誓い 8


「…へぇ。   じゃない! 相手は何て?

何て言ってた?」


何て事言ってくれたんだ! これでダメになったら、オレどうやって責任とればいいんだ?



「落ち着け」


「は? 落ち着ける訳ないじゃん。凄い事なんでしょ? 決まれば、アジア人初だって言ってたじゃん。 それが、オレのせいで白紙になったら? オレ…」

 

「だから落ち着けって。 ダメになったなんて、一言も言ってないだろ?」


「へ?…それじゃ…」

 

「イメージモデルとして、本契約してきたよ」


と、藍は、親指を立ててウインクしてみせた。


ゃ……


「やったぁ! 本当に?!  凄いじゃん!!」

 


オレは嬉しくて思わず、藍の首に抱きついて喜んだ。


だってだって凄い事だよ!



「ん。……サンキュ」


藍も、オレの背中にそっと腕を回した。



「でも…無茶し過ぎ。もしもの事考えなかった?」


「オレが、考えると思う?」


「ううん。だから怖い。 少しは、自分の事も考えて」


大きく溜め息をついて、悔しいから耳朶

を甘噛みしてやった。

もう。人の気も知らないで。


「積極的だな」なんて、馬鹿な事を言っている恋人の首もとに、顔を埋めて、安心する匂いを嗅ぐ。



ん? あれ? ちょっと待って? 確か……


「藍?そう言えば、揉めてるって言ってなかった? この事だったんじゃ…?」


パッと身体を離して、藍の返事を待つ。


「お前、変な事覚えてんな」


「やっぱ、それじゃ…!」


「揉めたつっても、そんな大したことじゃねぇよ」


「大したことだよ! 揉めたって事は、オレとの事、受け入れてもらえなかったって事でしょ? 強引に納得させた訳じゃないよね?」


「…愛?」


「やっぱオレ…無理させてるね」

 

藍のために何も出来ないどころか、お荷物になってるなんて…

自分が悔しくて、情けなくて…



「愛? 泣くなよ」


藍は、両腕でバツのジェスチャーをすると、カメラマンさんと、上河内さんが、オレ達の傍まで走ってきた。


「泣かせたのか? 嬉し泣き…では無さそうだけど?」


「すみません」



ぁ…オレのせいなのに、藍の責任になっちゃう。


「でも紫津木君が、相手を泣かせてオロオロするなんて、初めて見たわ」


と、上河内さんが穏やかな笑顔を見せた。


「そうだな。 相手が泣いても、我関せずだからな」


「え?そうなの?」


「愛の前で変な事言うなよ」


と、少し怒ったような顔。


藍、優しいのに信じられない。



「紫津木、ここはオレに任せて、次の準備をして来い」


「え?…ああ」


藍がきょとんとしていると、葵さんは目配せして、『早く行け』と、急かしている。



「愛の事苛めないで下さいよ」


「誰に言ってるんだ? 愛ちゃんとは、オレの方が付き合い長いんだからな」


「分かったよ。…じゃ、頼みます」


藍は、そう言うと、葵さんの肩にポンと手を置き、オレの顔を切なそうに見つめてから、スタジオを出て行った。



「愛ちゃんごめんね。話、聞こえちゃったんだけど…オレからも補足させて」


「えっ? ぁ……」


「すみません、10分休憩貰えますか?」



葵さんが、カメラマンさんにお伺いをたてると、笑顔で快諾してくれた。


「お話終わったら、教えてね。メイク直すから」


「すみません。上河内さん」



お二人が、セットから出て行くのを確認してから、葵さんは、オレの方に向き直った。


「紫津木にとって…先月の愛ちゃんの事件は、相当堪えたようで…アイツなりに考えた結果なんだ」


「でも…オレは、こんな事…」


ローテーブルに置いてある、スノードームの天使の微笑みが、哀しげに見える。



「事件の事、空港で聞いたときは、凄く慌ててね。見てられなかったよ。

オレも同じ内容の電話を警察から貰ってたから、理解できたけど、そうじゃなかったら、アイツが何を喚いているのか解らなかったと思うよ」


「ぇ…あの…藍が…ですか?」 


「そう。スーツケースも持たずに、空港から出て行こうとしてるから、こっちが慌てたよ」


その時の事を思い出してるのか、苦笑いを浮かべてる。


「オレには、そんな素振り全然…」


「男ってさ、好きなコの前ではカッコつけたがるもんでしょ? 涼しい顔してるけど、気持ちはそこら辺の高校生と変わんないよ」


それは、解ってた…はずだ。


でも、藍がいつも大人の対応で、あまりにもサラッと何でもこなしてしまうから、忘れてたんだ。


よく考えたら、オレとの出会いもR18指定だったし…。

オレとの生活は、負担だったんじゃないか……?

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