事実と真実 12
朝食を食べ終え、片付けを済ますと、
一条さんがスーパーの袋を持ってきて、オレを手招きした。
袋をローテーブルに置いてソファに座ると、隣を指して座るように促してる。
言われたとおり隣に座って、一条さんを見上げると、思ってたより近くて、何だろう…と、妙に緊張しながら、次の指示を待った。
「脱いで」
「は?」
「上、脱いで下さい」
「ぇ…と…」
オレが戸惑っていると、袋から軟膏らしきチューブ状の物を取り出した。
「あまりにも酷いので、昨晩24時間営業のドラッグストアで買って参りました。 本当は、病院にお連れしたいのですが、医師に説明しづらいのではないかと思いまして…」
「ちょ、ちょっと待って。え? どういう事? 何で?」
「ぁ…洗濯しようと脱がせた時に、少し上の方も見えてしまいまして…」
そうか…
背中を向けて、上の服を脱いだ。
けど…いっこうに塗る気配がない。
微妙に寒いんだけど…
「あの…一条さん?」
「ぁ…すみません。昨晩は、暗い部屋でしたので…こんなに…酷いとは…」
そんなに擦ったかな…?
「痛っ…!」
「痛い…です…よね…?」
「平気…大丈夫」
一条さんは、手のひらで温めてから、軟膏を塗ってくれてるらしく、冷たくはないんだけど…流石に傷口は痛い。
「いったい何で擦ったら、こんなに酷くなるんですか? 皮が剥けて、粘膜状になってる所もありますよ…?」
「背中は、風呂場にあったデッキブラシで」
手の動きが止まった。
「は?あんなので? あれは、床を擦るものであって、こんな…こんな…軟な肌を…擦るものでは…ありません」
一条さんが、言葉に詰まってる…。
気づいたけど…気づかないフリをした。
気持ちだけ…背中で受け止めた。
「ごめんね……前回、同じように擦ったら、気持ちが少しだけ楽になった事があって……それで今回もつい…」
「……前回…というのは…?」
「……複数の男から……輪姦された事があって…。 まあ…女の子じゃないんだから…そんな…深刻じゃないけど…それでも…辛かったから…、…顔も覚えてない男達の…手垢まみれの汚い身体を…強めに擦った。 そしたら痛くて…痛くて…辛いのなんてどっかに行っちゃ…」
えっ…?
「一条さん…?」
まだ話の途中だったのに、後ろから抱きしめられた。
「服に血がついちゃうよ?」
一条さんは、何も言わ無かったけど…
押し殺すように泣いてるのが、背中から伝わってきた。
少し落ち着いてから、たぶん…オレのために泣いてくれてる背中の彼に、オレの気持ちを伝えてみた。
「…一条さん…オレ…間違ってた」
オレの髪に顔を埋めてた一条さんは、ちょっとだけ顔を浮かせた。
「…あの頃と違って独りじゃない。 恋人がいるし…オレのために泣いてくれる一条さんもいる。 こんなになるまで擦らなくても、辛さは消せたんだと思う」
抱きしめていた腕に、ギュッと力が入った。
「…そうですよ。私にも、その辛さを分けて下さい。 こんなになるまで……独りで抱え込まないで……!」
「…うん…ごめんなさい。ありがとう…」
「礼なんて…」
「オレも、少し勇気貰ったし…」
藍にも、オレの口からきちんと説明しよう…。
わざわざ言わなくても…とは思ったけど…
逆の立場だったら、話して欲しいと思うし…
警察の事情聴取を受けるという事は、藍の耳にもいずれ入るかもしれない。
「藍も涙もろいから、こんな姿見たら泣いちゃうかもね。」
「…彼も泣いたりするんですか?」
「うん。内緒だよ?」
それから、一条さんは、軟膏を塗ってから、出血がある箇所に絆創膏も貼ってくれた。
放っておけば、かさぶたになるから大丈夫だって言ったけど、
心配かけちゃったのはオレだし、おとなしくしておいた。
前の方を自分で塗っていたら、インターフォンが鳴った。哲哉さんが迎えに来てくれたんだ。
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