーブルで待ってていいよ」
「じゃ、遠慮なく!」
クリスがシャルロットの手を引いて、テーブル席に座ると、追いかけるようにシュウが料理をテーブルに並べる。
ふたりの前に置かれたのは大きめの深皿に入ったサラダと、平皿に盛られた葉野菜の炒め物だ。
「まずは、二品!
これはシャルロットはまだ食べない方がいいかな?」
シュウはそう言って、シャルロットの前には丸盆に載せた違う料理をコトリと置く。
「シャルロットには、肉団子の中華粥だよ」
シャルロットは初めて見る中華料理にまた目を丸くする。
隣で見ているクリスも驚く。
「シュウさんが中華料理?!」
茶碗よりも大きな器には、黄色味がかった汁の中に砕けるほどまで緩く煮込まれたお米が浮かんでおり、中央に三つの肉団子が鎮座している。色どりには青ネギが刻んで散らされており、中央に刻んだしょうがが軽く積み上げるように置かれている。
シャルロットは目の前の中華粥に興味津々だ。
「わぁ、この丸いのはお肉なの?」
これも初めて見る肉団子というものがとても美味しそうで、つい声をあげると、シュウやクリスが説明する前にシャルロットは匙を入れていく。
「フーッフーッフーッ……」
匙で掬った中華粥は白々とした湯気を上げており、見るからに熱そうだ。
それでも、ある程度息を吹きかけると、シャルロットはもう待ちきれずに口の中に入れてしまう。
「フハッ……ホフッ……ホフッ……」
熱さで少し冷やさないといけなかったが、すぐに舌になじんだのか、口の中で転がす時間も短い。
口の中には青ネギとしょうがの風味がパッと広がり、鼻に抜けていくのだが、舌の上はとても忙しい。
まず、粥を煮た塩だけで味付けされた鶏ガラの味が口内に広がり、舌だけではなく口の中全体から染み込んでくる。これは、塩加減が丁度よいからだろう。それに刻んだしょうががシャリシャリと歯に当たる。
シャルロットはその味を楽しむと、ニッコリと笑う。
「お粥だけでも、すっごく美味しいのっ!」
その一言を聞いて、シュウやクリスも嬉しそうに笑顔を見せる。
ほんの半日ほど前はフラフラになっていた少女が輝くような笑顔で食べてくれるのを見て、心から安堵したようだ。
シャルロットは小ぶりな肉団子を息を吹きかけて冷まし、口に運ぶ。
肉団子をひと噛みすると、じゅわっと肉汁があふれ出してくる。
豚のひき肉を使って作られた肉団子は、しょうがと塩、青ネギだけで作られていて、とてもシンプルだ。だが、それだけに濃厚な味が舌の上に広がり、ガツンと頭の奥にまで旨味という刺激が走る。つなぎを使わずに練り上げた肉団子は、火が通ると少しボロボロとした食感になるが、その獣肉臭さはしょうがと青ネギが消し去っていて、そこには更に何かを加える必要がないことを教えてくれる。
「わっ! すごいの! すっごく美味しいのっ!!」
シャルロットは、右手に木匙を持ったまま両手を上下させ、両足をバタバタと動かして全身でその喜びを表現した。
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