好きだからこそ 5
「遅くなって、すみません。」
「いえ…。」
彼の後に続いて、部屋に上がった。
「身体、冷えましたよね?」
「大丈夫ですよ。」
彼は、部屋のキーをローテーブルに放ると、壁に掛けてあるリモコンで、エアコンの暖房をONにした。
「インスタントしか無いけど、コーヒーでいいスか?」
オレに声をかけながら、ロフトの下にあるキッチンに入っていった。
「いえ…本当にお構い無く。」
「一条さんに風邪引かれたら困るんで、気にしないで、その辺に座って待ってて下さい。」
脱いだコートをソファ脇の床に置き、言われた通りに腰掛けた。
愛と同じ事を言うんだな。
彼は、お湯を沸かしながらコートを脱ぎ、階段に引っ掛けると、袖を捲って手を洗い始めた。
疲れてるだろうに…。
手際良く、キビキビ動く姿に感心してしまった。
*****
「どうぞ。」
ローテーブルにコーヒーを2つ並べて置くと、彼も隣に座った。
オレにすら、こんなに優しいのに、愛の前だと、もっと激甘なんだろう。
直ぐに本題に入るのは戸惑われ、気になっていた事から訊いてみた。
「紫津木さまは、黒髪に染められたと、伺っていたのですが?」
と、すっかり以前の髪に戻っている彼を見た。
「あれは…シャンプーで落とせる染料使ってたから。」
少し寂しそうな表情で、長い前髪を摘んだ。
「…そうでしたか。」
「…で?話って?」
前髪を離しながら、オレの顔を覗き見る。
2,3個ボタンを外してあるYシャツの襟元から見える鎖骨が、妙に色っぽい。
20も下の少年だぞ?
こんなのに迫られたら、抵抗する気力も失せるのだろう。
愛が襲われてる姿を妄想してしまい、必死に打ち消した。
「要件は、2つ御座いまして、まず、こちらを。」
持ってきた紙袋を彼に手渡す。
彼は、怪訝そうに受け取ると、中身を覗いた。
「…一条さん。これ、どういう事ですか?」
彼は、寒気がする程無表情になっていた。
……どうした?
「…紫津木さま?」
「一条さんも、オレ達の事、反対ですか?」
……ぇ?
彼は、中身を取り出し、オレの目の前に突き出した。
「これは、今度会える時まで持ってろ。て、愛に預けたものです。 一条さんが、持ってきたって事は、もう、愛には会うな。て、事ですよね?」
ちょっ…ちょと待て。
たかが部屋着に、そんな深い意味が?
ぁ……
彼の真剣な瞳と、この部屋着を愛おしそうに抱き締めていた、愛の姿が重なった。
そうか、そうか。そうだったのか…。
今すぐにでも帰って、愛をこの腕の中に閉じ込めたい。
そんな衝動にかられた。
「……そうじゃありません。取り替えて欲しいのです。」
「は?取り替える?」
「私の口から申し上げるのも、おかしな話なのですが……その…匂いが薄まってきたようなので…。」
ああっ!クソッ!
覚悟は出来ていたが、何故オレがこんな話…?
察しろ!紫津木藍!
「…匂い…て、オレの?」
「…はい。」
頷くと、オレから視線を逸し、部屋着に顔を埋めた。
「…愛の匂いがする。」
匂いを嗅いでいたいようなので、そのままにさせておいた。
暫くして急に顔を上げたかと思うと、その顔は、真っ赤になっていて…
「オレは、匂いフェチでも変態でも無いからな。」
この場合、どんな反応が正解だ?
これまでのように、平静を装い話を変える。
それとも、『イヤイヤ変態だろ?』と、ツッコミを入れるか…。
でも、まあ…ここは、オレらしく
「…存じております。」
緩みそうな口元を必死に堪えて抑えた。
「…へぇ。」
低い艶のある声。
「笑った顔初めて見た。」
は?今、笑ってたのか?
それより、普段そんなに笑ってなかったのか?
「もっと笑えばいいのに。」
柔らかな微笑みをたたえながら、オレを見つめている。
その顔……マズいだろ?
「そういった事は、愛さまにお願いします。」
少し、オレの変化を伺っていたが、
「…そうだな。」 と、呟いた途端、ガラリと雰囲気が変わった。
「さっきは、疑ってしまってすみません。」
「いえ…。」
オレは、彼にわからないように、小さく息を吐いた。
「代わりの部屋着は、帰りに渡します。
それじゃ…2つ目の用件は?」
「はい。その前に1つ、確認させていただきたい事がございます。」
「…なに?」
「学校で、何かお立場が悪くなるような事があったのですか?」
彼は、目を見開くと、1つ溜息をつき、ゆっくりと話し始めた。
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