好きだからこそ 15
大河内匠さん。大河内…匠…さん…?
そうだ。藍と同クラの大河内薫さんの名前を聞いた時も、どこかで?…て、思ったんだ…。
「え…と…?」
何処でだっけ?
「いつも、ラフな格好だったし、前髪も下ろしてたから…ね。」
と、苦笑いを浮かべる。
ぇ…と…ラフな格好…
この顔に前髪……
…ぇ…?ぁ……え…っ?
えぇぇぇっ?!
嘘……ど…どうしよう…
思わず後退ってしまい、机にぶつかってしまった。
「思い出してくれたみたいだけど、やっぱり、僕との事は、辛い思い出?」
イヤ…違う…辛いんじゃない…
むしろ、その逆。
大河内さんは、安堂の客のひとりだったんだけど、一度もオレに触れる事は、無かった。
いつも他愛のない話をしてくれた。その中で、妹さんの話をよく聞いたので、薫さんの名前も、それで聞き覚えがあったんだ。
「やっぱり、忘れたくなるような辛い思い出だった?」
返事を躊躇してると思った大河内さんが、答えを逆に解釈してしまった。
「ち…違います!大河内さんとの時間は、唯一、人として息ができる貴重な時間でした。
ただ…そんな時間をオレに与えてくれた大河内さんの事を忘れてたなんて…
自分の事が許せないというか…」
「いいよ。きっと今が幸せだから、忘れていられたんだと思う。 貴重な時間だと思ってくれてたなんて、それだけで十分だよ。」
「大河内さん…。」
「逆にごめんね。思い出させちゃって…」
「いえ…あの…」
前からずっと知りたかった事。
大河内さんなら教えてくれるかもしれない。
「あの…大河内さん…オレ…ずっと知りたかった事があって…」
「うん…何?」
「それは…その…」
ああ…いざ、その言葉を口にしようとすると、唇が震えてくる。
でも…今訊かなきゃ…知るチャンスは、もう訪れないかもしれない。
イヤ…知る術は、他にあるのかもしれないけど…オレに、その勇気が無いだけ。
「大丈夫だよ。言ってごらん?」
大河内さんは、震えるオレの手を握りしめて…安心させようとしてくれてる。
ごめんなさい。大河内さん。オレが訊きたい事は、もしかしたら、あなたが答えたくない事かもしれないのに…
「愛さん?」
でも…以前と変わらない、オレを呼ぶその優しい響きに背中を押され、迷いが消えた。
「大河内さん…、」
「ん?」
「安堂は…」
安堂の名前を出しても、変わらずオレを包み込もうとしてくれてる優しい瞳に、最後の勇気を貰った。
「安堂は、お金を受け取ってたんですか?」
この質問に、驚いたのか、引いたのか、目を見開いたまま、固まってしまった。
「ぁ…あの…?」
「ぁ…ごめんね。その…安堂さんに訊いた事は、無かったの?」
「あるけど…オマエは、知る必要無いって…。オレの事…道具にしか思って無かったから…。」
「…そうですか。」
そう困ったように呟いてから、哲哉さんに視線を向けると、
哲哉さんは、何も聞いて無いとでも言うように、背中を向けてしまった。
それを確認すると、オレに視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。
「その…安堂さんの真意は、わかりませんが、私も、同じ意見です。」
「ぇ…?」
「愛さんは、知らなくてもいい事だと思うし、僕も、教えたくない。」
「ぇ…それは…いろいろと…問題が…ある…から?」
と、哲哉さんの背中を見遣りながら、質問をぶつけた。
「そうじゃありません。」
ひとつ息をはいて、オレの手を握り直すように優しく包んでから、言葉を続けた。
「あなたと僕は、同性だし大人だから、そういう問題は、無いと思う。ただ、その事を知ってしまうと、あなたが汚れてしまいそうで…。」
「オレなんて、とっくに汚れて_、」
「汚れてない!」
「…ぇ…?」
オレの手を包み込んでた手で、今度は、頬を包んでくれた。
「あなたは、全く汚れてなんか無い! 寧ろ、愛さんといると、僕の心まで清められます。」
「大河内…さん…。オレ…」
何も知らないままでいいのかな…?
不安でいっぱいのオレに、大河内さんは、オレの頭をクシャクシャっとして、
「愛さんは、何も悪くありません。」
と、とびきりの笑顔をくれた。
今は…その笑顔に甘えていたい…。
「んじゃ、帰るぞ。」
こっちに振り向いた哲哉さんが、何事も無かったように、仕切りなおしてくれた。
「オレには何も聞こえてこなかったけど、オマエも、そうだろ?」
と、加藤さんに、肩を組みながら同意を求めると、
「もちろんです。」
と、笑顔で応えてくれた。
オレは、沢山の人に支えられてる。
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