事実と真実 7


なおも掴みかかろうとしてる一条さんを

今度は、哲哉さんが止めに入った。



「リュウ!それ以上は止めとけ!」


「あなたも、あの身体の虜になった一人ですか?」


「ぁあ?」


「アンタも、コイツに殺されたく無かったら、煽るような事言うな。」



哲哉さんは、2人を引き剥がし、洗面台の下の棚を開け、水道管を抱えるような形で、手錠を掛けた。



「テツ…愛は…」



その後は、言いづらそうに言いよどんでいると…


トイレの扉が開いて、店員らしき人が顔だけ覗かせた。



「あの…何かあったんですか?」


「すみません。警察です。実は…、」



哲哉さんは、詳しい事は話さず、このトイレを立入禁止にして欲しい事、応援がもうすぐで到着する旨を説明すると、

また、オレ達だけの空間になった。



「オレは…大丈夫です。」



一条さんが、何を訊きたかったのか、何となく察しはついていたので、先手をうって答えた。


なのに…



ね。 そのコの事は、何度も抱いてる。」


「は?何だと?」



やめて…!


 

「そのコの体液は、甘い。病みつきになる。」



やめて…それ以上は…



「あの中は、私に絡みついてきて離そうとしない。いい身体だ…」


「テメェ…!」


「リュウ!ちょっと待て。」



哲哉さんは、一条さんの肩を掴んで制止すると、男の前で屈み、小声で話し始めた。

何を話したのか聞き取れなかったが、

振り返ってニッコリ微笑んだ。



「大丈夫だ。このオジサン、もう喋らないってよ。」



これみよがしの大きなため息をついて、

一条さんは、オレの方に振り返った。


たぶん…今度は、オレが叱られる番なんだ…。



「…一条さん…ごめんなさい。オレが…悪いんです。付け入る隙を与えてしまった。 …そのせいで…哲哉さんまでオレの客に間違われちゃって…巻き込んじゃって…本当にごめんなさい。」


「愛…? 悪いのは、そこのエロ親父と、職務怠慢だった哲哉だ。」


「ち…違います! 本当にオレが…ボケっとしてたから……それに、哲哉さんは、見たくもない気持ち悪いものを見せられたんだから… 哲哉さんは、悪くないです。寧ろ被害者でしょ?」



哲哉さんが何か言いかけたので、怖くてそれを遮るように思いっきり謝った。



「哲哉さんごめんなさい! それから…助けてくれて、ありがとうございます。」


「…分かった。哲哉の事は、もういい。だから、自分を責めるな。」



一条さんは、そう言いながらオレに近づいて来たが、何故かオレは、同じ歩数だけ後退ってしまった。


ぁ…


その時の一条さんの顔が、とても悲しそうで…

そこで初めて、傷つけてしまった事に気づいた。



それから間もなく、哲哉さんが言ってた応援の人達が来て、急にトイレの中が、物々しくなった。


オレの事情聴取は、哲哉さんの配慮で、後日改めてという事になり、

この日は、一条さんと帰宅の途についた。


帰りの車内は、俺のせいで空気が重く、ずっと沈黙のままだった。



マンションに到着し、リビングに入ると、一条さんは、重い空気を断ち切るように、明るい声で話し始めた。



「お昼食べそびれてしまいましたね。今、用意するので待ってて下さいね。」



時計を見ると、夕方の4時半を過ぎていた。


一条さんは、スーツのジャケットをソファに掛け、ネクタイを緩めながらキッチンに向かった。


一条さん…オレ達に、お昼時間合わせてくれたのに…結局食べられなかったんだよね…。


オレの浅はかな考えのせいで…。


しかも…傷つけてしまった…。


最悪過ぎ…。



あの時…一条さんが怖かったわけじゃない。


自分に向かってきたのは、一条さんなのに…何故、後退ってしまったのか。


オレ…どんな顔してたんだろ。



過去は、少しづつ乗り越えてるつもりだった。

少なくとも、オレ自身は。


けど、オレを見る周りの目は、違った。


オレ…どっかおかしいのかな…。


見る人が見れば、わかるのかな?


オレの傍にいる男性は、みんな客と思われるのだろうか?


普通に話してただけなのに、客だと思われたんだ。


普通じゃダメ?


笑顔をだったから?



人と、どう接していけばいいか、わからなくなった。



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