事実と真実 16



「愛ちゃん、ごめんね。愛ちゃんみたいな純粋な人間が、これ以上傷つくのは見たくない」


「純粋?」


後藤さんが、訝しげに哲哉さんを見上げた。


「愛ちゃん、背中でいいから見せて」


「哲哉さん…?」


「ちょっと、首元から見えた。身体中が、そうなってんだろ?」



ぁ…凄いな…分かってたんだ。


オレは、小さく頷き、立ち上がって背中を向け、哲哉さんにも手伝ってもらって、服を捲った。


哲哉さんを含め、3人が息を呑んだのがわかった。



「こんな…に…擦って……

合意の上で、ヤッた人間が、こんなになるまで、擦りますか? あの男…許せるわけないでしょ? 立派な強姦未遂ですよ!」



哲哉さん…


「服を着るのも痛かったろ?ごめんな」


そう呟いて、服を下ろしてくれた。


「分かりました。申し訳ございません。もう一度、お話を伺ってもよろしいですか?」



後藤さんのオレを見る眼差しは、さっきまでのそれとは違っていた。



哲哉さん…



「ありがとう…哲哉さんに付き添ってもらって…良かった…」


「礼なんて言うなよ。愛ちゃんは、何も悪くない」



返事の代わりに笑顔で応えると、視線を逸らされてしまった。



それから、オレが売春行為を行うきっかけから順を追って説明していったら、


「大体の事は、分かりました。それでは、こちらから、安堂さん、紫津木さん、板垣さんに連絡を取りまして、お話を伺いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


そうなるよね。


安堂は、自業自得だからいいとして…


板垣さんは、たぶんきっかけとなったあの日の事…


問題は…


「因みになんですが…紫津木藍さんとは、どういうご関係なんですか?」



きた…!


…そうなるよね…。


でも…藍の事を考えれば…本当の事は、言えない。



「ごめんなさい。それには、答えられません」


「そうですか…わかりました。いずれにしましても、後ほど連絡先を伺いますので、ご協力お願いします」



…藍の場合、何訊かれるんだろ…


安堂達からオレを救ってくれた事だけかな…

毎日通ってた理由とか、訊かれるのだろうか。

脅されてた理由は、藍の名前は出さなかったから、大丈夫だと思うけど…



「愛ちゃん?何か心配?」



さっきから黙りこくってたオレを心配してくれてる…


「…うん…あの…」


「何か?」



後藤さんを見ると、話しやすい雰囲気を醸し出していた。


「…藍は…オレをずっと支えてくれています。それだけは、知っておいて下さい」


「大丈夫ですよ。伺った内容の裏づけをとるだけですから」


「…忙しい人だから、オレの事で煩わせたくないし…嫌な思いさせたくない」


「愛ちゃん? …なんだ…その…紫津木君には、もっと甘えてもいいんじゃないの? オレが彼の立場だったら、もっと頼って欲しいけどね」


「え?ぁ…今でも充分…甘えて…ます」


「本日は…これで結構です」



咳払いと共に、後藤さんが会話に入ってきた。


「ぁ…すみません」



オレと哲哉さんが立ち上がると、

今まで静かに記録していた若い刑事さんが、声をかけてきた。


「写真を撮らせて頂きたいのですが」


ぇ…写真…?


「何でだ?」


後藤さんが、問いただす。


「先程、背中を見せて頂いた時に、恐らく被疑者がつけたと思われる…その…いわゆるキスマークが確認できましたので」


「なんだ、早く言え」



そっか…背中は良く見えないから、跡が鮮明に残ってるのかも。


後藤さんは、目の前まで来て「失礼します。」とオレに告げた。

ん? 頭の中が疑問符でいっぱいになっていると、瞬時に服を捲られてしまった。


「イヤ…ッ」


ぁ…


変な声出しちゃった…!


みるみる顔が赤くなるのがわかる。



「…ごめんなさい!あの…オレ…」


「謝らなくていいよ。当然だ。」


「こちらも、配慮が足りませんでした。」



今の声、メッチャ恥ずかしい…!

最悪…

けど…頑張って言わなきゃ。



「……あの…写真なんですけど、哲哉さんにお願いしたいんですが。良いですか?」


「え?オレが撮るって事?」


「以前よりは良くなったと思うのですが…まだ…撮られる事に抵抗があって…」


「分かりました。そういう事でしたら、構いませんよ。 但し、顔も一緒に収めなければいけませんので、メガネとマスクは、外して頂いて、出来ればフードも…」



あ…!オレ…ずっと被ったままだった。

恥ずかしい…!


慌てて、フードを外し、メガネとマスクも取った。


「これで、良いですか?」


目の前にいる後藤さんと、若い刑事さんを見ると、

「あの…!」と、若い刑事さんが、後藤さんのさらに前に来て、オレの手を握りしめた。


ひっ…!


驚きのあまり、声を出せないでいると


「大学生という事でしたが、モデルもやっていらっしゃるのですか?」



え?


すると背後から、スパン!と、頭を叩く小気味良い音が。


「馬鹿野郎!写真が苦手と言ってるのに、モデルな訳ねぇだろ!馬鹿言ってねぇで、サッサとカメラ持って来い!」


彼が頭を掻きながら、部屋を出て行くのを見届けてから、哲哉さんが小声で囁いた。



「アイツ、愛ちゃんに惚れたな。」

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